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第33話「変わりゆく“いつも”」【Bパート フルーラとナイン】

 【2】


 崩壊した建物と瓦礫の山。

 戦いが終わった後の戦場……数時間前までは賑やかな街だった場所に降り立ち、咲良はコックピットの中でひとりため息を付いた。


『暗いね、葵隊員。ふぅ』

「ラドクリフさん。あなたこそ……ふぅ」


 通信越しに話しかけてきたラドクリフと、同時にため息を吐く。

 モニターに映るラドクリフの気分が低そうな理由は、恐らく咲良と同じであろう。


 決して少なくない戦力で戦っていた戦艦級ツクモロズ。

 以前戦ったときは、戦艦〈アルテミス〉の究極兵器・空間歪曲砲によって撃沈したそれに、咲良たちは苦戦を強いられていた。

 場所がコロニー内ゆえ、大火力兵器は使えない。

 しかし相手は強固なバリア・フィールドを有し、咲良たちの攻撃は全くと言っていいほど通用しなかった。


 もしかすれば、今回乗れなかった〈エルフィスサルファ〉を使えれば多少は通ったかもしれないが。

 なんにせよそんな強敵を、魔法少女はいとも簡単に倒してしまった。

 魔法世界的な存在同士ゆえの相性というのもあるのかもしれない。

 けれども、一瞬で制圧されるのを目の前で見ては、自信喪失もやむを得ない事象だった。


『ま、確かに圧倒的だったのはショックだけどさ』

「他になにかあるんです?」

『あの魔法少女、アスカだろ? 俺はあいつを守るためって飛び出していったのに助けられちゃ、大人としても男としても意気消沈だよ』

「ああ……」


 華世そっくりだが、違う人物だった少女アスカ。

 彼女は、沈黙の春事件で亡くなった、ラドクリフの昔馴染みだったという。

 もう二度と辛い思いをさせないと決めた相手に助けられる。

 きっとラドクリフは、咲良が華世に助けられたときと同じような感情を抱いたのだろう。


『まったく、アーミィの隊員が少女に助けられたくらいで女々しいんじゃないか?』

「ド、ドクター……」


 横から声をかけてきたのは、夕日の瓦礫の中に白衣で佇むドクター・マッドだった。

 彼女は散らばる瓦礫の山から破片を1つ拾い、残念そうに首を振りながら遠くへと放り投げる。

 そして、軽い身のこなしで道路に降り立ち、インカムに指を当てた。


『現状、我々の戦力は万全とは言い難い。利用できるモノは子供でも利用する気概でないと、勝てる戦いも勝てんぞ』

「うう……」


 通信越しにぶつけられる正論に、返す言葉も浮かばない咲良。

 まるで少年少女が主人公の創作世界のように、大人の戦力が不甲斐ないと感じる現在。

 戦場に子供を立たせるなど……という人道を説けるほど、今のアーミィに余裕はないのだ。


『それにだ、大人のやることは戦うだけでも守るだけでも無い。そこを見ろ』


 ドクターが指差した先に機体のメインカメラを向けると、瓦礫の中に何かがゴソゴソと蠢いていた。

 それが隠れていたツクモロズのゴミ山兵士・ジャンクルーだと気づいたときには、すでにドクターが動いていた。


 近くに落ちていた、建物に使われていたと思しき細い鉄骨。

 細いと言っても人の頭くらいの太さがありそうなそれを、ドクターは掴んで振るった。

 高速で払われた金属塊を食らったジャンクルーは、上半身を消し飛ばされるようにちぎれ飛ぶ。

 残った下半身は、核を失ったことで緩やかに崩れ落ちた。


『まったく、ツクモロズは倒しても残骸が残らんからつまらん。キャリーフレーム隊、他にも今のように敵が潜んでいる可能性が高いから、掃除を怠るなよ』

「は、はい……」


 ドクターの生身の戦闘力に面食らった咲良。

 もはや、ドクターが魔法少女になって戦えばいいのではという発想で頭が埋まり、ナーバスになっていたことは頭から外れていた。



 ※ ※ ※



 戦いが終わってから一時間ほど後。

 変身後の経過観察が必要だとドクターに呼び出されたアスカと別れてから、ひとりアーミィ支部をウロウロしていたフルーラ。

 そこを通りかかった糸目と赤髪の女性二人組。

 その二人に髪の悩みを打ち明けたところ、あれよあれよと鏡の前に椅子が並んだ部屋に座らされた。


 まだ知り合って間もない赤髪の女────ナインという人物によって、髪にハサミを入れられたフルーラ。

 ナインの隣に立つ、まるで自分のように泣き腫らした跡が目に見える糸目の女性が、鏡越しにこちらへと微笑む。

 チョキチョキと子気味いい音とともに髪先が切られていき、終わったときには鏡に映る自分の姿が、少し変わっていた。


「……ふむ、終わったぞ」

「流石はナインや。綺麗に仕上がるもんやなぁ」

「フ……伊達に理容師資格を持ってはいない」

「理容師資格って国家モンの資格やなかったっけ?」

「どうしても取りたい事情があったからな。数年がかりで取得したのだ」


「えっと……あの」


 話についていけないフルーラは、困惑混じりに声を絞り出す。

 確かに、アスカに指摘された自分の髪の不格好さをどうすればいいかを二人に相談した。

 けれどもまさか、すぐに髪を整えてもらえるとは思っていなかったので、心の理解が追いついていなかったのだ。


「嫌やったか?」

「ううん、嫌じゃない……。けど、私……自分でしか髪の長さなんて調整したことなかったから。それに、どうしてタダでこんなに良くしてくれるんだろうって」

「髪は自分で切っとったんか。せやからボサボサなっとったんやな……。理由は、せやなぁ……乱れた髪が見ておられんかったのと、助けてくれた礼やな」

「お礼?」


 お礼をされるような出来事に心当たりのないフルーラは、口を開いたまま固まってしまう。

 理解が追いついていないことを察してくれたのか、糸目の女が大きく頷いた。


「さっき仲間を助けるために戦ってくれたこと。それから、華世……やない、アスカを拾ってくれた礼や」

「でも、敵を倒すことは当たり前じゃないの? それに、アスカは……」


 本当は、せめてウィリアムの想い人だけでも助けられたらという思いだった。

 けれど結局、ウィリアムも華世という人物も助からなかった。

 自分のせいで二人とも帰らなかったことは、フルーラに十字架として重くのしかかっていた。


「それに、どうして私にそんなに良くしてくれるの? 私はあなた達の……」

「敵やった、か」

「私が内部工作の為に潜り込もうとしているとか、疑ったりしないの?」


 もちろん、フルーラは潜入なんてするつもりは毛頭ない。

 ウィリアムに助けられた恩返し、あるいは犠牲にしてしまった償いのために、彼が生きていた場所を守りたい。

 そんな思いでさっきは戦っていた。

 フルーラから疑問を投げかけられた大人ふたりは、クスッと軽い笑みを返した。


「そんなん、あんさんがそないに器用やないことはアスカと仲良うしとるの見たらわかるわ。それにな、ここにいるナインとうち、元々は敵同士やったんやで?」

「え……?」

「当人同士で嫌い合ってたわけやないけどな。ただ、所属する派閥同士が敵やったみたいなもんや。せやけど、今はこうして仲良うできとる。敵か味方かなんてその時その時の関係や。立場や所属が変われば、関係も変わる。なぁ、ナイン?」


 内宮に言葉をパスされ、大きく頷くナイン。

 鉄面皮のような彼女の顔が、少し穏やかな表情を浮かべる。


「こうやっていると思い出すな。お前と初めて敵としてではなく出会ったとき、姉さんは私におめかしをしてくれた」

「せやったなぁ……つまりや。髪が綺麗なったフルーラはもう、うちらの味方ってことや。これからよろしゅうな」


 心のなかに、暖かな光が灯る。

 ウィリアムがあれだけ力を振り絞って守ろうとした場所。

 それがどれだけ守りたいものなのか、フルーラは少しわかったような気がした。




    ───Cパートへ続く

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