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第34話「作られし者の楽園」【Dパート 鉄の身体】

 【4】


 格納庫から続く通路を進んだ先。

 乗り込んだエレベーターの窓から見える景色に、アスカは息を呑んだ。

 眼科に広がるのは、町と呼べる風景。

 空に投影される映像こそ無く、昼間だというのに夜のような暗さをしているが、そこには確かに人々が生きる集落があった。


(ここ……船っつうか、小さなコロニーみてぇなもんじゃねえのか?)


 エレベーターを降り、ヒロコと呼ばれたメイド服姿の女性の先導で廊下を進む。

 歩いている間、数回ムロレに会釈しながら通り過ぎる人とすれ違ったが、彼らの顔はどうも無機質に見えた。


 通されたのは、簡素な応接間。

 飾り気のない広いテーブル、その周りに並ぶ硬い椅子の上にアスカは促されるままに腰掛けた。


「今、食べれる物を出しますね」


 一礼して給湯室のようなところへ立ち去るヒロコ。

 待つ間に、アスカは内宮へと耳打ちした。


「内宮さん。ヒロコって奴がミイナの姉って言ってたよな……? ミイナはロボットだろ、その姉ってどういうことだ?」

「ヒロコって名は型番から取った名前でな、ホントはSDー165っていうんや。ミイナはSDー317、型番が若いっちゅうのは早う生まれたいうわけ。せやから姉ってことなんや」

「165だからヒロコってわけか。……ロボットにもいろいろあんだなぁ」


「ロボット、という言葉は聞き捨てならんぞ」


 今のこそこそ話が聞こえていたのか、地球儀の台座のような場所に止まっている球体ドローン────内宮の師匠であるムロレが低い声を出した。

 よく見ればモニターに表示されている目が眉をひそめており、不快感を顕にしている。


「ロボット、という言葉には労働という意味がある。働くための道具ということだ。私は、この船に住む連中をそうは思っておらん。アンドロイド、と呼びたまえ」

「わ、悪かったよ」


 そのアンドロイドという言葉には「人間に似たもの」という意味があり、明らかにムロレの身体はそれに該当していない形状をしている。

 だが、アスカはツッコみたい衝動を喉で抑えて無理やり飲み込んだ。

 どうせ何を言っても威圧されて有耶無耶にされそうだから。


「……ん? この船に住む連中って……ここにはロボ、じゃねぇアンドロイドしかいねぇのか?」

「お前さん、口の聞き方を習わんかったのか。まあいい、全くというと嘘になるが、ここにいるのは殆が肉の身体を持ってはおらんよ」


 肉の身体、というのは人間を指すのだろう。

 どうやらこの船、そして町の住人は殆がロボット的な存在のようだ。

 チープな機械のムロレ、ミイナの姉妹機のヒロコ。

 先ほど廊下ですれ違った何人かも、この分だとアンドロイドだろう。

 ようやくアスカは、ここがなぜ『作られし者の楽園』と呼ばれていたことを理解した。

 人の手によって作られた存在が、人の手に頼らず生きる場所……なのだろう、きっと。


「────ところで、その……私の修行はどうすれば」


 テーブルの上にケーキと飲み物のグラスが並べられた頃合いに、咲良が沈黙を破った。

 今回ここに来訪した理由は彼女のキャリーフレーム操縦技能を上げるための修行。

 機械だらけの空間に投げ込まれて本題を忘れかけていた。


「断る」

「えっ」

「断ると言った。いくら弟子の頼みとはいえ、こんなに伸びしろの無い奴に付き合う気はない!」


 ギロリ、と睨むような目をモニターに浮かべながらムロレが言い放つ。

 伸びしろが無い、と断言されて俯く咲良。

 アスカは彼女とそこまで親しくはないが、一方的に暴言を吐くムロレに憤っていた。


「おいオッサン! そこまで言うことはねぇだろが!」

「何だと口の悪い小娘め! この私を誰だと思っている!」

「知らねぇよ! だがな、アタシたちゃ住んでる場所を危険に晒してまでここに来てんだよ! その覚悟をあんたは無視するってのか!!」


 覚悟、という言葉にムロレのモニターに映った眉がピクリと跳ねた。

 カラカラとプロペラを回す音を鳴らすムロレの丸い体が、咲良の眼前で停止する。


「覚悟か……お前には、覚悟があるのか?」

「覚悟、ですか……?」


 恐る恐るといったように顔を上げる咲良。

 言われた言葉の意味を測りかねている間に、ムロレは次の言葉を発し始めた。


「強さってのはな、持ってて嬉しい装飾品アクセサリーじゃねぇんだ。強えやつには責任が伴う。使い方を誤れば、不幸さえ招く。あんたは……何ゆえに強さを求めるんだ?」


 全否定モードからシリアスに移行したムロレの言葉に、部屋はしんと静まり返った。

 空調の音だけがブゥンと鳴り続ける、飾り気の少ない部屋。

 数秒か十数秒か、沈黙の後に咲良が顔を強張らせる。


「私は……大切な人を取り戻すために強くなりたいんです。その人は敵として立ちはだかり、私よりも遥かに……強い。でも、彼は迷っていました。その迷いを晴らすためにも、私は強くならなければならないんです」

「大切な人、か。お前さんの、これか?」


 そう言ってムロレは自分の細いマニピュレータをピンと伸ばした。

 小指を立てているつもりかもしれない。

 その下世話な言い方と仕草は、世間知らずなアスカにもわかる。

 彼が言いたいのは、その相手が恋人かどうかなのだろう。


 少し頬を赤らめながら、無言で頷く咲良。

 すると、それまで沈黙を保っていたEL(エル)が立ち上がり、ムロレに向かって頭を下げた。


「私からもお願いします。咲良のため……ご教授してください」

「お前さんは?」

「私はEL(エル)。咲良の機体のAIをしており、ツクモロズ化を経て今は彼女のパートナーをやらせていただいています」

「ヘレシーも一緒だよ! 私は火器管制担当なんだー!」


 空気を読まずに声を弾ませるヘレシー。

 二人の少女に挟まれる形で座る咲良をじっと見つめるムロレは、「しょーがねぇなぁ」とついに陥落を示す声を漏らした。


「あ、ありがとうございます!」

「俺の師事はメチャクチャきついぞ? 本来は1か月かかるところを3日で済ませるスペシャルハードコースでしごいてやる」

「わ……わかりました」


 スペシャルハードコースというのの実態はわからないが、相当にキツイ修行になるのだろう。

 アスカは他人事なれど無事に目的が達成されそうで、ほっと胸を撫で下ろす。

 せっかく面白そうな場所に来たのに、門前払いで帰るのはつまらないからだ。

 渋ってた割には咲良の修行を受け入れてくれたムロレは、気に入らない人物だが少しは見直した。


「だが、1つだけ条件がある」

「じょ、条件ですか?」

「お前にではない。君……EL(エル)ちゃんと言ったか」

「え……私ですか?」

「修行の間、お前さんのそのボディ、貸してくれんか?」

「貸す……?」


 ぐへぐへ、とイヤらしい声を漏らすムロレ。

 その態度と願いを聞いて、アスカは見直しを更に見直した。

 このムロレという男は、やっぱり気に入らない奴だ、と。




    ───Eパートへ続く

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