第32話「黒衣の魔法少女」【Aパート アフター・デイ】
「……というわけで、サンライトへと集結していたアーミィ部隊は尽くが壊滅。大幅に戦力を低下させる結果に終わったよ、ママ」
喫茶店の席に座り、端末を前に通信をする菜乃葉。
サンライト周辺で謎の大爆発が起こった、という報道があってから一週間。
その僅かな間に、金星の事情は大きく変わった。
「クーロン及びウィンター以外の有力なアーミィ戦力を喪失したことで、パワーバランスが変わった。V.O.軍が懐柔策に出たことで、いくつかのコロニーが彼らになびいたんだ。……もちろん、V.O.軍はあの秘密兵器を裏に持ちながらね」
ツクモロズ勢力と手を組み、戦力を大幅に増強したV.O.軍。
近しい物質さえあればキャリーフレームを無から生み出せるに等しいツクモロズの力を得たことで、アーミィを圧倒できるほどとなった。
とはいえ制御しきれているとは言えず、様々なコロニーでキャリーフレーム型のツクモロズが発生する事件が散発的に発生している。
中には戦艦級のものまで現れ、住民は避難したものの市街地に大きな傷跡を残した例もある。
「……あの時、研究所にいた者たちかい? そうだね、あの時にノグラスを除いて人間は3人いた。そして、内ひとりが戦闘中行方不明《MIA》だ。いや……」
端末を操作し、最新の資料へと切り替える。
先程まで帰還・回収と書かれていた箇所が、白紙になっていた。
「もうひとり、帰ってこなかった者がいたみたいだ。そいつは────」
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鉄腕魔法少女マジ・カヨ
第32話「黒衣の魔法少女」
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【1】
「んあ……」
まどろみの中から目を覚ます内宮。
全身が僅かに痛むのは、寝床が硬いソファの上だったからだろう。
起き上がり、アーミィのオフィスで寝ていたことに気がついて、細い目を指でこする。
「そっか……うち、寝落ちしてたんか」
家に帰る暇もない激務の日々を思い出し、その地獄の日々の始まりを思い返す。
戦艦級ツクモロズを伴ったV.O.軍の奇襲によって、オータムに集結しようとしていたアーミィの精鋭たちは大打撃を受けた。
その報せのあと、内宮たちを回収したネメシス傭兵団は一路コロニー・サンライトへ。
そこでホノカ達が乗る輸送艇と、SOS信号を発していたボロボロなレッド・ジャケットの機体を回収。
その機体の中にいたのはパイロットの少女と、気を失ったままの裸の華世。
原因不明の昏睡状態が続く華世の身を案じ、戦艦〈アルテミス〉で一行はコロニー・クーロンへと帰還した。
行方不明となったウィルを回収できないまま……。
「……起きたか、千秋」
「まどっち……あんさんはいつも早起きやなぁ」
身体を起こし、ドクター・マッドが手渡したコーヒーカップを受け取る内宮。
喉を通る苦味で意識を覚醒させていると、向かいのソファにドクターが腰を下ろした。
「私は短い睡眠でパフォーマンスが出せるように脳を改造しているからな。千秋もどうだ、3時間の仮眠で30時間は動けるようになるぞ」
「……遠慮しとくわ。人間は辞めたないし」
「だが、この一週間のような激務が続けば身も持つまい」
「そうは言うても……うちは、街を守らなあかんからな」
領主の娘、リン・クーロンが巡礼を終えたことでV.O.軍はこのコロニーに手は出せなくなった。
しかしここクーロンに限らないが、偶然か意図的か自然発生し暴れるツクモロズが増加。
激しいときは1日に3件も発生するツクモロズの襲撃に、内宮はかかりっきりだった。
「そうやって君の身体が壊れては、手痛い戦力低下になる。今日くらいは休め、と支部長からの伝言だ」
「支部長……あん人も毎日のように出撃しとるってのに」
今、アーミィは総動員体制で動いている。
セドリックたち内宮の部隊員ですら、他コロニーの応援として駆り出されている中、キャリーフレームで戦える人数は限りなく少ない。
普段は事務仕事ばかりの支部長でさえ、いち戦闘員として出撃しているくらいだ。
「なんにせよ、今日は帰ることだな。理由がほしければ、あのハムスターを持ち帰るという理由をやるが?」
「ハムスター……? ミュウ、治ったんか?」
「ああ、彼は病魔から解放された。それどころか肉体の寿命すらもな」
「……つかぬことを聞くんやが、ミュウに何したんや?」
「見たければ見るといい」
「どれどれ……いいっ!?」
ドクターが指差したハムスターケージの中を見て、思わず顔が引きつる内宮。
その中にいたのは、スヤスヤと眠る青いハムスター……の形をしたロボットだった。
「まどっち……あんさんまさか」
「死にゆく肉体から脳を摘出し、電脳化して新しいボディに搭載しただけだが?」
「だけだがって……まぁ、あんさんに任せた時点でマトモに治るわけ無いやろとは思うとったけど」
「まあそう褒めるな。それに、電脳化する過程で面白いこともわかったしな」
「おもろいこと?」
首をかしげる内宮に、ドクターはタブレット端末の画面を見せる。
そこには無数の数字・アルファベットの羅列がびっしりと描かれていた。
それが何を意味しているのかは全く読み取れない。
しかし、背景が赤く染まっている部分がやたら広い範囲に存在していることにだけは勘付いた。
「これは……」
「電脳化の際にバイナリ化……機械語に直した脳の構造だ。赤い部分はその中の記憶部分であり、構造上アクセス不能になっていた部分だ」
「つまり、どゆことや?」
「あのハムスターは、かなり膨大な記憶を人為的に封じられていた。わかりやすく言えば、脳は記憶しているが思い出せなくさせられていたんだ」
わかりやすく、と言われても内宮にはピンとこなかった。
ただひとつわかったのは、ミュウは脳に細工を施されていたということ。
更に込み入った話を聞こうと思ったところで、内宮の携帯電話が震え始めた。
「まどっち、スマンな。もしもし、内宮やけど……チナミはん?」
『内宮さん、華世さんが目を覚ましたみたいですよ』
「ホンマか!?」
少しだけぼんやりとしていた思考が、パッと覚醒する。
何の話をしようか、ミュウのことを相談しようかと考えたところで、ウィルが行方不明になったことを伝えなければいけないということを思い出す。
作戦中行方不明《MIA》とは、それ即ち死亡を意味する。
回収した少女が乗っていた機体、その戦闘記録からウィルがクロノス・フィールドを解除した状態で戦っていた。
そして、そのまま施設の爆発に巻き込まれたことが判明したのが、ウィルの捜索を諦める決定打だった。
家族をひとり失ったに等しい悲しみを、華世に伝えなければいけない。
そう意気消沈している内宮に、チナミは思いも寄らない言葉を伝える。
『それが、あの……目を覚ました華世さんの様子がおかしくて』
「様子が?」
『とにかく、会ってみてください! 病室の場所、わかりますよね……?』
通話の切れた携帯電話を握りながら、しばし固まる内宮。
そんな彼女へと、ドクターが「君には話してなかったな」と不穏な言葉を切り出した。
「なんや、まどっち……人が悪いで?」
「落ち着いて聞いてくれ、回収された華世の肉体はな──」
ドクターが放つ一つ一つの言葉に、内宮は神経を研ぎ澄ます。
そして、放たれた言葉に頭が真っ白になった。
「──五体満足……無いはずの手足が、ついていたんだ」
───Bパートへ続く




