第34話「作られし者の楽園」【Gパート 晩餐の場】
【7】
「むー……」
ややオンボロな灰色の壁を背に、夕食のミネストローネにスプーンをつきたてる咲良。
その様子を見てか、アスカが怪訝な顔をする。
「なんだよ、アタシが作った料理に文句あんのか?」
「あ、別にそういうのじゃないの。おいしい、おいしいよ!」
華世を思わせる料理の腕で今日の夕食を振る舞ったアスカ。
と言っても彼女が用意したのはミネストローネだけで、他のステーキやサラダはヒロコが用意したらしい。
機械だらけの町に食料があるのは驚いたが、少なからず生活する人間たちのためと、ヒロコみたいに食事ができるアンドロイドのためにこの船の中で生産されているらしい。
『咲良、もしかして食べられない私に遠慮しているのではありませんか?』
「あ、それもあるけどね~……」
結局、ムロレにボディを返してもらえなかったEL。
携帯電話の対話データとして存在する今の状態では、流石に食事はできない。
「あとで私のボディ使いますか?」
『ヒロコさん……お構いなく。私は気にしていないので』
「身体を借りて食事してもいいんだ……アンドロイドって不思議ね」
そう言ってアスカ作のミネストローネを流し込むように食べるフルーラ。
アンドロイド達の不思議な価値観には興味があるが、いま咲良を悩ませているのはそういう問題ではない。
「内宮隊長。ムロレ先生に相棒と話し合え……って言われたんです。ここに来るまでの間にELとヘレシーと3人で反省会をしたんですけど……どうしたらいいかわからなくて」
「ほーん。うちも前に咲良と同じこと言われとったなぁ。あん時は言葉の意味を理解するのに時間かかったわ」
「え、内宮さんが修行していた時にもAIがあったんですか?」
「いや、そういうわけやないねん。……ってこれ答え教えたらアカンやつやな。師匠はきっと、咲良自身で気づいてほしいんと思うで」
「私自身で……」
再び思考の沼に落ちる咲良。
こう言うからにはきっと、「相棒と話し合え」という言葉には反省会とは違う意味があるはず。
けれども、考えても考えても答えは出なかった。
「そういやヒロコさんよ、あんたはあのオッサンの世話をするためにここに来たのか?」
「えっ、どうしてですか?」
「いや……ミイナが前、SDシリーズは特別なアンドロイドって言ってたのを思い出してな。受け入れるのに凄い審査がいるとかなんとか」
「私がここへ来た理由は……最初に仕えていたご主人様が亡くなったからです」
「亡くなった……」
途端に、食堂が静まり返る。
その静寂に気付いたヒロコが、慌てて「違いますよ!」と訂正した。
「大往生なさったんです! 2年前くらいに!」
「良かった……てっきり事故か事件で命を落としたかと」
「ご主人様はとてもいい人でしたが、彼の親類は私を受け入れる経済力が無くて、引き取り手がいなかったんです。本来であればこの場合、次のご主人様が決まるまで里帰りするのですが」
ヒロコが食器を置き、懐かしい思い出を振り返るような穏やかな表情を浮かべる。
咲良はすっかり、彼女の思い出話に聞き入っていた。
「それで、あのオッサンが出てきたのか?」
「ムロレ先生はご主人様の古い知り合いで、わざわざ遠くから献花をしに来てくれたんです」
「ああ見えて師匠は義理堅いからなぁ……」
「まさかあのオッサン、アタシたちが最初に見たあのオンボロボディで来たのか?」
「いや、さすがにフォーマルな格好をしたボディでしたよ! それで、その時に私を見て言ってくれたんです。“お前の魂は何を求めている?”って」
「……なんじゃそりゃ」
聞いただけでは意味がわからないキザなセリフ。
しかし、ヒロコの口調からするとただの言葉ではなかったようだ。
「ムロレ先生はいつも、私達のような人間ではない者の魂と会話していると仰っています」
「魂……まるでツクモロズみたいだな」
「ああ、ツクモロズに関しても先生は言っておりました。彼らはモノが持つ魂の行き場の無い想いを吐き出すために、人の形をとっているんじゃないか……って」
魂。
ムロレが言うその言葉は、きっと咲良が抱く謎を解く鍵になるだろう。
そう考えていると、ヘレシーがピンと真っ直ぐに手を上げた。
「その気持ち、わかるよー。喋る口も言葉を作る回路もないと、言いたいことも言えないから辛いんだよ」
「ヘレシー、それってあなたがツクモロズになる前の話?」
「うん。私だけじゃないよ。誰だってみんな、扉も、家具も、本も、機械もみんな、魂の中にある心で色々考えてるんだー」
ヘレシーの抽象的な言葉に、咲良は頭が混乱する。
いま知りたいのはツクモロズのことではなく、ムロレの考えていることだ。
そんな咲良の様子から察してくれたのか、ヒロコが「話をもとに戻すけど」と脱線した話題を直してくれた。
「それで私、ご主人様の知人てあるムロレ先生のもとで働くことにしたんです。私の魂がそう告げたから、ってね」
「なるほどなー。あのオッサンもいいとこあるんだな」
「この家だって、ムロレ先生が私のために空き家を回してくださったんですよ。不自由な暮らしをしないようにって」
不自由な、という割にこの建物は一人で住むのには広すぎる。
実際、一部屋に2人泊める事で咲良たちが全員寝泊まりできる部屋の数がある。
恐らくは、メイドロボとしての仕事が無くならないようにするための配慮も「不自由ない」に含まれているのだろう。
いったいここまで考えが周り、内宮たちの高い操縦技能の源となっているムロレという人物は何者なのだろうか。
咲良は食後に調べようと急いで夕食を口に運んだ。
───Hパートへ続く




