第30話「運命の地、サンライト」【Eパート 振り返る過去】
【4】
リンがホノカと共に足を踏み入れた修道院の裏庭。
外界とを雪の積もったブロック塀で隔てられた広い空間には、背の低い無数の墓石が等間隔で並んでいた。
その中のひとつ、修道院からあまり離れていない位置にあった墓の前で、ホノカが足を止める。
「ここに眠られている方は……?」
「私の……尊敬していた師のお墓です。私が魔法少女になる前に、ツクモロズの手に掛かり命を落としました」
「ツクモロズの……」
ホノカがリンの持っているバケツからスノーブラシを手に取り、墓石に積もっていた雪を優しく払う。
そのまま洗剤を染み込ませたスポンジを墓石の表面にあて、彼女は優しく磨いていく。
「あの日、師は氷でできた狼のような怪物に戦いを挑みました。その者に傷つけられていた少年を助けるために」
「少年って、もしかして」
「はい。私に魔法少女の力を授け、事切れた存在です。戦いが終わったときには、全てが手遅れでした」
墓を磨きながら、暗い口調なれど饒舌にホノカは語る。
その師と呼ばれる人物は、ある時にふらっと修道院に現れ、助けてくれるようになった人物だという。
最期まで名を名乗らない人物であったが、ホノカが魔法少女姿の時に使っている機械篭手を身につけ、時に修道院にやってくるならず者を撃退していたという。
そして、どこで手に入れたのか定かではないが修道院に多額の寄付をしてくれていた。
その見返りは修道院を家として住むことくらい。
欲もなく誠実で、頼もしい人物だったとホノカは言った。
「でもよぉ、それっておかしくないか?」
「レス!」
「僕が見てきた人間はみんな……いや、あの鉤爪の女以外はみんな欲望を持ってたぜ? ツクモロズだってそうなのに……それに、名を名乗らなかったってのも妙だと思わないか?」
「それはそうですけれど……」
「レス、よしなさいってば!」
確かにその人物には腑に落ちない部分がいくつもある。
けれどもここは死者の眠る場所であり、ホノカの大切な人の墓の前なのだ。
死人に疑いを持つことなど、不毛であるし失礼の極みだ。
一通りの墓掃除を済ませたホノカが、最後にクレイアから渡された一輪の造花を墓前へとそっと置く。
「私は師から託された機械篭手で、修道院を支えていくために戦うと決めました。けれど、ラヤとミオスと戦うことになるなんて……」
瞳を震わせるホノカの目から、こぼれた涙が頬を伝う。
「師……教えて下さい。私はどうすればいいんですか? 私は……」
墓石の前で祈りながら、静かに涙を流すホノカ。
その様子を見て、リンは華世が涙を流している姿を一度も見たことがないことを思い出した。
※ ※ ※
「このコロニーがドクター・マッドの古巣? あの人ってサンライト出身なの?」
思ってもいなかった所からドクターに関しての情報が出てきたので、華世は必要な情報を聞くのも忘れて尋ねてしまった。
「いいえ。正確にはこのコロニーにある生命科学研究所に、ドクター・マドカは所属していました」
「生命科学研究所……?」
「そもそも葉月華世さん、あなたはどうしてこのコロニーがこのような気候になっているかご存知ですか?」
クレイアの問いかけに、華世は無言で首を横に振る。
そもそも、このコロニーにそんな研究機関があることすら知らなかったのだ。
コロニーそのものの情報も、V.O.軍に対抗するための役に立つかもしれない。
「このコロニーは最初から金星にあったわけではなく、最初は地球圏に存在していました」
華世は、説明を続けるクレイアの言葉に耳を傾ける。
曰く、サンライトというコロニーの存在理由は、生命科学研究所そのものだという。
何十年も前、地球圏では様々な研究機関が人間そのものの強化を目的とした研究を行っていた。
それは未知なる外宇宙からの脅威に対してか、それとも人類の可能性を追い求めてか。
倫理や人道、道徳を無視したその研究の結果の一つとして、強い遺伝子をベースとした強化クローン人間の製造技術などが生まれたという。
(……それって、もしかしなくてもテルナ先生や双子たちナンバーズを作った技術よね)
テクノロジーの利用先に心当たりを感じながらも、引き続きクレイアの説明を聞き続ける。
こういった運動に待ったがかかったのが、30年前に起こった外宇宙から来た異星人勢力との戦い、半年戦争。
その戦争によって表沙汰になったのが、地球人そのものの強さと天然物の天才が起こした奇跡。
人道に反した改造は不要とされ、幾多もの研究機関がプロジェクトごと凍結されたという。
そんな中、コロニー・サンライトが建造された。
それはプロジェクトを凍結された科学者たちが秘密裏に研究を続けるため、というのが有力な理由だという。
表向きは居住用スペース・コロニーとしながらも、その円筒形の先端部分に大きな研究施設を備えた巨大建造物。
夢を止められた研究者たちの隠れ蓑は、意外な方向からラブコールが入った。
それは、金星における人間の強化のため。
金星圏という過酷な環境に適合できる人類を作り出してほしいというオファーを受け、サンライトはビィナス・リングを構成する最後のコロニーとなった。
「つまり、このコロニーの劣悪な気候は……」
「はい。もともとは人が住むように設計されていなかった部分を、むりやり後付で最低限カバーした結果です」
「このコロニーの出自はわかったけど、ドクター・マッドは最初からここにいたの?」
「ドクター・マドカが来たのは17年前、ちょうどベスパー戦役が起こる数ヶ月前でした」
「17年前って……ドクターがまだ子供の時よね?」
「当時から彼女の頭脳は研究所でも指折りでした。いくつもの重度の宇宙放射線病の治療法を、あの人は発見していましたから」
「……待って。そう言うってことは、あなたももしかしてただのシスターってわけじゃないわね?」
「はい、ご想像の通り。私は昔、生命科学研究所の研究員をしていました」
───Fパートへ続く




