第34話「作られし者の楽園」【Bパート 宇宙に佇む】
【2】
視界に映るのは、動かない一面の星々。
正確にはミリかミクロン単位で動いてはいるのだろうが、あれらは光年単位で遠く離れた恒星の輝き。
メートル単位でしか動いていない宇宙艦の航行速度から見れば、星の光は宇宙というキャンバスに打ち込まれた点描と変わりなかった。
(これが、宇宙空間ってやつか……)
呟こうと口をパク付かせて、あらためて真空中に自分が立っていることを認知するアスカ。
魔法少女の姿で甲板に立ち、ボンヤリとしながら無意識下で呼吸。
吸う空気がない空間でも息ができるのは、魔法の力の賜物。
それが無ければ有害な宇宙線と生の太陽光、そして真空と過酷な温度環境で生身の人間なんて十数秒であの世行きである。
背中から伸びる光の翼を動かし、フワリと甲板から身体を浮かせる。
蹴る空気がなくとも翼は何物かを掴み、アスカの身体を持ち上げる。
これだけ思い通りに動ければ、重力下と同じように戦闘機動もできそうだ。
ピピピッ、ピピピッ。
耳につけたインカムが骨伝導で直接伝える通知音に、アスカは通信のボタンを押す。
眼前に浮かび上がる半透明のウィンドウ。
その中で微笑むフルーラの顔に、アスカは再び口をパク付かせた。
『アスカ、何か言ってる? そのインカムは心で思ったことを音にできるんだって』
『そうだったか。まったく、死ぬ前はこんなハイテクに触れることなんて無かったから、どうも慣れんぜ。フルーラは今何してんだよ?』
『私は〈ニルヴァーナ〉の中で待機ちゅー。もうすぐ咲良って人のエルフィスがそっちに出るってさ』
『エルフィスか……』
見た事はなくても知っている機体名。
この世界の宇宙的危機で毎回活躍した英雄のようなキャリーフレーム。
決して近代宇宙史に明るくないアスカでも、その存在は認知している。
そんな機体とそれに乗る者が味方として居る。
生前から魔法少女としての戦いしかしていなかったアスカには、新鮮とも違和感とも感じられる事実だった。
※ ※ ※
『操作の心地はいかがですか、咲良?』
「あ……うん。問題なしよ、EL」
「調整には私も協力したから、変わりなしはいいことだねっ」
パイロットシートの後ろで無邪気に喜ぶヘレシーの声を聞きながら、咲良はメインカメラが映した一部を拡大する。
輝く翼を広げて甲板に立つ、華世のような姿をした別の人間。
(本当……衣装が黒いだけの華世ちゃんに見えるんだけどな……)
まだ少ししか言葉を交わした事が無いが、アスカと言う名である彼女については少なからずドクターから聞いている。
沈黙の春事件で命を奪われながらも、蘇った魔法少女。
同じ魔法少女であった咲良の妹、紅葉も蘇られる可能性があるのではないか。
そんな雑念が頭をよぎってしまう。
(私は何がしたいんだろう。紅葉の仇討ち? それとも……)
そう考えていた矢先だった。
突如ビービーと喧しく鳴り響く警報。
レーダーに映る敵性反応を示す光点。
コロニーからかなり離れたこの場所で、襲撃を受けている。
「内宮隊長! 敵が……!」
『こっちも確認しとる! うちらも後から出るさかい、アスカと二人で迎撃せぇ!』
コクリと頷き、フットペダルに力を込める咲良。
加速する〈エルフィスサルファ〉を追従するように後ろを追ってくるアスカを尻目に、レーダーが映し出した敵の居場所へと向かう。
「EL、敵機体の解析を!」
『所属不明、機種〈ウィングネオ〉3機。生体反応がありませんゆえツクモロズの可能性があります』
ELが述べた〈ウィングネオ〉という機種には聞き覚えがある。
たしか十年ほど前にロールアウトされた可変キャリーフレームだったか。
かつてウィルが搭乗していた〈エルフィスニルファ〉やフルーラの〈ニルヴァーナ〉同様に、戦闘機への変形が可能な機体だったはずだ。
バーニア光の尾で弧を描きながら向かってくる灰色の装甲を輝かせる敵機体。
オレンジ色のアクセントが目立つ相手へと、咲良は機体の腕部に固定された武器メシアスカノンを構えさせる。
遠近両用の特殊兵装メシアスカノンを射撃モードに切り替え、狙いを定めて発射。
しかし瞬時に変形した〈ウィングネオ〉が跳ね退くように光弾を回避し、ビーム・セイバーを発振させながら迫ってくる。
『あぶねえっ!』
横から放たれた赤く輝く弾幕が、咲良に近寄ってきていた敵機を引き剥がす。
その弾の出どころへと視線を移すと、真紅の光を放つガトリング・メイスを構えるアスカの姿があった。
「あ、ありがと……」
『ボケッとしてると命ァ取られるぞ!』
『咲良、別の敵が接近中です』
「えっ、あっ……うん!」
ELが指し示した方向へと向き直り、再びメシアスカノンを連射する。
しかし前世代の機体とは思えないほど機敏な動きで、咲良の放つ攻撃が回避されていく。
『咲良、斜め下前方から敵機接近……!』
「も、もう1機!?」
正面の相手に注意を向けすぎていた。
対応しにくい角度から、高速で接近する戦闘機のシルエット。
それが人型へ変形し、ビーム・セイバーを抜いた瞬間にそれは響き渡った。
『そこまでだっ! 各機停止!!』
聞いたことのないしゃがれ声が通信越しに聞こえたかと思うと、敵対行動を取っていた〈ウィングネオ〉が動きを止めた。
それだけでなく、統率の取れた動きで咲良の前に並び、3機同時に一礼する始末。
状況がまるで呑み込めずにうろたえていると、不意に目の前の星空が歪んだ。
そして徐々に浮かび上がる巨大な影。
それは、巨大な……乗ってきた戦艦と比べてもあまりにも巨大すぎる構造物だった。
『咲良はん、あれがうちらの目的地や』
「目的地って……隊長、もしかして今の戦いって仕組んでました!?」
『正直スマンと思っとる。せやけどな、あんさんの修行のため言うて、師匠の提案なんや』
「お師匠さん……?」
『せや、うちらがこれから向かう超巨大居住船────』
『“作られし者の楽園”の管理者からの、な』
───Cパートへ続く




