第32話「黒衣の魔法少女」【Fパート 迫る驚異】
【6】
「まどっち、止めんでくれや! うちも出撃する……!」
「駄目だ、そんな身体では死ににいくようなものだぞ」
警報を受けて内宮と共に格納庫へと駆けつけた咲良。
しかしそこで待っていたドクター・マッドが、内宮がキャリーフレームに乗るのを許さなかった。
「せやから、うちは平気やて……」
「平気だと? ろくな睡眠も取らず三日三晩戦い続け、足元がフラついてるお前が平気だと?」
不意にトン、とドクターに肩を押される内宮。
ほんの少しの力で内宮の身体は宙に浮き、尻餅をついた。
「いでっ……! まどっち……そこまでするんか……」
「あの……ドクター、そこまでしなくても」
「葵少尉は黙っていろ。これは私なりのドクターストップだ。内宮は戦える状態ではない」
それは、ふたりが友人同士だからなのだろう。
気が知れあっているから、ここまでしないと内宮が止まらないと分かっている。
そんなことを考えていたので、咲良は内宮が落としたハムスターケージの扉が空いていることを、些細な違和感としか感じられなかった。
「ど、どうしましたかっ!?」
騒ぎを聞いて駆けつけてきた受付アンドロイド・チナミ。
おそらく搬入の手伝いをしていた彼女へと、ドクターは片腕で持ち上げた内宮の身体を投げ渡す。
「チナミ、この馬鹿を地下に避難させろ。出撃しようとしても全力でとめるんだ、いいな?」
「は、はい……!」
「葵少尉は〈ザンドールA〉で出撃だ。既に傭兵団がツクモロズどもの迎撃に出ている。手伝ってやれ」
「ら……ラーサ!」
この場をドクターとチナミに任せ、言われた機体のもとへと駆ける咲良。
ELはいま、分解修理中の〈エルフィスサルファ〉の中にいる。
ヘレシーも、戦いに疲れて眠っているまま。
一人で、戦わなければ。
タラップを登り、パイロットシートへ腰を下ろす。
起動キーを差し込み、操縦レバーを握って神経接続。
慣れない機体の感覚にじんわりと指が痺れるような感覚を懐きながら、機体を前へと進める。
そして、外へとつながるシャッターが開いた。
「エルフィ……じゃなかった。〈ザンドールA〉、葵咲良……出ます!」
※ ※ ※
アスカとフルーラが格納庫に足を踏み入れた時、中は走り回る大勢の作業員たちで騒然としていた。
手伝いに来た意図を伝えようと辺りを見回していたアスカだったが、不意に背後から誰かにぶつかられてしまう。
「痛っ!?」
「あ……ゴメンよ! おや、君は華世さんじゃないか。もう身体はいいのかい?」
ぶつかった作業員に華世扱いされ、「アタシは……」と訂正しようとするアスカ。
たが、今はそれどころじゃない……と絞り出す言葉を咄嗟に切り替える。
「えと……よ。何か手伝えることがあればと思って来たんだが……」
「手伝いかい? そうだなぁ……じゃあ、あの機体のバッテリーを外す手伝いをやってくれ!」
あの機体、と指さされたキャリーフレームを見て「あっ!」と言葉をこぼしたのはフルーラ。
駆け出した彼女を追いかけるアスカは、機体の足元で止まったフルーラの肩を掴む。
「おい、この機体が何だって……」
「これ、私の機体……。でも、顔が変わってる」
顔と言われて、キャリーフレームの頭部を見上げるアスカ。
確かになんとなくヒロイックというか、昔に見たエルフィスとかいう機体の頭に似ているようにも思える。
「とにかく、手伝わねぇとな。おーい、バッテリーの作業に来てやったぞ!」
そう叫ぶと、キャリーフレームの背中あたりにいた人が顔を出してアスカたちへと手招きした。
その人がいる場所へと、階段を駆け上がり登るふたり。
到着した場所では、ひとりの作業員がせっせとブロック状の物体をいくつも機体から取り外していた。
「おお、来たか華世ちゃん。バッテリーを別の機体に付けなきゃならんから、外すのを手伝ってくれ」
「ど、どうしてこの機体じゃだめなの……?」
戸惑うような瞳で問いかけるフルーラ。
自分の機体からバッテリーが外されているのを見れば、そう言いたくなるものなのだろう。
「何でって……この機体、レッド・ジャケットから鹵獲したものなんで修復したはいいけど、操縦が複雑で動かせるパイロットがいないんだ。今はひとつでも多くザンドールを出さなきゃならないからな」
「だったら、私が……!」
「うわぁっ! あの〈デ・クアート〉……こっちに降って来るぞっ!!」
遠くで作業員の叫びが聞こえたと思ったら、爆発と衝撃が格納庫を襲った。
手すりに捕まり転けないようにしながら、アスカは爆発のあった方へと視線を向ける。
そこには巨大な穴が開いた壁と、仰向けに倒れるキャリーフレーム……のような何かがあった。
装甲すべてが銅色のような鈍い輝きを放つ謎の機体〈デ・クアート〉。
それが味方ではないのは、異様な雰囲気からして明らかだった。
「わわわわっ……!?」
「おじさん、バッテリーを刺し直して! 私が操縦する!」
「フルーラ、お前……相手はお前の仲間の仲間じゃねえのか?」
「ウィリアムが暮らしてたこのコロニー、私も守りたい! 私はウィリアムの為に戦いたいから……!」
「でも操縦って言っても、君が……?」
フルーラが何者なのかわかっていないような対応をする作業員。
どうやら、彼女が敵組織の人間だとは思ってもないのだろう。
フルーラがやる気になってる以上、なんとか言うことを聞かせて乗せてやりたい。
この場で他に戦えるキャリーフレームは、これ1機しかないのだから。
「でも、君が操縦なんてできるはずが……」
「ゴタゴタうるせぇんだよ、タコが! このアタシの……華世の言うことでも聞けねえってのか!」
「な……華世ちゃんがそう言うんだったら……」
ここにいる大人は皆、アスカを華世だと思っている。
そして、華世はこの基地の中でもかなり発言力を持っていたらしい。
それらの情報から導き出されるのは、華世の名を騙りゴリ押すこと。
アスカは初めて、自分の姿が華世そっくりになっていることに感謝した。
「でも、バッテリーは半分くらい外してしまっている! 差し直すのに少し時間がかかるぞ!」
「アタシも手伝う! フルーラ、お前は乗り込め!」
「うん……!」
フルーラが階段を駆け下りるのを尻目に、籠に入ったバッテリーを作業員と共に刺し直すアスカ。
旧世紀にあったゲームのカセットを差し込むような要領でバッテリーを差せばいいのだが、いかんせんかなり力を入れないとハマらない。
しかもざっと数えて20くらいは差し込み口が残っている。
あの倒れているキャリーフレームが起き上がるまでに、間に合うか……。
「〈デ・クアート〉が動いたぞぉっ!」
「逃げろーっ!」
メキメキメキといえ音ともに、逃げ惑う作業員たちで騒がしくなる階下。
倒れていた〈デ・クアート〉は既に立ち上がりかけており、不気味な唸り声を響かせていた。
「変身できりゃ……時間稼ぎのひとつくらいはやれるのによ……!!」
倒せる、などと思うほどアスカは自惚れていなかった。
今、この場をおさめられるのはフルーラだけ。
彼女のが発進できるまでの時間稼ぎができれば、それが今のアスカの願いだった。
(くそ……走り回ったからか心臓がバクバクいってやがる……! ツクモロズの心臓になったんだから、そこまで人間らしい必要あるかよ……!?)
「変身、できるミュよ……!」
「え……?」
声のした方へと目線を移すと、病室で見たハムスターロボット……ミュウが床の上から語りかけていた。
「ミュウ、でもアタシ……ステッキ持ってないんだぜ……?」
「もってるミュ。ココロの中に、今のアスカは……持っているんだミュ」
「……くっ、適当こいてたら承知しねえぞ!」
魔法少女時代に自分に戦う力を与えてくれ、共にツクモロズと戦った仲間・ミュウ。
身体こそ変われど変わらぬ話し方に希望を託し、アスカは駆け出した。
「イチかバチかだ……! ドリーム・チェェェンジッ!!!」
───Gパートへ続く




