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第28話「青春の回顧録」【Aパート 終わらぬ問題】


『敵部隊、前進を開始! まもなく交戦距離へと入ります!』


 通信越しに聞こえるのは、艦橋にいるユウナの声。

 レーダーに映る光点の動きに、ホノカは注視した。


『ようし、砲撃隊は射程範囲に入った連中へと火器を浴びせてやれ!』

『砲撃、開始します! ……弾幕を抜けて急接近する機影あり! 数8!』

『いろいよ俺たちの出番ってわけだ。遊撃隊、高機動機の迎撃開始!』


「りょ、了解です!」


 周辺の味方機体に足並みを合わせるように、ホノカはペダルに載せた足へと力を込める。

 すぐに聞いていた高機動機体との交戦を始めるラドクリフ機。

 そのそばでは獣形態と人型形態をくるくると行き来しながら戦うクリス&レオン機。


 そしてホノカの所には戦闘機型のエルフィスタイプが近づいてきていた。


『キャハハッ! 黒子ちゃんは私が頂いてあげるわ!』

『ホノカちゃん、こいつは俺に任せて!』


 側面から通信を入れながらフルーレ機へと攻撃を仕掛けるウィルの〈ニルファ・リンネ〉。

 そのまま2機とも、ホノカの〈オルタナティブ〉から離れるように戦闘機形態で飛んでいき、遠くで球場の爆炎を撒き合う景色の一部となった。


 ビービー、とコックピット内の警報が鳴る。

 コンソールへと近づいてきた機体を映しながら、機体AIのフェアリィが抑揚のない声で報告を聴覚に送ってきた。


『敵機体、射撃体制』

「シールドにエネルギーを回しながらガトリング・ウォッチ発射用意……!」


 接近する〈バジ・ガレッティ〉が放ってきたビームの弾丸。

 それを熱によるエネルギー・フィールドを形成した盾で受け止め、衝撃をカット。

 反撃にとガトリングを斉射するが、敵は運動性を生かして左右に機体をブレさせる。


(……射撃戦は不利と感じて接近戦に切り替えた? だったら!)


 敵機がビーム・セイバーを抜くよりも早く、熱大剣フレイムエッジをマニピュレータに握らせるホノカ。

 剣にエネルギーを伝達させ、その刀身が赤熱して輝き出す。

 同時にペダルを踏み込み、相手が反応するよりも前にスラスターを大きく吹かせた。


 刹那、ビーム・セイバーを握り振り上げた〈バジ・ガレッティ〉の腕がデブリと化す。

 返す刃でそのまま敵の両脚を横薙ぎに溶断し、帰れと言わんばかりに胴体を蹴りつける。


 周辺でもそれぞれ味方の優勢という形で決着がついたのか、気がつけば敵は撤退ムード。


『戦闘評価Bマイナス。味方機の支援がなければ甚大な被害を受けていたでしょう』


 辛辣なフェアリィの評価を聞き流し、ホノカはふぅ、とため息をつく。


 最後の巡礼地、コロニー・オータムへと向かう道中。

 かれこれ3日連続で、ネメシス傭兵団はレッド・ジャケットからの襲撃を受けていた。

 だが、いかに精鋭レッド・ジャケットといえど、数には劣るが精鋭ぶりでは負けないネメシス傭兵団。

 艦長の指揮による砲撃戦主体の布陣に、エルフィスタイプを多数擁するラドクリフ率いる遊撃隊による迎撃。

 この2つが噛み合うことで、さしたる大きな被害も受けずに3日連続の襲撃を無事に退けることができた。


 これまでの敵方の被害状況では、少なくとも数日間は攻撃できないはず。

 その間に最大船速で航路を進み、距離を離す予定だ。

 ようやく訪れた安息。

 そして脳裏に浮かぶのは、その安息のなかでしなければならない課題。

 先の見えない問題が待ち受けているという事実に、ホノカは機体を帰艦させながらもう一度ため息をついた。



◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■


       鉄腕魔法少女マジ・カヨ


       第28話「青春の回顧録」


◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■


 【1】


「うーーーん……」


 メガネを掛けたまま額に手をあて、唸り声を上げるホノカ。

 斜め右の席に座るウィルも、同様の唸り声を漏らしていた。

 もしかして、という思いからペンをタブレットの上へと滑らせ、思い違いに手が止まる。

 いったん読書用メガネを外して目頭を抑え、再びメガネをかけて問題とにらめっこ。


「ほらほら、5分考えてわからなかったら聞けって言ってるでしょ」


 ホノカたちのいる艦内食堂のキッチンから、三角巾とエプロンを身につけた華世が呆れ顔で歩いてきた。

 彼女は食堂で勉強するホノカたちを見張りつつ、趣味と手伝いを兼ねた夕飯の仕込みをしているらしい。

 芳醇なトマトソースの香りからすると、ミネストローネでも作っているのだろうか。


「では、華世はわかるんですか? この問題……」

「えーっと……分数の割り算なんて簡単でしょ。割る数の分子・分母を上下入れ替えた数を、割られる数の方に掛ければいいのよ」

「ということは……上が4かける3になって、下が5かける2になるから……12分の10」

「約分しなさいよ。まだどっちも偶数でしょ」

「あっ、本当だ……ってことは、6分の5?」


 イコールの右に書いた分数を、華世が持つタブレットに表示された「中学一年数学ドリル解答」というデータの記述と見比べる。

 そして、彼女はホノカのペンを指から引き抜き、赤ペンモードに切り替えてから回答へとマルをした。


「正解よ」

「やった!」

「でもこれと同じような問題があと19問あるわよ。基本はさっきのでわかっただろうからテキパキ解きなさい」


「華世ぉー……第一次宇宙大戦って何年だっけ?」


 やっと一息といった表情だった華世の顔が、ウィルの方へと向きながら引きつられる。

 彼が今取り掛かってる教科は、近代宇宙史。

 とにかく暗記が必要なタイプの、ホノカにとっても苦手な科目だ。


「第一次が0021年、21(ふい)を突かれた第一次よ。ちなみに第二次は0055年だから、55(ここ)から始まる第二次宇宙戦争って覚えときなさい」

「ありがとー!」


 二人のやり取りを耳に挟みながら、より難度を増していく分数問題へと取り掛かるホノカ。

 負の数が絡み、桁が増え、やがて交じるのは整数と小数。

 頭がこんがらがりながらもさっきの要領を思い出し、ひとつ、またひとつと問題をクリアしていく。


(夏休みの宿題……こんなに大変だったなんて)


 華世の伝手を借りて、学校らしい学校に初めて通い始めたのが数ヶ月前。

 勉強して立派な人間になろうという志は、その学問という壁の厚さに折れかけていた。


 そもそもホノカは育った修道院で基本的な算数や読み書きこそ習っていたが、それはあくまでも基礎の基礎。

 生活の中の複雑な計算はコンピューター頼みで済んでいても、学習のなかではそうはいかない。

 暗算、暗記、予習、復習……。

 それらに慣れていなかったホノカは、つい数週間前の期末テストで赤点ギリギリを取りまくったばかりだった。


(このままではいけない……!)


 両頬を軽く叩き気合い入れ。

 周りの声が聞こえないくらい問題に集中し、一つ一つを丁寧に解く。


 そうやって十数分後。

 ホノカはついに数学ドリルの最後、分数の割り算を解ききったのだ。


「華世、華世! 解けましたよ!」

「はいはいどれどれ……うん。間違いもないし完璧ね。ひとつくらいケアレスミスするかと思ってたわ」

「同じ失敗は繰り返さないんですよ、私は!」


 ホノカは安堵しながらタブレットを操作し、数学ドリルデータを学習済みフォルダへと移動させた。

 と、ここで自分の喉が存外に乾いていることに気がついた。

 壁際にあるウォーターサーバーに向かおうと、椅子から立ち上がり一歩。


 ぐにゃり。


 気味の悪い感覚が、足の裏から伝わってきた。




     ───Bパートへ続く

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