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第32話「黒衣の魔法少女」【Dパート 慟哭】

 【4】


 食事の乗ったトレーを持ちながら、アーミィ支部の廊下を歩くアスカ。

 自分を助けてくれた女の子は、どうやらレッド・ジャケットというアーミィと敵対している組織の人間らしい。

 それがどのような経緯でアスカを助けアーミィに回収されたかはわからない。

 けれど、助けられた身としては礼のひとつでも言わなきゃ気が済まない。

 アスカがそういう人間だったからこそ、恩人へと昼食を運ぶ役割を引き受けたのだ。


「それにしたって……独房みてぇな場所かと思ったけど、ホテルみてーだな」


 開いた扉の隙間から見える内装に、特別室の特別たる所以を感じる。

 赤いカーペットにシックな調度品。

 大画面テレビやエアコンの様な装置も備わっている豪華な部屋が並んでいた。

 何のための部屋なんだと思っていると、隣を歩くラドクリフが口を開いた。


「特別室の主な用途は、アーミィの協力者とか、出張で来た隊員の臨時宿泊施設とか、そういう使い方が主なんだとさ」

「なんだよラド、まるで体験したみたいな言い方じゃねーか」

「……まぁ、階は違うけど今まさに一室に泊めてもらってるからね。俺も戦力の一人として数えられている以上、いちいち艦まで戻ってられないからな」


 アスカは、今のラドクリフの状況もいくつか聞いていた。

 このコロニーの偉いさん……見舞いに来ていた高飛車なお嬢様の護衛に駆り出されたのが、ラドクリフ所属する傭兵団だったとか。

 それからいろいろと大変な目に会い、今はアーミィから直接雇われる形でこのコロニーの防衛に協力しているらしい。


「……みんな、戦ってるんだよな」


 生前、地球で魔法少女をやってた頃、戦っていたのはアスカ達だけだった。

 アスカの他に3人いた魔法少女たちは、みんな激しい戦いの中で命を落とさないまでも重症を負って戦線離脱。

 親の転勤にかこつけて金星へと戦いの場を移したツクモロズを追った結果、今では沈黙の春事件と呼ばれる虐殺に巻き込まれてアスカは命を落とすこととなった。


 もし自分たちが軍とかそういう防衛組織と協力を取り付けてたら、違う未来があったのかもしれない。

 前向きに……と考えていても後悔ばかりが並ぶのは、重い空気に触れ続けているからだろう。

 自分を助けてくれた少女、フルーラがいるという部屋の前で足を止めながら、アスカは雑念を振り払った。

 食事トレーをラドクリフへと預け、拳で軽く2回ノック。


「おーい、いないのかー?」


 返事が帰ってこないのでもう一度ノックをするも、返答はなし。

 ドアノブを握ると、鍵がかかっていないのか扉が簡単に開いた。

 そっと部屋の中を覗き見るアスカだったが、視界に映った光景に血の気が一瞬で引いた。


「お前っ……! なにやってんだ!?」


「ううっ……止めないで……!」


 そこにいたのは、今にも自分の喉元へと万年筆を突き刺さんとしているフルーラの姿。

 自害しようとしている人間を前に居ても立ってもいられず、アスカは突入した。


「止めないでよ……! 私がウィリアムにできる償いなんて、これくらいしか……!」

「こんの……バカ野郎ッッ!!」


 アスカは殴った。

 渾身の右ストレートで万年筆を握るフルーラの手を殴り抜けた。

 手から離れた万年筆が床を転がる中、アスカはフルーラを押し倒してカーペットの上で馬乗りになる。

 若草色のボサボサ髪を振り乱しながら仰向けでもがくフルーラの両腕を掴み、彼女の反撃を封じた。


「止めないでって言ったでしょ!? どうして邪魔するの……!」

「言え! 何で死のうとした!?」

「うう……ウィリアムが助けてくれたのに、わかりあえたのに……! ウィリアムが私のせいで死んで……ウィリアムのいない世界なんて、私……!」


 号泣しながらそう言うフルーラの目は、真っ赤に腫れ上がっていた。

 きっとアスカが来る前からもずっと、一人で泣いていたんだろう。

 けれども自ら命を断とうとしていた相手へと、アスカは手を上げずにいられなかった。


 パァン……という音が、静かな部屋へと響き渡る。

 叩かれたことすらも理解していないような表情のフルーラの顔……頬に赤い手の跡が浮かぶ肌へと、アスカが流した涙がポタリと落ちた。


「お前な……死ぬってことがどういうことがわかってんのか!? 死ぬってのはな……真っ暗になることなんだよ! なんにも無くなっちまうことなんだよ!!」

「なんに……も……?」

「天国なんてねぇんだよ! アタシは死んだんだ! 一回死んで……よく分からねえで生き返ったけど……それまでは真っ暗だったんだぞ!! 寒いしよ、何も感じられなくて、怖くて声を出しても声が出なくて……死ぬってのは、そういうことなんだよ!!!」


 自分でも何言ってるのかわからないくらい、浮かんだ言葉を吐き出すアスカ。

 暗くて怖い、動けない空間。

 その中に閉じ込められることが、アスカにとっての死の体験だった。

 それも知らずに死のうとするのは、どうやっても止めたかった。


「だからよ……うう……! アタシの前で死ぬなんて、死のうとなんてするんじゃねぇよ……! 頼むからよぉ……うう……」


 溢れ出てくる涙。

 頬からアスカが流した雫がこぼれ落ちたフルーラは、一言「ごめん……」とだけつぶやいて大人しくなった。


「うぁぁん! ゴメンで、済むかよぉ……! グスッ……えぇぇん! うあぁん!!」

 

 それでも悲しみが止まらないアスカ。

 涙がフルーラから移ったように号泣し続けてしまう。

 その涙が止まったのは暫くラドクリフに抱き寄せられ、背中を何度も擦られてからようやくだった。




    ───Eパートへ続く

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