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第28話「青春の回顧録」【Bパート 興味の取引】


 【2】


「ひっ、ひぃぃっ!?」


 急に飛び上がり、そのまま足を滑らせて派手に転んだホノカ。

 華世は彼女が飛び上がった場所の床に、黒い影のようなものが円形に広がっていることに気がついた。


「……リン」

「踏むなんて、ひどいですわぁぁ」


 影がニョキニョキ上へと伸び、人型の輪郭を形成。

 そのまま顔から色が浮かび上がり、あっという間にリン・クーロンの姿となった。


「あんたねぇ、悪ふざけするからでしょ」

「こっそり近づく練習でしたのよ! わたくしもいつか、そのような技能が必要になるときが……」

「来ないようにあたしたちがいるってのに。ホノカ、ウィルに見られる前にさっさとその縞パン隠したほうがいいわよ」


「へっ? あっっ!!」


 スカートのまま大股開きでひっくり返っていたホノカが、顔を真っ赤にして急いで起き上がりスカートの裾を抑える。

 彼女の丸見えになっていた淡い水色の縞模様の下着が隠れた瞬間に、ウィルが少し残念そうな顔をしているのを華世は見落とさなかった。


「仲いいよなぁ、お前らニンゲンはさぁ」


 リンの頭頂部から黒い球体が浮かび上がり、表面に浮かんだひとつ目玉がジトッとした目をしながらボヤく。

 前回、コロニー・サマーでリンに取り付いたツクモロズ……のフリをしていた擬態生物、レスである。

 身体の主導権がリンにあり、彼女自身がレスを許しているため、かつての敵でありながら今はこうやって二人は共生関係にある。


「そりゃどうも。リン、あんたたち訓練とか実験は終わったの?」

「もちろんですわ。思ったとおり、今のわたくしならば宇宙でも水中でも活動できますわ。エアロック内だけですが、実際に試してみましたもの」

「……それで死なれたら困るんだけど」

「僕の擬態能力を舐めちゃいけないよ。外見を維持しながら多種多様な環境への適用なんてチョロい仕事だからね」


 得意げな口をきくレス。

 とはいえ、彼の言ったことが本当かどうかを確認しろと言ったのは華世である。

 護衛対象が頑強になれば、余計な心配を考えずに済むからだ。

 そして、その実験にはどれだけレスが従順かというのをチェックする意味もある。


「まあ、とにかくですわ。お二人は宿題、進みましたの?」

「はい。私は今、数学を終わらせました。あと2教科ですね」

「俺は……近代宇宙史があと少しと理科かなぁ」

「まあ宇宙に出てから戦闘続きだったから、仕方ないわよね」

「むしろ俺としては、華世とリンさんが終わってるのが謎なんだけどね」


 ウィルの発言に、ホノカが「そうだそうだ」と目で訴える。

 別に特別なことをしているわけでもない。

 宿題の内容なんて基礎的な上に華世にとってはわかりきっている(・・・・・・・・)当たり前のこと(・・・・・・・)に過ぎず、答えを書くだけの単純作業だった。

 その知識自体はいつ知ったのかという謎はあれど、中学生の勉強なんて課題にもならないのが華世だった。


「簡単な問題でしたから、わたくしはササッと解いただけですわ」

「あたしも。あ、話変わるけどホノカ。あんたの水着姿、カズに送っておいたから」

「なっ!!? いいいいつの間に撮ってたのですか!?」

「あんたがビーチでたわむれてたとき。ちなみに返事はサムズアップのスタンプひとつだったわよ」

「華世~~~!!!」


 顔を赤くして怒るホノカ。

 その姿を横目で見ていたレスの目玉が、ふぅとため息っぽい音を出した。


「わっかんないんだよなぁ」

「何がですの?」

「ニンゲンの色恋っての? 性別が違うだけで怒ったり笑ったりの感じが全然違う。僕にはそういう概念ないからさ」

「でもあんた、男だったじゃない」

「前の肉体はね。器に意識とか引っ張られるんだけど、本質的というか。そういうの訳分かんないんだよね……」


 またひとつ、ため息をつくレス。

 リンという人間と一緒に生きる中で、彼なりに人間という生き物を知ろうとしているのだろうか。


「あたしとしては、あんたにさっさとツクモロズのことを話してもらいたいんだけどね」

「気が向いたら言うって言ってるだろ。……そうだ、お前たち宿題ってのをやってるってことは学校に通ってるんだよな」

「そうですけれど……」

「じゃあさ、学校で起こったお前たちの色恋的な話を聞かせてくれよ! そしたらツクモロズのこと話してやるから、な!」

「な! って言われてもねぇ……」


 立場を考えずに取り引きを持ちかける目玉野郎。

 減るものでもないし話すのは構わないのだが、華世はハイと聞き入れるのが少ししゃくだった。


「そうですわ! ホノカさんとカズさんの色恋話、聞きたいですわ!」

「ええっ!? 私ですか……?」

「同じクラスにいたのは知ってましたけど、いつの間にか意識しあう仲になってましたもの! わたくしが知らないところで、互いが好きになるキッカケが何かあったのではなくって?」

「別に、その……彼からクリームパン貰ったときにドキッとしましたけど……」

「うわ、チョロっ」


 華世の発言にギンッと鋭い睨みを向けるホノカだったが、事実は事実である。

 このままでは人間の女は食べ物を貰うと恋に落ちる生き物だと思われかねない。

 華世がどうしようかと悩んでいると、ウィルが立ち上がり口を開いた。


「じゃあさ、俺と華世のこと教えてあげようよ」

「あたしたちの? 何かあったっけ?」

「夏休みに入る前のあの出来事。あれから華世、俺に少し優しくなったんだ……!」


 優しくしているつもりはないが、その出来事なら覚えている。

 やけに自分の感情がコントロールできなくなった、不可思議なあの数日間のことを。

 ウィルに話させては変に脚色されそうだったので、華世は自分から話すことに決めた。

 初夏に起こった、青春の回顧録を。




     ───Cパートへ続く

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