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第30話「運命の地、サンライト」【Gパート 思いがけぬ遭遇】

 【6】


「ハアッ……ハアッ……!」


 雪道の中を、リンは駆ける。

 幸いにも、ホノカの足取りを追うのは簡単だった。

 積もりたての新雪の上を、彼女の足跡だけがくっきりと刻み込まれていたから。


 走っている内にふと、リンは違和感を抱く。

 進めば進むほど、人気ひとけがなくなっている。

 そういった場所に向けてホノカが走っているのか。

 それがわからないまま、雪に埋まった公園のような場所で立ち止まるホノカのもとへと、リンはやっと追いついた。


「ううっ……マザー・クレイアが、私の両親を殺してただなんて……」

「ぜえっ……ぜぇっ……。ほ、ホノカさん、きっと……ゲホッ。何か理由があるんで……おえっ。ですわよ……!」

「人殺しの理由って何!? あの人は……私を騙していたんですよ!!」


 吹きすさぶ吹雪の中、ホノカの眼からこぼれ落ちる涙が空中で凍りつく。

 まるで親しい人に裏切られ、温かみを失っていく彼女の温和な部分が凍りつくのを表すように。


「でも、あの方は今までずっとホノカさん、あなたを育ててくれたのではありませんの……?」

「だとしても、そうだったとしても……! わかんない、わかんないよぉ……」


 両腕を雪につけ、かがんだまま泣くホノカ。

 リンはかける言葉が見つからず、その場で途方に暮れる。


(こういうとき……華世でしたらなんて声をかけるのでしょう……?)


 あまりにも無力な自分に嫌気が差しながら、リンは必死にホノカへとかける言葉を探す。

 親同然の人物が信じられなくなった時など、経験したことがない。

 迂闊な言葉で更に傷つけてしまうことも考えれば、いまリンにできるのは沈黙だけだった。


「う……!?」


 突然、ホノカが額を手で抑えながらゆっくりと立ち上がった。

 その表情は涙こそ流れているが、すでに悲しみから驚きと恐れを伴ったものへと変わっている。


「どうしたんですか、ホノカさん!?」

「ツクモロズの気配……感じられなくなったと思ったのに、それにこの痛み方は……!!」


 ホノカがまっすぐに見据えた先。

 激しい吹雪で霧のように見えなくなった彼方から、雪を踏みしめる音が近づいてくる。

 街灯の明かりを受けて輝く、青白い透き通った脚。

 くぼんだ暗闇から光るように輝く瞳を携え、開いた口から鋭い牙を覗かせる顔。

 そして、短くも鋭いトゲのように弧を描き伸びる、鋭い尾。

 氷でできた大きな狼。

 それが一番言葉としてふさわしい、存在だった。


「今日は、どうして……親の仇にばかり会うかな……」


 ホノカの顔つきが、怒りと憎悪に染まっていく。

 これまでに一度も見たことのない、彼女の険しすぎる顔。


「ドリーム……チェンジ」


 低く、静かに唱えた変身の呪文で、一瞬にして巨大な機械篭手ガントレットを携えた魔法少女の姿へとホノカが変身する。

 その時、リンは彼女の言葉の意味を理解した。


(あの日、せんせいは氷でできた狼のような怪物に戦いを挑みました)


 墓参りの最中に聞いた、ホノカの父代わりだった恩師の死。

 そのきっかけとなったのは、氷の狼。

 今まさに目の前にいる、ツクモロズそのもの。


「絶対に許さない……! 殺してやる……殺してやるッ!」


 怒りに満ちた声とともに、ホノカが真っ赤な火炎をまとった。



 ※ ※ ※



「ホノカのあの取り乱し様……今の話、あいつは知らなかったのね」

「あの子は研究所時代の記憶を失ってましたから……」


 悔やむように俯くクレイア。

 ホノカは親が娘の生命を危険に晒そうとしていた下りを聞かずに、クレイアが刺し殺した部分だけを聞いてしまったようにみえる。

 勘違いを正さなければならないのはもちろんだが、華世は今ここで本来の目的を果たすことにした。


「ところで、V.O.軍が占領時にアーミィや他コロニーの要人を捕らえたと思うんだけれど……その行方について心当たりはないかしら?」

「要人ですか……? そういえば……V.O.軍の占領下に置かれてから、生命科学研究所に灯りが灯るようになりましたね」

「そこって、さっき言ってた研究所よね……?」

「はい……」


 ダメ元な質問だったが、重要な情報を得られた。

 もともとコロニーの存在意義そのものだった研究施設。

 ともなれば、基地としての機能も持っているはずだ。

 そこをV.O.軍が利用し始めたともなれば、捕虜を閉じ込める場所として人体実験施設はピッタリだろう。

 華世は急いで義眼を操作し、予め決められていた暗号化プログラムを噛ませたメッセージを発信する。

 少なくともこれで、大元帥から言い渡された偵察任務についての責任は果たせたはずだ。


「じゃあ、あたしはホノカを連れ戻しに行くわ。あなたは念の為に隠れて────」


 そう言いかけたとき、修道院の大扉をノックする音が静かな屋内に響き渡る。

 リンがホノカを連れて戻ってきたのかもしれないが、そうでなかった場合が厄介だ。

 華世はクレイアに隠れるよう指示をし、いつでも戦闘態勢に入れる準備をして大扉越しに声をかける。


「どちら様? あいにく今たてこんで……」


 僅かに開けた扉の隙間から見えた顔。

 その人相に見覚えのあった華世は、有無を言わさずに扉を蹴り開けた。

 勢いよく開いた扉のそばから、一人の女性が軽い身のこなしで後方へ飛び退く。


「いったい何だってこんな……ほう?」

「……あたしの顔に見覚えがあるってことは、あの時のあんたよね? ……女神像のツクモロズ」


 華世の前に立っているのは、服装や身にまとう雰囲気こそあの時とは違うが、魔法少女になって間もないときに出会ったツクモロズだった。

 コロニー・サマーで人攫いをし、多くの人間から生命力を奪った存在。

 神父の妻に成り代わり暗躍していた、ビューナス教の女神像から生まれたツクモロズ。


「運命ってのは奇特だねぇ。どこかに行っちまった犬っコロを探してたら、鉤爪に会えるなんてさ」

「鉤爪って……ツクモロズ内でのあたしってその印象で固定されてるのね。……ドリーム・チェンジ!」


 本格的な戦闘が始まる前に、魔法少女へと変身する華世。

 鋼鉄の義手と義足を光らせた姿へと変わり、斬機刀を鞘から抜く。

 周囲に人の目があったら面倒だなと思っていたが、数メートル先が見えなくなるほどの吹雪が、華世たちの戦いを覆い隠してくれそうだ。


「ツクモロズがこのコロニーに何の用事? どうせろくな事じゃないでしょうけど」

「わざわざ言うと思ったかい? 知りたきゃ……腕尽くで聞いてみな!」




    ───Gパートへ続く

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