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第32話「黒衣の魔法少女」【Cパート 過去の記録】

 【3】


 さっきまで取り乱し、布団をかぶっていたアスカがようやく顔を見せた。

 気持ちの整理がついたのかはわからないが、ラドクリフはベッドに腰掛け、そっと彼女へと寄り添う。

 たとえその姿が、過去に見知った外見とは別人のものだとしても。


「ラド……アタシは……誰も助けられなかったんだ。親父も母も……ううっ」

「思い出すもんじゃない。忘れられるわけはないだろうけど、考えたらダメだ」

「でも……」


 気弱な声を発するアスカ。

 顔も声も、〈アルテミス〉の中で共に戦った華世のものであるが、喋り方と記憶。

 それから、気恥ずかしさから片目を前髪で隠そうとする仕草は間違いなくアスカのものだった。


 アスカとは、ラドクリフが地球の日本という国で学校に通っていた時に知り合った。

 下宿先のアパートの隣に建つ一軒家。

 彼女はそこに住むごく普通の少女だった。


「あのさ、ラド……覚えてるか? 冬の夜に、アタシが家の鍵を忘れて……困ってたこと」

「そうだな……あの時に俺の部屋に入れて、晩飯の残りのミネストローネを食わせてやったっけか」


 アスカの両親は多忙で、よく家をあけていた。

 親の目がなく自由に出歩くアスカだったが、その時はとんでもないウッカリをしていたのだ。

 携帯電話のバッテリーは切れ、近くに助けてくれる知り合いもいない。

 開かない玄関の扉の前で涙を流しながら震えていたアスカを、ラドクリフは見過ごせずに助けた。

 それが、二人の出会いだった。


「一人で自炊してるのにさ、ラドのミネストローネは美味しくなかったよな」

「ほっとけ。男の料理なんて、そんなもんだよ」

「でもさ、だからアタシ……ミネストローネの作り方勉強したんだよ」


 その話は初耳だった。

 確かに、自発的にラドクリフの家に遊びに来るようになってから、やたらとミネストローネを作りたがっていた。

 それが、まさかそういう経緯だとは全然思っていなかった。


「アタシが作ったミネストローネ、観念して食べたとき目ぇ見開いてたよな」

「まあな、俺が今まで食ってたのは泥水だったのかと思うくらい美味かったからな」


 そこまで会話をして、ラドクリフは華世がアスカのものと同じ味のミネストローネを作っていたことを思い出す。

 華世とアスカは同一の存在だったのか、それとも二人には別のつながりがあったのか。

 華世が居なくなった以上は、確かめるすべはない。


「やっぱり、大人になってたけどお前はちゃんとラドなんだな」

「そう言うお前も、アスカに間違いないよ」


 ようやく落ち着き、微笑むアスカ。

 ひとまずこれで安心か……とラドクリフが胸をなでおろそうとしたその瞬間だった。


 ガタガタガタッ。


 部屋の中に響く、何かが動くような音。

 ラドクリフが音のした方へとゆっくり近づくと、そこにはひとつのハムスターケージがあった。


「なんだこりゃあ? ……機械のハムスター?」


 青いフレームに包まれた小さい身体が、横倒しにされた瓶のようなものからノソノソと這い出てきた。

 それはクルクルと短い手で顔を磨いたかと思うと、ラドクリフへと向けて口を開く。


「なぁんだか、懐かしい魔力を感じるミュ……」

「ラド、その中に何が……?」

「わかったぁ、アスカだミュね。この魔力の感じは……」


「え……知り合い?」


 青いハムスターロボが口にしたアスカの名に、ラドクリフは思考が真っ白になった。



 ※ ※ ※



『魔法少女マジカル・アスカ参上! よくも好き勝手やりやがったな、ツクモロズども……!』


 ディスプレイに映し出されたのは、赤色の衣装を身にまとう黒髪の魔法少女が夜の街で戦う姿。

 その周囲には炎の灯ったランタンのような物体が浮かんでおり、周囲に群がる敵……ジャンクルーとして認知されているゴミ山ツクモロズへと炎を放ち応戦する。

 そして怯んだ相手を、マジカル・アスカは手に持つ鈍器状のステッキで叩き潰し、なぎ倒す。


『グオオォォォ!』


 ジャンクルーが全滅したところで現れたのは、3メートルはあろうかという異形のツクモロズ。

 けれどもその巨体を前にして、アスカは一歩も下がらない。


『ようやくボスの登場か……喰らえ! ソウル・プロージョン!!』


 魔法少女が叫ぶと、彼女の周りに浮かぶランタンが一斉に火球を連射。

 爆発の雨あられに圧倒され、体勢を崩すツクモロズ。

 その隙を見逃すものかと、アスカが跳躍しながらステッキへと手を添える。

 すると、ステッキが激しく輝き始め炎のような光りに包まれた。


『お前にゃこいつがお似合いだ! エンチャント・フレイム! ヒィィト……スマーッシュ!!』


 炎を纏った一撃を受け、炎上しながら倒れるツクモロズ。

 ……といったところで、映像はノイズが入りプツリと消えてしまった。


「……今のが、ミュウの記憶データからアスカという人物の情報で掘り起こした視覚データだ」


 映像を停止したドクター・マッドが淡々と語る。

 一方、生前の……それも魔法少女をしていたときの映像を流されたアスカは、いろいろな感情が渦巻いて顔が熱くなっていた。

 魔法少女姿をラドクリフに見られた恥ずかしさ、それから秘密がバレたという居心地の悪さ。

 アスカは助け舟を乞う思いで、隣から心配の眼差しを向けるラドクリフの方を横目でチラチラとアイコンタクトを送る。

 しかし、その仕草に反応したのはドクターだった。


「どうした、アスカ?」

「どうしたじゃねぇだろ! 何でアタシの映像をみんなに見せて……っていうか残ってんだよ!」

「恥ずかしがることはないだろう。それに先程も言ったが、この映像はミュウの記憶データ……それも思い出せない細工が施された領域に存在していたものだ」

「でもよ……アタシが魔法少女だなんて、似合わねえよな? なぁ、ラド……!」


 いっそのこと否定してくれた方が救われる……とアスカは感じていた。

 自分の性格や言動が魔法少女らしくないというのは、重々承知だったから。

 けれど、ラドクリフの口からは望んだ言葉は引き出せなかった。

 

「えっとさ。俺はその……魔法少女と一緒に戦ったから言えるんだが、恥ずかしがることじゃないと思うぞ?」

「それがわかんねぇんだよ! 何で今の魔法少女は公然と魔法少女やってんだ!? 秘密にしておかなきゃいけないもんじゃないのかよ!?」


「秘密いうてもなぁ、華世はのっけからアーミィと連携とったもんやから」


 頬を掻きながらそう言ったのは、内宮という糸目の女。

 曰く、華世という娘は初めて魔法少女として戦ったその日にアーミィへと話をつけたという。

 しかも金星アーミィの大元帥アーダルベルトへと直接かけあい、アーミィの対ツクモロズ体制を早期に実現させたとか。


 アスカは魔法少女になったとき、魔法少女であることを秘密にしないと大変なことになるとミュウに脅されていた。

 けれど現実として華世たち魔法少女がアーミィや傭兵団と連携して戦って問題がなかったらしいので、ただの脅しだったのかもしれない。


 だが、そんな華世という人物は今ここに居ない。

 アスカが見つかった場所の戦いで、行方不明になったと聞く。

 行方不明……といっても、重い空気がその生存を絶望視しているのは想像に難くない。

 なぜか姿を借りた形になった人物であっても、アスカにとっては知らない他人である。

 居もしない他人を振り返るより、アスカは前向きな行動を取りたかった。


「なぁ、博士。アタシを助けてくれた女の子がいるって聞いたんだが……」

「ああ。彼女なら今、支部の特別室に幽閉している」

「幽閉……? それじゃあまるで敵じゃ……」

「あの子は、敵組織の人間だぞ」




    ───Dパートへ続く

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