第30話「運命の地、サンライト」【Fパート すれ違い】
【5】
「リンさん、私……夢があるんです」
「ホノカさん?」
墓の前で泣くのをやめたホノカと、庭が見えるベンチに座るリン。
彼女が突然話し始めた話に、驚きながらも耳を傾ける。
「私いつか、本当の両親を探したいと思っているんです。そして、捨てられた私はこんなに立派に成長できたって、見せつけてやるんです」
「本当の両親……ホノカさんは孤児でしたわね」
「マザー・クレイアや師は私にとって両親そのもの。けど……血のつながった両親という存在にも、いつかは目を向けないとと思ってるんです」
「両親ですか……そうですわね」
「あ……リンさんのご両親は今、大変なんでしたね……」
ホノカに言われて、改めてリンは考える。
自分がここに来たのは、このコロニーに隠れているか捕まっているであろう両親の無事を確かめるため。
あわよくば言葉をかわし、抱き合いたい。
そのために、危険を承知で敵地にやってきたのだ。
「大丈夫ですわ。お父様もお母様も、無事でいるはずですから。コロニー領主という身分は、人質とするならばかなりの価値ですから。V.O.軍もそれをわからないはずがありませんわ!」
「ふふっ、リンさんって強いんですね……」
「後の世で人の上に立つ人間ですからね! へくしゅっ!」
ひときわ冷たい風が吹き抜け、リンの身体全体を震わせる。
垂れた鼻水をハンカチで拭いながら、ホノカと少し笑い合う。
「うう……油断したら鼻水が凍りそうですわ」
「お墓参りも済みましたし、そろそろ戻りましょうか。……あら?」
そう言って二重扉の1枚目をくぐったホノカが、足を止める。
窓ガラス越しに見える内扉の奥では、深刻そうな表情でクレイアと華世が話し込んでいた。
「マザー・クレイアのあんな顔、見たことがありません……」
「お邪魔しては悪いかもしれませんわ。回り込んで正面からこっそり戻りましょう」
「そうですね」
再び外に出て、庭を通り抜けるリン。
華世がクレイアから何かしら両親の居場所につながる情報を得ていることを期待して、修道院の正面を目指して雪を踏みしめた。
※ ※ ※
「ドクター・クレイア。あんた、もしかして接ぎ木手術について知ってるんじゃない?」
クレイアが元、生命科学研究所の研究所だったことを知った華世は、ウィルから聞いた技術について尋ねた。
もしかすれば自分にも関係があるかもしれない人間の強化手術。
華世が睨んだ通り、クレイアはその質問に対し首を縦に振った。
「特殊な方法で脳細胞を移植することで、別の人間の才能を植え付ける技術……もちろん知っています。どこでそのことを?」
「あたしの知り合いがそれで強化されたって聞いたのよ。もしかすると、この修道院からV.O.軍に下った子供も、その技術で強化されたのかもね。ベテラン顔負けの操縦技術してたわよ、あのふたり」
「そうですか……あの二人が。子供たちはあの技術から逃がれられない運命なのかもしれませんね……」
「……どういうこと?」
これまでよりもより、重々しい表情でクレイアが語った。
この修道院にいた子供たち、その中でも年齢の高い子達はもともと生命科学研究所で暮らしていた実験材料だったという。
戦災孤児、借金のカタに売られた子供。
捨て子もいれば、不治の病で預けられた子供もいた。
理由はどうあれ、無垢で成長途中の子供というのは、様々な実験のモルモットとして優秀だった。
とはいえ、表沙汰になってはまずい人命に関わる実験はせず、あくまでも社会実験や病気治療の方向で実験に参加させられていた。
しかし、あるときに奇妙な出来事が起こった。
死に至る病を患った、ある男の子と女の子がいたという。
その治療のための手術がふたり同時に行われたとき、男の子は絶命し、女の子は危機的状況に陥りながらも奇跡的に手術が成功した。
その後に、助かった女の子に異変が起こった。
死の淵を彷徨っていたときに死亡した男の子の記憶や好みが、女の子に植わっていたという。
脳に関する病気だった少女を救うために、男の子から採取した脳細胞を使ったのが理由だとされ、すぐさまこの現象の究明が成された。
別の人間の記憶や技術をあとから植え付ける、接ぎ木技術の発見だった。
「発見した当初、その手術は子供には負担が重く、危険な行為でした。ドクター・マドカは自身を実験台にし結果を出しつつも、他の研究員には固く利用することを禁じるほどに……」
「……すごくさり気なくドクターが接ぎ木技術の恩恵得ているって話したわね。それで?」
「数年の後、ドクター・マドカが研究所を離れ地球へと向かった後のことです。研究員の中に、子供にこの手術を受けさせようと考える人間が現れ始めました」
「子供に予め才能を植え付けておけば、天才になる……という狙いかしら?」
「ええ。その中には、自らの子を優秀にすべく実験材料にしようとする人もいました」
その狂気に呑まれた人物は、嫌がる自分の娘を無理やり手術台に乗せ、死ぬかもしれない手術を始めようとした。
けれど、宇宙放射線病で藍色の髪を持ったその子供の怖がる眼を見て、クレイアは思わず握ったメスで子供の両親を刺し、手術台の上の娘を連れて逃げ出した。
混乱の中で、他にも実験材料として集められた子供たちも全員連れ出し、この修道院へと逃げ込んだ。
それが、クレイアという研究員が多くの子供達とここにいる経緯らしい。
それから間もなくして、研究所は閉鎖。
表沙汰にできないことを行っていたために、内部の情報はその折に抹消されたらしい。
後に刺された研究員がふたりとも死亡したという情報を聞いたクレイアは、その罪を背負ったまま修道院で子どもたちを育ててきたという。
話の中に整合性が取れない部分が多々あるが、おそらく色々あったのだろう。
細かい部分に目をつぶりつつも、華世はその話の中で気になった情報を、確認した。
「もしかして、あんたが刺し殺したっていう二人の研究員って……」
「はい、ホノカの両親です……私は、あの子を守るために────」
「マザー、それって……本当なんですか!?」
部屋の中に響き渡るホノカの大声に、クレイアが驚愕の表情で立ち上がる。
おそらく、窓越しにホノカたちが庭から戻ってきそうだと察したら、この話は止めるつもりだったのだろう。
けれどもホノカは、なぜか最初に華世たちが入った正面の方からやってきた。
そのために、クレイアはホノカが戻ってきたことに気づかなかったのだ。
「そんな……マザー・クレイアが、私の両親を……!」
「ホノカ、お願い! 落ち着いて話を……!」
「ひ、人殺し……うわぁぁぁっ!!」
叫びながら、修道院の外へと飛び出すホノカ。
彼女が立っていた場所でうろたえるリンへと、華世は叫んだ。
「リン、追いなさい!!」
「えっ、わたく……」
「追えっ! 早く!!」
「は、はい!!」
走ってホノカの去った方へと駆けていくリン。
華世は、情報を得るどころではなくなった事態へと頭を抱えた。
───Gパートへ続く




