第32話「黒衣の魔法少女」【Bパート 蘇った少女】
【2】
急いで華世の病室へと向かう内宮。
エレベーターの扉が開くと同時に、急いで廊下を駆け抜ける。
ふたつほど曲がり角を曲がったところで、目的地の前で狼狽する結衣たちの姿が見えた。
「う、内宮さん!」
「お姉さまが、お姉さまが……!」
「結衣、ホノカ、杏! ……どうしたんや!?」
「華世が、華世が私たちのことを知らないって……それに」
「だからアタシは、カヨなんて名前じゃねえって言ってんだろが!!」
ベッドの上から鼻息荒く悪態をつき、枕を投げつけてくる華世。
内宮はその枕を受け止めてから、恐る恐る華世へと近づき、言葉をかける。
「なあ華世、うちや。内宮や、本当に覚えてへんのか……?」
「だから知らねえって言ってるだろ! さっきから誰なんだよ! 次から次へと、アタシは……!!」
「どうかしましたか?」
そう言いながら病室に到着したのは、遠坂艦長とラドクリフ。
内宮がここに来る前に一報を入れたのを聞き、駆けつけてくれたのだった。
「内宮さん、一体何が……?」
「深雪はん、それが華世のやつが」
「ラド……?」
それまで荒ぶっていた華世が、突然そう呟いておとなしくなった。
その視線の先にいるのは、傭兵団のキャリーフレーム部隊隊長のラドクリフ。
彼も、華世に呼ばれたあだ名のような響きを聞いてか、目を見開いて固まっていた。
「ラドって……俺をそう呼ぶのは一人だけのはず」
「なあラド、助けてくれよ! こいつら一体何なんだよ、ラド!!」
目に涙をいっぱい浮かべて、ラドクリフへと抱きつく華世。
いや、口調から態度からもしかして思っていた可能性が、いまはっきりと輪郭を帯びた。
彼女は、華世ではない。
見た目こそ華世そのものであるが、華世ではない誰かだった。
そしてそれが誰かというのは、ラドクリフの口から語られた。
「もしかして……アスカ、なのか……?」
※ ※ ※
「凪沙アスカ……確かに沈黙の春事件の犠牲者名簿にある名前だった」
病室から出た廊下を歩きながら、ドクター・マッドがタブレット端末を見せる。
そこに並ぶ名前の中には、しっかりとアスカという人物の名前が彼女の家族らしき同じ名字の人物と並んでいた。
「つまり……沈黙の春事件で亡くなったアスカさんが、生き返ったということですの?」
「生き返った、というのは少し違うかもしれんな。あのアスカという少女の身体をレントゲン撮影したところ……杏くん」
急に呼ばれてキョトンとする杏。
しかし、次にドクターが画面に映した画像を見て、内宮は納得した。
「君と同じく心臓の代わりにツクモロズのコアが動いていた。あのアスカという少女は、ツクモロズとして再び生を受けたのだろう」
「ツクモロズとして……か」
ふと、楓真の存在を思い出す内宮。
ツクモロズの幹部として敵対している彼がもともと人間だったということは、咲良の口から語られている。
「まどっち、うちが気になるんはアスカっちゅう子の姿が華世と瓜二つっちゅうことや。杏もやけど、ツクモロズになった人間はみんな華世になるんやないやろな?」
「その件に関しては調査中だ。いくつか仮説は浮かんでいるが、検証に時間が足りていない」
「……まあ、せやろなぁ」
今、突然動き出した事象に時間も暇も足りていないのはわかりきっている。
なのに結論を急いでしまったことを、内宮は自らの中で恥じた。
「あの……アスカという方が華世ではないなら、華世は……」
沈黙のままエレベーターホールでボタンを押したところで、ホノカがポツリと呟く。
助け出されたのが華世ではなかったということは、華世は助けられなかったことに等しい。
考えたくなかった重い事実に改めて直面し、内宮は額を抑える。
「……そういえば、アスカって子はあのままで良かったんか?」
無意識に内宮がそう口走ったのは、現実を忘れたい思いが少しあったのかもしれない。
あるいは話題をずらすことで、華世を失ったという事実から目を逸らしたかった可能性もある。
理由はどうあれ、内宮の感情など意に介さずにドクターは答える。
「ラドクリフという男が付き添っているから、大丈夫だろう。なんでも地球にいた頃の馴染みだったそうでな。あっ」
何かうっかりしていたかのように、額に手をあて俯くドクター。
めったに見れない仕草に、内宮は少し心配になった。
「ど、どしたんや……まどっち?」
「ミュウの入ったケージをアスカの病室に置いてきてしまっていた。私としたことがうっかりだ。……内宮、何を笑っている?」
「ぷ、くく……いやな、まどっちも人間なんやなって思うて」
「失礼な。私だって30%くらいは人間だぞ?」
「のこり70%は何や?」
「改造人間、かな」
───Cパートへ続く




