第29話「向かい合う者たち」【Aパート 総帥ハルバート】
「……ジャヴ・エリン。お前の数々の失態は私の耳にも届いている」
「はっ……」
重苦しい空気のよどむ一人きりの通信室の中。
ジャヴ・エリンへとモニター越しに厳しい言葉を浴びせるのは、無精ヒゲが目立つ強面の男。
傭兵団レッド・ジャケットの中で、権力・実力ともに最も力を持つ男である。
失態というのはコロニー・クーロンより発進し、四季を司るコロニーを巡るネメシス傭兵団の旗艦・戦艦〈アルテミス〉を取り逃がし続けていることだ。
太陽系内でも僅かな数しか運用されていないネメシス級戦艦。
その兵装に使われているテクノロジーの中には、公になっていない秘匿技術が多数あるとされている。
1隻の戦艦という、軍団という単位で見れば小規模のネメシス傭兵団。
それがレッド・ジャケットと並ぶ存在に語られるのも、希少戦艦による戦力が大きいのも理由の一つだろう。
それ故に、艦船を拿捕することはレッド・ジャケットのこれからの為にも大きなウェイトを占める作戦だった。
だが……。
「優秀な隊員を派遣し、クレッセント社から秘密裏に譲渡された最新機も複数あたえてやった。それなのにお前は、捕らえた捕虜を活かせず貴重な機体を奪われ、挙句の果てに未だに何の成果も上がっていないではないか」
「あれは……フルーレ・フルーラの奴めが勝手な行動を起こしたばかりに……!」
「言い訳は無用だ。オペレーション・ブラックヒストリーの実行までもはや猶予は無い。その地位が惜しくば、結果をもって我々に誠意を示すことだ。よいな?」
低い威圧感のある声が、二重、三重にも圧をかける。
それに対してジャヴ・エリンが言える言葉は1つだけであった。
「仰せのままに……、ハルバート・エストック総帥閣下……!」
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鉄腕魔法少女マジ・カヨ
第29話「向かい合う者たち」
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【1】
「何よ、エリンのくせに気難しい顔しちゃってさ」
「フルーレ・フルーラ……!」
艦内の格納庫に足を踏み入れた途端に投げかけられた言葉に、ジャヴ・エリンは思わず拳を震わせた。
目の前で顔の右に垂れる、若草色で片側だけのおさげを揺らすこの女。
彼女の勝手な行動がひいてはエリンの地位の危機につながる現状を引き起こしたとして、怒りを顕にしかけていた。
しかし、その背後にスポンサーであり協力者であるオリヴァーがいれば、怒りに身を任せて拳を振り上げることはできない。
(どうせ喧嘩を売っても、この女には勝てっこないんだ……!)
そう言い聞かせつつ大きく深呼吸をする。
そういった感情の起伏に反応したのか、オリヴァーが連れる瓜二つである二人の少女が険しい顔をした。
表情が変わったのはその二人だけではない。
怯えるような表情で後ろに下がる少女ラヤと、その子を守るように前に出る少年ミオス。
ここに集合した少年少女たちが、今エリンが動かせる戦力は全てだった。
(たかが少数傭兵団と侮っていたが……)
エリンの脳内で始まるのは、自分への言い訳会議。
ネメシス傭兵団は黄金戦役で目覚ましい活躍をしたという歴史はあれど、主要メンバーの多くがその後に脱退したと聞いていた。
その穴埋めをするような雑兵くらいならば、質と数で勝る自部隊でなんとでもなる。
しかし、結果を鑑みれば不甲斐なかったのは自分の勢力。
よりによってアーミィを牽制するために戦力が別れている今に……大幅に1部隊あたりの戦力が削られている状況に、片手間でこのような作戦をさせるとは。
補充といっても動かせない欠陥機に、言うことを聞かないじゃじゃ馬娘。
それから年端もない女、子どもだと?
馬鹿げている。
実に馬鹿げている。
これは上層部による陰謀なのだ。
エリンという有能な若者が台頭しないよう、わざと失敗するような作戦を命じているのだ。
だが、それを跳ね除けて成功すれば?
心の裏にひた隠した嫉妬や恐れは表面上には現れない。
しかし、過酷な作戦の成功という確かな事実は表に出ざるを得ない。
(こんなことで、僕の出世街道を絶たれてなるものか……!)
必死になって知恵を絞るエリン。
強く握り震える手をポケットに隠し、作戦を考える。
ジャリ……と手が触れた何かがこすれる音を出す。
その瞬間、この戦艦のいる位置と動かせる戦力、そこから導き出される完璧な作戦が脳内へと展開される。
「……どうしたの? ニヤけながら黙ってるのなんて気持ち悪ーい」
「ハハ、いや、ねぇフフフ。今、最高の作戦を君たちに聞かせたくてウズウズしてたんだよ……!」
ドラクル隊二番隊の隊長としての座を守るための作戦を、エリンは意気揚々と語った。
(見てろよ、ハルバート・エストック総帥……!)
※ ※ ※
「……なぁ? レッド・ジャケット総帥ハルバート・エストックの息子。ウィリアム・エストック」
「え……!?」
不意に放たれたレスの言葉に絶句するウィル。
凍りついたのは秘密を暴露された本人だけではない。
華世の話す思い出語りを聞きに来ていた、戦艦〈アルテミス〉の大半のクルーが、とつぜん明かされたウィルの秘密に言葉を失っていた。
「……あれ? もしかしてまだ秘密だった? てっきりバレてるかと思ってたよ」
「レ、レス……どうしてそれを」
「どうしてって、そりゃあ……」
「……わたくしが、知っていたから。ですわね」
こわばるウィルの視線が、リンの頭頂部の目玉からリン本人の顔へと動く。
彼に怯えた瞳を向けられた彼女は、勢いよく頭を下げた。
「ごめんなさい……! わたくし、どうしてもあなたの出自が気になってしまって、身辺調査を勝手にしてましたの……」
「僕がまだこの身体の主導権を持ってたときにその記憶に触れてね。……いやぁ、悪いことしちゃったね」
反省しているのかしてないのか、微妙な態度で謝罪するレス。
一方で、涙ぐんだ目で必死に頭を下げるリン。
いたたまれない状況に、華世はリンの頭を掴んで無理やり上げさせた。
「……あたしも、あんたがレッド・ジャケットの人間だって薄々感じてたからね。まあ組織のトップの御曹司サマとまでは思ってなかったけど」
「華世、俺……その……」
「……今更あんたが内通者だとか疑ってないわよ。この前、基地であたしを助けるためにあんたがレッド・ジャケットを敵に回してたこと、忘れてないから。ただ……」
明らかになってしまった以上は、説明責任が生じる。
総帥の息子ともなれば、事情の深さが段違いだ。
「あたしと出会うまでに何があったか、話してもらうわよ。ウィル」
「…………うん」
ウィルが神妙な面持ちのまま顔を上げ、覚悟を決める。
周りもそれに合わせて沈黙し、食堂全体がしんと静まり返る。
「俺は……うっ!?」
しかし、その言葉は突然起こった振動によって切られてしまった。
警報が鳴り証明が緊急事態を告げる赤色を灯す中、冷静に遠坂艦長が端末を耳に当てる。
「どうした、何があった? ……なに? 要塞砲だと?」
「艦長、いったい何が……?」
「副長によれば現在、当艦は要塞兵器級の攻撃を受けている。総員、第二種戦闘配備につけ!」
───Bパートへ続く




