第33話「変わりゆく“いつも”」【Dパート 玄関口の口論】
【4】
「内宮っ! 内宮千秋ぃぃぃ!」
改めて家に帰ろうとエントランスを出たところ、内宮は背後から自分の名を叫ぶ声に面倒ながらも振り返った。
怒り顔でこちらに向かってくるのは、ネメシス傭兵団のバイト通信士をしている少女ユウナ・マリーローズ。
彼女に怒られる事柄が思い当たらない内宮は、すごい剣幕で食って掛かる彼女の頭を手で抑えた。
「なんや、なんや。ストレス発散なら他であたってもらえんか?」
「違ーう! あなた、お兄ちゃんにいったい何したのよーっ!」
「兄って、レオンのことか? 何かあったんか?」
心当たりのない内宮へと、怒り心頭のユウナは早口でまくしたてる。
罵詈雑言が交じる彼女の説明を断片から整理すると、どうも最近レオンの様子がおかしいらしい。
始まりは、内宮とレオンが模擬戦をしたときだったという。
まだツクモロズの襲撃も激しくなかった時だったので、勝手に取り付けた約束を守る形で、クーロンに戻ってきてから応じたのだった。
その結果は、内宮の完勝。
というより原因は不明だがその時のレオンの操縦は精彩を欠いており、内宮が軽く捻ったら勝ってしまったというのが事実だった。
それから、レオンはボンヤリとすることが多くなったらしい。
というのも、柄にもなく窓の外をボーッと見つめて、何かを考え込んでいる時間が長くなったとのこと。
そういった状態だったが故に元いたコロニー・ウィンターに帰る予定も遅らせられ、クリスだけが先に戻っていったという。
「お兄ちゃんがあんなになるなんて初めてよ! 絶対、あんたが何かしたんでしょ!」
「知らんわ! 何でこないな大変なときに味方に細工せなあかんねん。戦いで疲れとるだけかもしれんやろ」
「でも、でも……!」
「あの……内宮さん。通れないんですけど」
不意に名前を呼ぼれて振り返ると、困った表情で佇むホノカの姿があった。
その後ろには暗い表情の杏とリン・クーロン。
おそらく、魔法少女関連の事で支部に呼び出されたのだろう。
「お、ああ、スマンな。ほら、せやからうちは知らんということで……せや、こんど落ち着いたらレオンを食事に連れてくわ。ほな、ほなな!」
ホノカ達の登場で食い付きが鈍ったユウナから、逃げるようにその場を離れる内宮。
今はこれ以上、余計なことで体力を消耗するわけにはいかない。
内宮はホノカたちに申し訳なく思いつつも、ミイナが待つ家へと小走りで向かい始めた。
※ ※ ※
「まったく、こっちは真剣に悩んでるってのに大人ってヤツは……」
「あの、どうかしたんですか?」
入り口で何が揉めていそうな気配を見た結衣は、思わずプリプリ怒るユウナへと話しかけた。
そして同時に、彼女が向いていた先にホノカたち魔法少女隊の面々がいることに気づく。
背後から話しかけられ、少し驚いたユウナだったが、結衣が話を聞いてくれる存在だと認識したのか、ホノカたちの存在を気にせずに愚痴をまくしたてる。
それは、彼女の兄レオンが内宮に決闘で負けたこと。
その時から兄の様子がおかしいこと。
ボンヤリしたり、ため息をついたりというレオンの行動に、結衣はひとつピンと来た。
「わかった! そのレオンって男の人、内宮さんに恋してるんだ!」
「恋ぃ!? 内宮ってお兄ちゃんにとっては不倶戴天の敵、人生をかけて追い続けてたライバルなのよ!」
「でも、お兄さんは内宮さんのこと、女性って知らなかったって言ってなかった?」
「それは……そうなんだけど。でもだからって、そんなラブコメみたいなこと……。はぁ、なんだかバカらしくなってきた。ゴメンね、時間取らせちゃって」
結衣の上げた説に毒気を抜かれたように、ユウナは足早にその場を立ち去っていった。
彼女の反応はあたかも支離滅裂な論説を聞かされたような雰囲気だったが、結衣は自分の中の直感を真実と疑っていなかった。
「これでやっと中に入れますわね」
「結衣先輩、私達を迎えに来てくれたんですよね?」
「迎え……? あっ! そうだったそうだった!」
結衣はなぜ、自分がここにいるのかを思い出した。
ドクター・マッドがアスカという人物と顔合わせをさせるため、魔法少女たちを呼んだのだが、肝心のどこに集まるかを伝え忘れていたという。
そこで、スピアへ面会のため一足先に支部にいた結衣へと、案内役を頼んできたのだ。
入口前で待っていたみんなを支部の中へと招き入れ、結衣はエレベーターの呼び出しボタンを押す。
「えっと、4階の会議室を使うんだって」
「それはよろしいのですけど……」
「クーちゃん、どしたの?」
「リンさんは心配しているんですよ先輩。ほら、数時間前にツクモロズの襲撃があったのに出なくてよかったのかって」
戦艦級ツクモロズが出現し、街をメチャクチャにしたという一大事。
その報は結衣も聞いていた。
そして、それをアスカが解決したことも。
「杏もホノカさんも、ちょっぴり悔しい……です。お姉さまがいなくなって……いなくなってしまったから、私達が頑張らないといけないと、そう思ってたから」
「私達が助けた華世が、アスカという人物だった。ということは華世は助からなかった……ということですから。私はサンライトで新しい力を手にしたというのに……」
開いた扉を抜けて、エレベーターに乗り込む結衣たち。
彼女たちは、決して手柄が欲しかったと言いたいわけではない。
華世が抜けた穴を塞ごうと、あるいは華世の代わりを努めようと必死なのだ。
結衣も同じことを思っていたからこそ、ホノカと杏が感情を痛いほど理解できた。
「でも……私たちは覚悟を決めなきゃいけないんだよ。華世ちゃんは帰らなかった。そして、華世ちゃんとそっくりだけど別人で、そして私達にとって新しい魔法少女のアスカちゃんが居る」
認めたくはなかった。
あんなに優しかった華世が死んだなどと。
だが、いま結衣たちが身をおいているのは戦いの中なのだ。
当たり前に敵を倒していたということは、逆に言えば当たり前に味方を喪う世界なのだ。
本当は涙を流して悲しみたい、泣き叫びうずくまりたい。
けれども結衣がその衝動を我慢できていたのは、さっきのフルーラとの出合いがあった故だった。
一緒に生まれ育ったウィルを、しかも心から好きだったフルーラは、彼を喪った。
けれども彼女は、その悲しみを乗り越えていた。
そんな姿を見せられては、結衣は泣けなかった。
(私が泣いてたら……華世ちゃんがいつまでも安心できない、けど)
───Eパートへ続く




