第32話「黒衣の魔法少女」【Eパート 涙が繋ぐ絆】
【5】
「内宮隊長、お家に帰るんですか~?」
「ん? ああ……まどっちが帰れ帰れうるさいしな」
泊まり込みに使っていた日用品をデスクから片付けていたところで、咲良に声をかけられた内宮。
お互いにそうなのだが、咲良も顔がやつれており疲れが表情から滲み出ている。
交代で休まなければ働き続けて総倒れになってしまいかねない、そんな状況なのだ。
「その……華世の話は聞きました。私もショックですけど……ミイナさん、悲しむでしょうね」
「ああ、華世への入れ込みはうちら以上やったからなぁ……。先に帰ったホノカが予め説明してくれてるようやけど……気分が重いわ」
助けられた華世が華世ではなかったという事実。
あれだけ華世を慕い愛情を持っていたミイナがそれを知ったときの反応は、想像したくない。
けれど、隠し通すことも彼女のためにはならないので、いつかは伝えなければならない。
それが早いか遅いかに、大した意味などないのだ。
「ウィルだけやのうて、華世も帰ってこんやったから……家、寂しなるな」
初めは華世と内宮だけだった家に、ミイナが加わって、ウィルがやってきて、ホノカが住み着いた。
にぎやかになる一方だったあの広い家から、2人が居なくなった。
その事実を改めて、内宮は痛感する。
「あの……隊長、下まで送りますね」
「咲良は待機せんでもええんか?」
「私の機体、連続稼働がそろそろ限界らしくて分解修理しなくちゃいけないそうですから」
「あんさんもよう頑張っとるからなぁ」
今、アーミィにいる人間はみんなこうである。
平穏が訪れる様子は、まだまだ見えてこない。
内宮が休めるのも、レオン達ウィンターのメンバーとネメシス傭兵団がバックアップしてくれているからだ。
※ ※ ※
「悪かったな……その、みっともねぇところ見せちまって」
「ううん……。私も、死のうとしてゴメンね……」
カーペットに涙で濡れ染まった一角が見える中。
部屋にあったソファーに隣通しで座りながら、ようやく落ち着いたアスカはフルーラと一緒にお茶を飲んでいた。
「その……ウィリアムって奴、お前の大事な人だったのか?」
「うん。今思えば大事ってより、大好き……だったのかな。私、自分の感情がよくわからなくて」
「……そうか。辛かったんだな……でも、もう自殺は無しだぞ?」
「わかってるわよ……わかって……いるもの」
アスカの号泣が効いたのかわからないが、フルーラは素直になっていた。
まるで前から友達だったかのように、すらすらと会話ができる。
今の姿が、フルーラの自然体なのかもしれない。
「アスカ、だっけ。なんだか、嬉しくなったんだ……私」
「嬉しく? 何がだよ」
「私のために泣いてくれる人がいるって。今まで……そういうのって無かったから……」
「……苦労してるんだな、お前も」
死を悲しんでくれる人間がいない。
いや、話に出ていたウィリアムという男が唯一の存在だったのだろう。
彼を失い、孤独に押し潰されたフルーラは自害をはかった。
もし、自分がラドクリフを喪ったらと考えると、アスカはその気持ちも少しは理解できた。
「……よし、今からアタシがお前の友達になってやる。その、ウィリアムって奴の代わりにはなれねぇけど……寂しさは少しくらい紛れるだろ?」
「とも……だち?」
「何だよ、友達つくったことないのか? アタシも友達が何かって言葉にはできねぇけど……。困ったら助け合って、嬉しかったら一緒に笑って……まぁ、温かいもんだぜ。友達って」
不器用ながら、柔らかい微笑みを浮かべるフルーラ。
命の恩人に感謝を伝えに来たつもりが、命を救って友達ができた。
そう思うと、一悶着あったがフルーラとの出合いは悪くないなと、アスカははにかんだ。
部屋の隅で見守ってくれてるラドクリフも、アスカに笑顔を向けていた。
「さ、て……。これからどうすっかな……フルーラ、一緒に飯でも────」
そう言いかけた時だった。
ズズン、と建物全体が揺れるような感覚。
地震かと一瞬おもったが、ここがコロニーであることを思い出すアスカ。
直後に鳴った警報が、さっきの揺れが一大事によるものだということを懸命に主張した。
「ラド、何があったんだ!?」
「今確認している……! なんだって!?」
携帯電話ごしに何かを聞いたラドクリフが、ベランダへ飛び出し手すりから前へと身を乗り出す。
彼に続いて外の光景を見たアスカの目に映ったのは……。
「ハーコブネイン……! ツクモロズの野郎、またあれを使うのか!」
「ハコブ……なんだって?」
「ハーコブネイン、宇宙戦艦を依り代に生まれたツクモロズの船だ! アタシは前に一度戦ったことがある……!」
忘れもしない地球での出来事。
あのとき、ハーコブネインとの戦いでアスカの仲間である魔法少女が2人も再起不能の重症を負った。
数少ない友人をふたりも傷つけたあの船が今、このコロニーを焼こうとしている。
その事実にいても立ってもいられなかったが、アスカは今の自分の立場を思い出した。
「……変身さえ、できればよ」
「アスカ、お前はもう戦わなくていいんだ。俺たち大人に任せて、フルーラさんと一緒に避難しろ!」
「ラド、でもよ……!」
「……行ってくる!」
アスカの伸ばした手を振り払うように、廊下へと駆けていくラドクリフ。
己の無力感に唇をキュッと噛みながら、拳を震わせる。
魔法少女の敵が迫っているのに何もできない。
大人に任せきりで、何が魔法少女だ。
『総員に次ぐ! 戦艦級ツクモロズの出現を確認! 現在、キャリーフレーム発進準備に人手足らずゆえ手空きの者は格納庫へ集合! 繰り返す、戦艦級ツクモロズの出現を────』
何度も天井のスピーカーから発される命令。
物を運ぶとか、簡単な手伝いくらいはできるかもしれない。
そう感じたアスカは、もう止められない足を前へと踏み出した。
「アスカ、待ってよ! どうしてあなたも行くの……?」
袖を掴んで制止するフルーラ。
彼女の潤んだ瞳を見てから、アスカは廊下へと視線を戻した。
「このまま何もしないまんまじゃ……アタシは気がすまねえんだ」
「どうして、そこまで……?」
「なんでだろうな……強いて言うなら」
「強いて言うなら?」
「あいつの……ラドの助けになりてぇから、かな……!!」
───Fパートへ続く




