第34話「作られし者の楽園」【Eパート 機械だらけの町】
【5】
「ロボリコン?」
「機械のロリコンというか、ロリな機械のコンというか、そういうやつですハイ」
「わー、なんかヤラシー」
咲良の修行が承諾されてから2時間後。
アスカとフルーラは宿泊場所へと荷物とともに向かう内宮と別れ、ヒロコと共に食料の買い出しにでかけていた。
見あげても空の映らない天井と、建物間を無秩序に繋ぐ無粋な電線ばかりが見える街の中。
時刻的には昼前だというのに夜の寂れた歓楽街のような雰囲気を醸し出す町並みは、不気味な圧迫感を与えてくる。
そんな妖しげな古めかしいネオンがバチバチと音を鳴らして頭上で点滅する道を歩きながら、アスカはムロレという人物の人となりをヒロコから聞いていた。
「と言ってもムロレ先生は嫌がらせをするのではなく、そのボディを動かすことに喜びを見出すタイプなので無害ですけどね」
「身体の持ち主にとっては無害とは言えねぇんじゃねえか、それ?」
「まあELちゃんなら大丈夫じゃない? あの子、しっかりしてそうだし」
「だといいがよ。それにしても……本当にメカばっかりだな」
応接間に向かう廊下を歩いていたときもそうだったが、この船の中には本当に人間らしい人間が皆無だった。
ムロレみたいにプロペラで飛ぶドローンみたいな者や、骨組みみたいな身体にコートを羽織ってるような者。
ヒロコみたいに人間みたいな外見の者も時々見るが、腕とか首とかに機械っぽい部分が見え隠れしている。
この街の中では自分のような人間が異質なんだなと、ひしひしと感じずにはいられなかった。
「あ、ここです。ここ」
そう言って立ち止まったのは、カウンターに座るアンドロイドが受付のように待っている屋台。
店員らしいアンドロイドは口周りこそ人間っぽいつくりだが、それ以外が機械剥き出しである。
しかも、アスカたちは食料品を買いに来たはずなのだが、その店先にはそれらしいものは1つも並んでいない。
客が来たと認識したのか、店員の顔に浮かぶむき出しのカメラアイが、ギョロリとアスカたちへと向けられる。
「おふたりとも、少々待ってくださいね」
そう言ってカウンターに近づいたヒロコは、擬音語にすると「グギャミ」と表せそうな急に謎の声を発しだした。
人の音声が濁ったような、あるいはグチャグチャに編集したような声とも音とも言えぬ異音。
すると、カウンターのアンドロイドも似たような音を発し、互いが何度も音を交わし合う。
十秒にも満たない謎の音の応酬が終わると、屋台の奥のコンテナから、ひとりでに動くカートに乗せられた野菜が運ばれてきた。
「え……これ、買ったのか?」
「はい。この袋に入れて持ち帰りましょう……あら?」
ヒロコがカートに乗っていたメロンを指差し、また店員アンドロイドと異音を飛ばし合う。
音の出し合いが一往復すると、ヒロコはにこやかに微笑んで頭を下げた。
「なあヒロコさんよ。さっきの音は何だったんだ?」
「音ですか?」
「ほら、さっき店でギュイギュイ鳴らしあってただろ。あれだよ」
「ああ、あれは圧縮言語ですよ」
「圧縮言語?」
聞き慣れない言葉に首を傾げるアスカ。
フルーラも要領を得ないようで、「それってなんですか?」とアスカが言いたかったことを代弁してくれた。
「基本的に私達のようなアンドロイドは、あなた達と同じ言語で会話をするんです。けれど、アンドロイド同士の場合はアンドロイド用の言葉で放す方が楽なんです。どんな要件も1秒以内に伝えられますから」
「ふーん。で、さっきメロンについて最後聞いてたのは?」
「あのオバちゃん、フルーラちゃんがカワイイからオマケだって。タダでくれたんです」
「私が? カワイイだってアスカ! やった!」
急に話題に挙げられた上に容姿を褒められ、照れながらも無邪気に喜ぶフルーラ。
アスカとしてはアンドロイドの審美眼で褒められて良いものかという疑問と、自分に対しては何もなかった悔しさが渦巻いてほんの少しだけ歯を噛み締める。
華世という人物そっくりの姿になり、生前よりもかなり顔は美人になっていると自負していたのだが。
それと同時に、あの機械丸出しの顔面をしたアンドロイドが「オバちゃん」に属する存在らしいということにも、そこはかとない謎と恐怖を感じていた。
───Fパートへ続く




