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第30話「運命の地、サンライト」【Dパート 日の当たらない世界】

 【3】


 建物側面の金属階段を降り、踏み固められた雪に覆われた通りに出る華世たち。

 タイヤの跡が幾重にも雪面に刻まれた道路を通る車両の数はまばらで、足跡状の窪みだらけの歩道を行く人々もどこかよそよそしい。

 所々に立っているV.O.軍の者と思しき小銃を持った厚手のコートの男たちが目を光らせる中、華世は先導するホノカの背中を追う。

 しんしんと雪が振り続ける中を歩きながら、リンが両手に吐息をかけて温めた。


「寒いですわ……でも、この修道服がそこそこに暖かいのが救いですわね」

「内側に保温性の高い特殊繊維が編み込まれてますから。とはいえ温かさはいつまでもとは行きませんので、急がなければ……」

「ホノカ、今どこに向かってるの?」

「私が生まれ育ったクレイア修道院です。マザー・クレイアならリンさんのご両親の居場所に心当たりがあるかもしれませんし、休める場所は必要でしょう」


 クレイア修道院。

 ホノカが生まれ育ち、また傭兵として稼いだ資金を仕送りしている先である。

 彼女が弟・妹のようにかわいがっていた修道院の子供が、レッド・ジャケットのドラクル隊の戦力となっていた。

 その経緯を知るためにも、名前からして施設の責任者であろうマザー・クレイアという人物を訪ねようとしているのだろう。


「マザー・クレイアという方はどんな人物ですの?」

「包容力のある心優しい女性です。私のような修道院の子どもたちにとっては、文字通り母親のような存在ですね」

「包容力ねぇ……あ、もしかしてそこじゃない? 修道院って」


 斜め前方に見えてきた、古めかしい建物を華世は指差した。

 振り続ける雪の奥に見えたそれは、屋根の上に金星を表す♀マークを模した彫像が立ったやや大きめの木造建築。

 石造りの塀はかなり広い部分を囲っており、庭に相当する場所はかなり広く取られているように見える。

 見るからに年季が入ってそうな建物、その大きい両開き構造な木の扉の前で華世達は立ち止まった。


「思ったより大きいけど……なんだかくたびれてるわね」

「建て替えや改修工事なんかができる経済状況ではありませんからね……」

「ふーん。もしもー────うわっ!?」


 呼び鈴代わりに木造扉を一度ノックした瞬間。

 僅かに開いた扉の隙間から散弾銃の銃口が伸び、華世の胸先へと突きつけられる。

 そして同時に響き渡ったのは、気迫を感じる年配の女性の大声。


「何度来たって同じだよ!! もう一人たりともあんたたちにくれてやるもんかっ!!」

「ま、マザー・クレイア……! 私です、ホノカです!」

「ホノカ……? ああっ!」


 すぐに扉を全開にし、姿を表した修道服の女性。

 ベールの隙間から長い灰色の髪をこぼした彼女は、銃を手放しホノカを抱き寄せた。



 ※ ※ ※



「ごめんなさいね。ホノカのお友達に銃を向けてしまって……」

「友達っていうかクライアント? まあ、別に気にしてないからいいわよ」

「華世、そこを否定されると少し傷つくのですが……」


 修道院の中に案内された華世たちは、小さな談話室へと通された。

 その隣に位置する狭い給湯室から、マザー・クレイアが湯気の立つマグカップをテーブルへと持ってくる。


「外を歩いて身体が冷えたでしょう? お飲みなさい」

「ええ、いただきます。……ん?」


 一口飲んだ華世は妙な味に眉をひそめ、改めてカップの中を見た。

 無色透明の、ほんの少しだけ粘り気を感じる液体。

 改めて口をつけて、それが何かを察した。


「これって……砂糖水、というか砂糖湯?」

「口に合いませんでしたか? 最近は配給が少なくて、ただのお湯を出すくらいならと思ったのだけれど……」

「配給ねぇ……」


 給湯室の方へと目を向けると、調味料こそあれど食材らしい食材が見当たらなかった。

 この状況下では茶葉ですらも贅沢ぜいたく品なのだろう。

 そもそも新設で出された飲み物にケチを付けるのも無粋なので、口の中に広がる甘みを華世はゆっくりと堪能する。

 その隣でマグカップの中身を空にしたホノカが、机をバンッと叩いて立ち上がった。


「マザー・クレイア、私……ラヤとミオスのふたりに会いました。レッド・ジャケットの兵士をやってるふたりに……」

「ホノカ……」

「修道院にいた子たちも姿が見えませんし、いったい何が起こってるんですか!?」


 突然のホノカの詰問に、クレイアは口を閉ざし目を逸らす。

 言われてはじめて、華世はこの修道院にクレイア以外の人の姿がないことに気がついた。


「レッド・ジャケットが子供を戦力にしようとしたんですよね! それでラヤとミオスは守れなくて……それで、子供たちは別の場所に避難させたんですよね、マザー・クレイア!」

「そ……そうよ、ホノカ。私一人じゃ、子供たちを守りきれなかった……。だから、これ以上酷いことにならないように……一時的に知人たちに子供たちを預けてるの」

「やっぱり……そうだったんですね」


 トーンダウンし、椅子に座り直すホノカ。

 静かになりながらも震える握りこぶしが、彼女の中に燃え上がる怒りを外目から表していた。

 華世とはホノカを挟んで反対側に座っているリンは、部外者ゆえに話に入れず気まずそうにしている。

 そんな二人に目配せしたクレイアは、立ち上がって花瓶から一輪の花──明らかに布で作られた造花を手にとってホノカへと渡した。


「ホノカ、せっかく帰ってきたんだもの。お墓参り、まだしてないでしょう?」

「あ……」

「えっと、あなた。よかったら手伝ってあげないかしら?」

「わたくし? え、ええ……構いませんわ」


 墓石の掃除用と思しき道具の入ったバケツを受け取りながら、リンが礼をする。

 そしてそのまま、裏庭へとつながる扉を開けホノカとリンの二人は外へと出ていった。

 二人きりになった空間で、クレイアは華世の正面の椅子へと座り直す。

 そして、ホノカへは逸しがちだった視線を、真っすぐに向けてくる。


「……私のついた嘘。あなたには見抜かれてますよね?」


 急に丁寧になった口調でそう問いかけてきたクレイアに、華世は静かに頷いた。


「ええ。あたしの想像だけど……ラヤとミオスだっけ? ふたりは自分の意志でレッド・ジャケットにくみしたんじゃないの?」

「概ねそのとおりです……。あの子達は、ホノカからの仕送りだけじゃ修道院が苦しいのを知って、出稼ぎとしてレッド・ジャケットのスカウトに応じてしまいました」


 その理由を聞いて華世は、クレイアがなぜその事をなぜホノカに明かさなかったかを理解した。

 それを聞けば責任感の強いホノカのことだ。

 必ず自分を責めて自らを深く傷つけ苦しめてしまうだろう。


「でも、あたしに言ってよかったの? こう見えて口が軽い人間かもしれないわよ」

「それは大丈夫です。あなたのことはよく聞いてますから……葉月華世さん」

「……あたし、名乗った覚えはないわよ。誰から聞いたの」

「それはね、ドクター・マドカからですよ」

「ドクター・マドカ……? ドクター・マッドのこと? あなた、ドクターと知り合いなの?」


 唐突に飛び出た知り合いの名前に、眉をひそめる華世。

 そんな華世から目を逸らすようにクレイアは立ち上がり、窓のカーテンを開けて外へと目を向けた。


「知ってますか? このコロニーって、ドクター・マドカの古巣なんですよ?」



    ───Eパートへ続く

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