第4話「パーティ・ブレイク」【Cパート 身支度】
【4】
学校の近所にある薄暗い裏通り。
人工太陽の日差しを避けるために集まったのだろう犬猫に囲まれた銀髪に、華世は片手を上げて挨拶をした。
「お待たせ、ドクター」
「……ふむ。軍用犬ならぬ軍用猫を開発するのに、どんな処置を施せばいいかという思考実験をしていたので暇はしてないぞ?」
「何よその実験」
ツッコミを入れながら、華世は昼食代わりの栄養ゼリーを口に含む。
その間に、ドクター・マッドは懐から一振りの剣を取り出した。
それは、機械的な鞘に収められた斬機刀。
先端には金属でできた装置が装着されており、そのものが鈍器になりそうな物々しさを醸し出している。
「君からの要求であった“対キャリーフレーム戦でも通用する遠距離攻撃”を場当たり的に実装してみた。連発はできないが、力になるだろう」
「結衣も絡んでるんだっけ?」
「あの娘の柔軟な発想力には時折驚かされることもあるな」
「後で本人に伝えとくわ。……ドリーム・チェンジ」
呪文を唱え、全身を光で包み変身する華世。
魔法少女姿になった状態で、義手の肩部接合ユニットの後ろ側に、斬機刀をマグネットで装着する。
「ドリーム・エンド」
変身解除呪文を唱え、元の姿に戻る。
その際に、肩部に装着した斬機刀も光に包まれ、魔法少女衣装とともに消滅した。
「……ドクターの予想通りだったわね」
「ああ。変身の際に消失する衣装および人工皮膚。それがどこへ行くのかの結論もこれで出た」
ツクモロズが出現しなかった1週間ほどの期間、華世は変身システムと魔法少女という形態の解析をドクターとともに行っていた。
そして、先程の実験で明確になった魔法少女変身システムの特徴。
これまでも斬機刀の運搬に何となくで使っていたが、度重なる検証の結果ようやく本格的な実用化に踏み切れるのだ。
「仮に……そうだな、ストレージシステムとでも言おうか。変身した際に“肉体”と判断されるモノ以外が一時的にストレージと仮称する亜空間へと送られる」
「同時にストレージに収まっていた衣装が転送されて、あのフリフリの格好にされるわけね」
「そして、変身を解除した際に“衣装・装備”と判断されたものがストレージに送られ、変身時同様にもとの衣服が転送され直し、姿がもとに戻るというわけだな」
つまりは変身中に身に着けたものは変身解除時に装備扱いされるため、戦う時──つまりは変身した時に自動で衣装とともに武器がセットで身につけられるのだ。
これは、日頃から武器を持ち歩く必要がないのもあるが、応用をきかせれば色々と悪さができそうな仕様である。
この仕組みをどう悪用しようかとほくそ笑んでいた華世であったが、不意に携帯電話が小刻みに震えた。
「どうした?」
「秋姉からメッセージ。えーっと……“華世は今夜の領主パーティに参加するか”? たぶんリンの誕生日パーティよね?」
「私にも千秋から来てるな。ふむ、“外食せえへん? 今どこや”だとさ」
同じ場所にいる二人が、同じ人物からほぼ同時にメッセージを受ける。
なぜだかその現象が面白く感じてしまって、華世とドクター・マッドはクスクスと静かに笑った。
【5】
「では皆さん、気をつけて帰りましょうね」
担任の先生の締めの言葉によりホームルームが終了する。
クラスメイト達が一斉に立ち上がってガヤガヤと騒ぎ始めたところで、華世は机の中の教材をカバンに仕舞い始めた。
「ねえ、華世ちゃんも一緒に向かうでしょ?」
「は? どこに?」
唐突に結衣から放たれた質問に、首をかしげる華世。
見れば他のクラスメイトも、仲のいいグルーブで固まってはいれど、誰一人として帰ろうとする様子がない。
「ねぇ結衣。何でみんな帰らないの?」
「あーっ、聞いてないんだーっ! クーちゃんのパーティに行く人は、迎えのバスを用意してくれるから、教室に居残ってって言ったじゃない!」
「あれ、そうだったっけ?」
頭を掻きながら記憶をたどるも該当なし。
聞き逃したのか、その時に場にいなかったのか。
「まあいいわ、あたしはバスに乗らないし。パーティは何時からだっけ?」
「6時からだけど……どうしてバスに乗らないの?」
それだけ聞くと、華世はカバンを持って立ち上がった。
あと1時間弱もあれば、往復で間に合うはずだ。
「いったん家で着替えてくるの。あんた達はいいかもしれないけど、あのあん畜生お嬢様の家に行くからね。大元帥の娘として、領主のお屋敷に制服姿で上がり込むわけには行かないの。じゃねっ」
理解してないような顔つきの結衣を振り切るように、華世は廊下へと駆けていった。
※ ※ ※
「ちょ、ちょっと……華世! 僕がいるのに、そんないきなり脱ぐなんてミュ……」
部屋に帰るやいなや華世が制服を脱ぎ散らし、白いパンティ姿になったからか、ケージの中からミュウが苦言を飛ばしてきた。
クローゼットの中から白っぽくも見える空色のドレスを取り出しつつ、ニヤケ顔で恥じらうハムスターを見る華世。
「何よハム助。あたしみたいな子供の下着姿に欲情してるの?」
「ハム助じゃなくてミュウだミュよ! 君って、恥ずかしいとかいう感情はないのかミュ?」
「あんたの存在を気にしてないだけよ。あれ、このドレスどうやって着るんだっけ」
下着姿でドレスのあちこちを調べるが、わからない。
仕方なく携帯電話からドレスのメーカーで検索をかけ、着かたを調べる。
少なくとも扉の隙間越しに息を荒げている、あの変態メイドロボの手は借りたくない。
「……ねえ、華世」
「何よ、今忙しいの」
「昼間、変身したミュよね? どうして?」
「別に。ドクターといろいろ実験とかしてたのよ」
ようやく着かたレクチャーのページを見つけた華世は、ドレスの背中のファスナーを下ろし、中へと足を通した。
一方、返答が気に食わなかったのかカゴの扉を掴んでガタガタと音を出すミュウ。
「もっとこう……魔法少女らしく振る舞おうとかしてほしいミュ! ステッキも十分強力な武器になるのに使わないしミュ!」
「だってねえ。あのステッキがキャリーフレームの装甲を切り裂けるの? 魔法の弾がビーム兵器くらいの強さがあるの?」
「それは……わからないミュ」
「そういうところよ。あたしは戦場に身を置くいち戦士として、火力に信用のおけない武器を振るう趣味はないの」
華世の正論に押し黙る青毛のハムスター。
変身した事実がミュウに伝わることを頭の隅に置いておきつつ、鏡の前に立ちドレスを身に着ける手順を進める。
最後に背中のファスナーを閉め、その場でくるりと回る。
「よし、着替え完了!」
「華世……!」
「何よ、まだ文句ある?」
「あ、いや……ミイナさんが」
「ああっ、もう我慢できません!」
ミイナがそう叫びながら押し入るように扉を勢いよく開け、部屋に転がり込むと同時に携帯電話からシャッター音を鳴らしまくる。
何十回か撮影して満足したのか、携帯電話の画面を見てうっとりし始めたミイナに、華世はため息を付いた。
「……満足した?」
「えっと、もう少しよろしいですか?」
「別に……って、何スカートの中にカメラ突っ込んでんのよ」
華世に蹴り倒され、床を転がっていくメイドロボ。
しかしその表情が幸せそうなのを見るに、シャッターは切られた模様。
「ああっ、華世お嬢様のドレス姿……外側だけじゃなく内側まで、なんてくまなく淫美でしょうか。あっ、制服はそのまま脱ぎっぱなしで大丈夫ですからね。このあと私が堪能……じゃなくて、片付けておきますので」
「ああ、うん。ご勝手に」
完全に諦めた華世はジト目で視線を贈りながら、荷物を移し替えたパーティ用のカバンを肩にかけた。
───Dパートへ続く




