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第28話「青春の回顧録」【Eパート 応えた答え】


 【5】


 来る日も来る日もゲームセンター通いするウィルと田村。

 2日目以降は後をつけていなかった華世も、さすがに妙だなと感じ始めた。

 けれどもウィルから直接聞くことは叶わないまま、気がつくと終業式が目前になっていた。


「華世ちゃん、あれからどうなったの? ウィルくんの浮気……」

「浮気って、別にあたしとあいつはそんな仲じゃ……」

「ウソ。華世ちゃんあれからため息増えたよ? うわの空なこと多いし、気にしてない人間の様子じゃないよ!」

「う……」


 やや主観や妄想が入る結衣の色恋関係の野次とはいえ、正論を突きつけられた華世は言葉に詰まった。

 確かにあの日を境にして、気分がやや落ち込み気味な毎日。

 2度ほど料理の手順を間違えかけたり、教材を忘れ物したり。

 平常ではありえないミスをここ数日で華世は連発していた。


「いいの? このまま、ウィルくんが華世ちゃんの側からいなくなっても!」

「あいつの家はあたしの家だし、居なくなりゃしない……」

「違うよ、気持ちの問題! 好き……まで行かなくても、華世ちゃんはウィルくんのことが気になるんでしょ!」

「…………」


 ちらり、と携帯電話に表示された地図に目をやる。

 今日もウィルは放課後すぐにゲームセンターへ直行。

 いつものように、田村とふたりであのゲームに興じているのだろう。


 気持ちの問題……結衣はそう言った。

 ウィルは、あの無人島の一件から華世に対して好意を抱いている。

 それはわかっていた。

 最初こそ、アーミィに属しない頼れるパイロットが雇えるなら……という理由。

 もちろん、命を救ってくれた恩返しの意味も混じってはいる。

 素性のしれないウィルについて詮索せず、学校に通わせ、ともに戦ってきた。


 いつからか、向けられ続ける好意に「悪くない」と思うようになった。

 異性から好意を向けられたことは何度もある。

 同級生から、年上から、あるときは後輩から。

 ナンパだったり、告白だったり、ラブレターだったり。

 方法は様々だったが、そのすべてを華世は断っていた。

 余計な人間関係を増やしたくないから。

 男女の付き合いが、面倒くさかったから。


 ウィルもその有象無象のひとつである……はずだった。

 だけども彼は、いつも華世の側にいた。

 側にいて、声をかけてくれ、心配してくれ、危機に陥れば助けてくれた。



 ────華世のおかげで俺、すっごい幸せなんだ。



 屈託のない笑顔で言った、嘘偽りのない心からの感謝の意。

 自分の幸せなんて……と自己犠牲に走り続けてきた華世にとって、その言葉は一種の救いだったかもしれない。


 そんな彼の心がいま、華世から離れつつある。

 素直に嫌、とは表現できない。

 あえて言葉で表すなら、居心地の悪さ。

 ウィルが他の異性といることに、その心が別の人間へと向けられていることに。

 なんとも言えない居心地の悪さを感じていた。


「華世ちゃん、ウィルくん達……移動してるよ!」

「あ……」


 結衣に言われて確認すると、まだいつもの帰り時間じゃないのにウィルの位置を示す光点が移動を始めていた。

 その方向は、結衣がやたらとデートスポットだと連呼していた川沿いの公園。


「華世ちゃん……行こう!」

「え、ええ……」


 結衣に促されるままに、学校を飛び出す華世。

 全速力で走り、向かうはウィルのいる公園。

 幸いにも学校とゲームセンターを挟む位置にあるその場所へ、華世は十分もかからずに到着した。

 そして空が夕焼け色になる中に、ウィルの姿を見つけた。

 平日だからか、人のいない静まり返った空間。

 近くの屋台で買ったのか、透明なパックに入ったタコ焼きを手に持つふたり。

 ベンチに座った男女の会話が、耳を澄ますと聞こえてくる。


「ウィルくん、今日の私……どうだった?」

「いいスジしてると思うよ。こんな短期間でここまで来るなんて、なかなかないと思うよ」


 彼らの近くの木の裏から、盗み聞きをする華世。

 遅れてやってきた息を切らす結衣の口を手で塞ぎつつ、その会話の続きに耳を傾ける。


「あのゲームで〈ザニック〉が操縦できたなら、本物の〈ザンク〉も操縦できるはずだよ。君が操縦を学ぶのって、兄さんのために……だったっけ」

「そう……兄さんはアーミィに入って、頑張ってる。だから私も、兄さんと一緒に戦えるように、キャリーフレームに乗れるようになりたかった。知られたら絶対に止められるから、コッソリしなきゃいけなかったけどね」


(ウィルは、あの子にキャリーフレームの操縦を教えていた……?)


 思ってもいなかった理由に、無意識に目を見開く華世。

 とはいえまだ、二人の関係が全て明らかになったわけではない。

 引き続き隠れたまま、華世は盗み聞きを続行する。


「……ウィルくんって、すごくカッコいいよね」

「え、俺が……?」

「私の後輩の子も何人か、君の噂してたのよ。ミステリアスだけど優しくて、誰かがピンチになると助けてくれるヒーローのような転校生がいるって」

「俺って、そんな目で見られてたのか……」

「一緒にいて、後輩たちの言ってることわかった。同級生の誰よりも、君ってカッコいい」


 ベタ褒めされ、照れ顔のウィル。

 そんな彼へと頬を赤らめた顔を向ける田村。

 発言とその仕草から、田村がウィルへと好意を向けているのは、火を見るより明らかだ。


「君がよかったらだけど……その。教えるのが終わっても、私と……」

「それって……もしかして告……白ってやつ?」


 ウィルの問いかけに、意を決した顔で深く頷く田村。

 一方のウィルはポリポリと、バツの悪い顔で頭を掻いていた。


「一緒にいて、楽しかったの! 今までで一番充実してた……! この日々がずっと続くなら、私……」

「……ゴメン。それは、受けられないんだ」


 真面目な顔で答えるウィル。

 その言葉に、華世の中のモヤみたいな感情が、すっと少しだけ晴れていく。


「俺、裏切れないがいるんだ。クールで冷たいときもあるけど……強がるばかりで、だからこそ脆そうな、とびきりかわいい女の子」

「もしかしてその子って……例の、葉月さん?」

「うん。あの子は俺のこと、歯牙にもかけてないかもしれない。けど……守るって決めたんだ。そしていつか、振り向いて貰えたらって……」


 ウィルの言葉。

 その一言一句が華世の心に染み渡っていく。

 脆そうな、という形容には引っかかりを覚えはする。

 しかしウィルはまっすぐに、華世を想っていた。


「やっぱりかぁ、そうだよねー……。カノジョ、いないはずないよねぇ……あはは」


 川の方へと顔を向けながら、伸びをしつつ諦めたような声を出す田村。

 彼女の声色からは、フラれるとわかっていたけど、ワンチャンスを求めた行動が空振りに終わった……という気持ちが感じ取れる。


「失恋は苦い味……って後輩から聞いてたけど。たしかにこれは、効くなぁ……」

「その……ゴメン……」

「いいのいいの。私らまだ中学生だし、人生まだまだ長いから。でも、羨ましいな葉月さん」

「華世が?」

「君のような男の子に、ここまで想ってもらえるなんて。それほど魅力的なのね、彼女」

「魅力的……そうだね。すごく魅力的なんだ。涙を見せない強さに、友達や家族を思う優しさ。それに……」

「それに?」


 聞いててこっ恥ずかしくなる褒め言葉の数々に顔が熱くなっている華世は、まだ来るのかと身構えた。

 本人に聞かれていると知らずに、ウィルは笑顔で田村へと言葉を続ける。


「たまに向けてくれる笑顔が、すごく心に来るんだよ。この子のために頑張ってよかったと、心から思えるくらいに!」

「たはーっ! のろけるねーー! もうお姉さん完敗! 悪かったね、お熱いカップルに水を差しちゃって……」

「いや、華世だったらきっと……俺を信じてくれてるはずだよ。俺は絶対に、華世を裏切ったりしない、って」


 その言葉が、華世に突き刺さった。

 いま華世がここにいる理由、それはウィルへの不信が極致に至ったため。

 彼自身も、華世にこのことを秘密にしてはいた。

 けれどもやり取りを聞く限りは、口外したくない田村の事情があり、ウィルもそれを守ったに過ぎない。


(あたしって……嫌な女)


 一途で一筋な人間だとわかっていたはずなのに。

 まっすぐ過ぎるウィルの輝きに、後ろめたさを感じる華世。

 いつもの冷静さを欠いた華世は、ただただ暗い気持ちのまま帰路についた。

 家に戻ればウィルが帰ってくると、わかりながら。

 どんな顔をして彼に会えばいいのか、それだけを考えていた。




     ───Fパートへ続く

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