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第30話「運命の地、サンライト」【Cパート 白き地への跳躍】

 【2】


 勢いよく開いた引き戸の奥から、大声とともに乗り込んできた内宮。

 そのまま華世たちを並ばせ正座させ、絵に書いたような説教風景を作らされる。


「今、サンライト解放のための作戦を前にして面倒ごとは起こしたらアカンのや。それにしても、いつもの華世やったら止める立場やろ……」

「でも秋姉あきねえ……」

「けれども、わたくしは両親の無事が知りたいのです! それにホノカさんも……」

「はい……。私も、故郷を前にしてはいても立ってもいられません」

「前にて言うても、お隣さんにしちゃあ距離はかなりあるんやけどなぁ……」


 内宮の言うことはもっともである。

 いま華世たちがいる11番コロニー・オータムと12番コロニー・サンライトは数字の上では隣同士ではある。

 けれども実際は宇宙艦を用いても数時間。

 今は最短経路が封鎖されるため早くても一日はかかる距離である。


「なんにしても、や。クーロンへ帰るんやったらまだしも、サンライトへ行くんは絶対に許さ……」

「千秋さん、そのことですけど……」

「んぁ? 深雪はん……?」


 下の名前で呼ばれた内宮が振り向いた先。

 そこに立っていた遠坂艦長が部屋に入り、華世たちの顔を見渡す。


「いま、大元帥命令でサンライト内部へ調査のために人員を送れないか……という打診がアーミィ全体に発布されたみたいです」

「ホンマか? なんや華世たちに都合ええタイミングやな……しかし、なぁ……」


 腕を組んで考え込む内宮。

 勿論、彼女がイジワルで華世たちを叱責しているわけじゃないのは知っている。

 家族同然、いや同じ屋根の下に住み同じ釜の飯を食う家族たる華世たちの無事を心配しているのだ。

 これまでと違い、向かうのは敵軍の占領下。

 もしも捕まりでもすれば、何をされるかわかったものではない。

 現に華世は一度捕まり拷問されたこともある。

 けれど、華世はこのチャンスを逃すわけには行かなかった。


「あたしたちに行かせて、秋姉あきねえ。絶対に、みんなで無事に帰ってくるから……」

「せやけど……」

秋姉あきねえ、今まで一度でもあたしが約束を破ったこと、あった?」

「……無い。はぁー……これやったらうちがワルモノやないか。ホンマに無事に帰ってこれる算段、あるんやろな?」


 内宮の念押しに、華世は力強い頷きを返す。

 レッド・ジャケットから下ったウィル。

 サンライトを故郷にもつホノカ。

 そしてワープする力を持つレス&リン。

 彼ら彼女らがいなければできない偵察任務なのは間違いがなく、内宮もさすがに納得せざるを得なかったようだ。



 ※ ※ ※



「ええか。誰ひとり欠けることは許さへんからな。アーミィが攻撃開始する明日の正午までに、脱出してここオータムへ帰って来るんやで?」

「もちろんよ、秋姉あきねえ。それじゃあ……リン、じゃなくてレス?」

「合わせてレスリンなんてどうでしょうか」

「もはや別人ではありませんの!」


 頬を膨らませぷりぷり怒るリン。

 敵地に潜入する直前とは思えない緩さの華世たちを見回して、内宮が一つため息をつく。


「緊張感が無いのはええんやけど……その格好、なんなんや?」


 格好、というのは先ほど羽織った衣装のことだろう。

 いま華世たち3人はホノカに渡されたシスター服を普段着の上から羽織り、頭には黒いベールまで被っている。

 その外見はホノカの魔法少女衣装から、機械篭手ガントレットを除いた姿そのものと言ってもいい。

 と言っても、ホノカが変身してるときの服は動きやすいようにスカートにスリットが入ったものであるが。


「ホノカに着ろって言われたのよ。少しサイズが小さいからあたし胸のあたりがキツイんだけど……」

「……華世、あなたは仮にもアーミィの人間兵器のひとりで、かつ決して世の中で顔を知られてない存在ではありません。だから少しでも目立たないようにするため、女神聖教の修道服を着てもらってるのです」

「それでしたら、わたくしもこの格好なのはなぜですの? わたくしも少し胸がきついですわ」

ちちデカどもめ……」


 低く小さい声でホノカが悪態をついた。

 華世には聞こえている声であったがあえて黙っていると、ホノカがひとつ咳払いをする。


「それはその服が宗教的な意味合い以外にも、サンライトの環境に合わせた作りになっているからです。……無駄話はここまでにして、そろそろ行きましょう。レスリンさん?」

「その呼び方は不服ですわよ。ええと……レス、こうでよろしかったかしら」


 そう言ってシスター服の袖のなかに手を引っ込めたリン。

 代わりに機械のノズルのような構造体が手のかわりに伸び、その先端のエアダクトめいた部分からキラキラと光る粒子が放たれ始める。


「そうそう、それでいいよ。糸目の姉ちゃん、下がってないと巻き込まれるよ」

「あ、ああ……」

「あとはシスター女、目的地の風景を頭の中に思い浮かべるんだ。イメージが固まったら、跳躍って叫びな」

「わかりました。急に人前にワープして騒ぎになっても困るから、人気ひとけの無い場所をイメージイメージ……」


 ホノカが目を閉じ、光の粒子が舞う中で祈るように手を合わせる。

 そして目を開いた彼女が「跳躍!」と声を発すると、一瞬にして周囲の景色が歪んだ。

 まるで暗闇のトンネルをくぐっているかのような感覚。

 疑似重力が失われたような浮遊感にバランスを崩しかけ、踏みとどまろうと足を伸ばす。

 その足が伸び切った瞬間、華世たちは白い景色の中に降り立った。


「……雪?」


 ギュッ、という音とともに踏みしめられたのは降り積もった純白の雪。

 雨の日のような灰色の雲が頭上に広がり、辺りは正午過ぎだというのに薄暗い。

 そして目の前の柵が転落防止用であり、ここが何かビルの様な建造物の屋上だと言うことがわかったとき、華世はホノカの言っていた言葉の意味がわかった。


「なるほど……そりゃあ、この服が必要になるわけね」


 絶えず降り続け、一面に積もった雪。

 ときおり頬を撫でる、刺々《とげとげ》しく冷たい風。

 羽織ったシスター服の内側から放たれる温かさが無いと、あっという間に体温を奪われていただろう。


「そうです、華世。ここが私の故郷……名前にしか陽の光が当たらない極寒のコロニー、サンライトなんです」


 冬という季節を形にしたコロニー・ウィンターよりも厳しさを感じる極寒の世界。

 それがホノカの故郷……ここ、コロニー・サンライトだった。



    ───Dパートへ続く

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