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第31話「復讐の結末」【Iパート 変わる心】

 【9】


 ドクン、ドクン……と刀身越しに伝わった脈動の振動が、華世を正気へと引き戻す。

 戦っていた相手が誰なのかを改めて認識した華世は、思わず声を震わせた


「あ……あ……! 先生……!」

「ふふ……格好のつかない最後だったけれど……見事でしたね、華世」


 もとの声とはかけ離れながらも、優しさを伴った恩師の声に、華世は柄を握る手を震わせた。

 今、華世は初めて人間へと致命傷をあたえた。

 それも華世が唯一、敬語を話すほど尊敬している人物を。


「どうして……先生が……」

「あなたには……知る権利が、ありますね……」


 低くも柔らかな声で、ノグラスが語り始めた。

 何度も振動する展望室の中で。

 その最中にも、朽ちていく身体を崩していきながら。


「あの日、私達ツクモロズには……多くの魂が必要だった……」

「たま……しい……?」

「予定より遅いモノエナジーの溜まり……に業を煮やした、部下の凶行を……私は、止められなかった、のです……」


 ボロボロと朽ちてゆくノグラスの腕。

 背中から生えた腕がボロリと落ち、床の上で灰へと変わった。


「魔法少女の住まうコロニーの滅亡により……ツクモロズは勝利、しました……。けれども、私は……自由と引き換えに……重すぎる罪を背負った……」

「だから、あたしを……育てたの?」

「唯一の生き残りであるあなたに……生きる目的を与え、望む復讐を遂げられる力を教え、討たれる……それが、私ができる……精一杯の償いだった」


 勝手だ。

 勝手すぎる。

 華世は魔法少女ではなかった。

 ただ平和に生きる無辜むこの民、そのひとりの幼子に過ぎなかった。


 それが、ツクモロズの勝手な理由で親を殺され故郷を失った。

 誓った復讐も、鍛錬も、魔法少女になったことさえ、レールの上を進まされていたのか。

 これが、運命という言葉で片付けられてしまうのか。


「華世、あなたは……勝者、です。生きる資格があります……」

「ば、バカ言うんじゃないわよ……! あたしは、あたしは……!」

「どうか、あなたは……幸せ、を……」


 ついに、ノグラスの頭骨が崩れ落ちた。

 物言わぬ遺灰の塊となった恩師を前に、華世は内側から溢れる不快感に身を引き裂かれそうになっていた。


 初めての殺人への拒否感なのか。

 それとも恩師を自らの手で葬った悲しみなのか。

 はたまた、復讐を遂げたことで訪れた虚無感か。


 ぐるぐると激しく心の中を渦巻く無数の感情。

 賛美、否定、称賛、罵倒。

 いくつもの褒め称える声と、罵る声が耳鳴りのように脳の中をかき乱していく。

 心がバラバラになりそうな感覚に全身が支配され、頭を抱えて地に伏せる。


「ひどい、ひどいよ……」


 少女が復讐を誓ってから初めて流されたひとつぶの涙。

 それは床で跳ねることを許されず、流し主たる華世と共に爆炎の中へと消えた。



 ※ ※ ※



 連鎖的に起こった大爆発が、先程までいた白い戦場を真紅に染め上げる。

 鬼気迫るウィルの「爆発する、逃げろ!!」の声に、フルーラは入ってきた駐車場の狭い空間を〈ニルヴァーナ〉で飛行していた。

 後方から追うように共に逃げるウィルへと、フルーラは声を震わせる。


「知らなかったの……! 私、なにも……!」

『俺だって、まさか研究所そのものがコロニーから分離できる宇宙船だったなんて知らなかったさ……!』


 フルーラとウィルが戦っていたあの場所は、宇宙船のエンジン部だった。

 何の理由で飛び立ったかは定かではないが、稼働する動力炉へとミサイルが突き刺さってしまった。

 それはエンジンを駆動させる機関へのダメージにほかならず、それが引き起こすのはエネルギーの暴走。


 自分で引き起こしてしまった爆発から必死に逃げている間抜け。

 それが、いまのフルーレ・フルーラだった。


 背後を追ってくるように迫る爆発の炎。

 それに飲み込まれれば、キャリーフレームなどひとたまりもないだろう。

 迫る死の恐怖にさらされ、自分がいかに愚かだったかが痛いほど身に染みる。


「ウィリアム……私、バカだった……!」

『ああ、フルーラ。君も俺も馬鹿すぎた……でも、君がそれを認められたのは偉いことだよ』


 こんな状況を生み出した張本人を、決してウィルは一方的に叱責しなかった。

 それどころか互いが悪いということにしようとする上に、褒め言葉までくれる。

 ウィルからの褒め言葉……それは、フルーラの心を暖かくさせた。

 暖かくなった心に満ちる充足感。

 今まで穴が空いていたような気分が、すこしずつ埋まってゆく。

 そして、フルーラは自分が何を求めていたかを悟った。


「私……ウィリアムに褒めて欲しかったんだ……。上手だねって、凄いねって……だから、ずっと対抗してたんだ……」

『フルーラ……』

「今なら、ウィリアムの言ってたこと……わかるかもしれない。戦いが怖いってことが……」


 これまでクロノス・フィールドというゆりかごの中で戦っていたフルーラには、ウィルの言葉が理解できなかった。

 けれどもリミッターを解除し、初めて感じる隣合わせの死の予感が、フルーラを変えていた。 


「今だったら、私……ウィリアムの隣に、いれるよね……?」

『……そうだね、今の君だったら────』


 ウィルの言葉が止まる。

 いや、止まりつつあるのはフルーラの乗る〈ニルヴァーナ〉だった。

 同じ速度で後方を飛んでいたはずの〈ニルファ・リンネ〉が横並びになり、そして抜き去っていく。

 それが表すのは、機体の速度が落ちつつあるということ。


「推進剤がっ……!」


 激しい戦いで消耗していたリソース。

 ミサイルは尽き、ビームはエネルギーが切れかかり、そして推進剤はなくなりかけていた。

 何も考えずに動いていたツケが、フルーラへと突き刺さる。


 徐々に失速する機体。

 迫りくる爆炎の濁流。

 鳴り響くブザーが、フルーラの心を恐怖へと突き落とす。


「嫌、だ……! 死にたくない、死にたくないよぉ……ウィリアムゥゥゥ!」




    ───Jパートへ続く

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