第27話「想いの架け橋」【Jパート 開ける未来】
【10】
──バケモノ。
──人殺し。
──バケモノ。
──人殺し。
杏の中に何度も響き渡る、呪いの言葉。
真っ暗な空間に浮かぶ杏は、その言葉を否定するが、否定しきれない。
(私は、生きる価値のない人間かもしれない)
自分を否定する可能性というものは、無限に膨れ上がっていく。
どれだけ日頃から明るく振る舞っていても、慰めの言葉をもらっても、ずっと消えない呪い。
声にならない想いが、あふれる魔力として外へと放たれる。
燃え上がる森が、自分のせいで紅に染まっているとわかっている。
けれどもその力を止めることはできなかった。
自分への否定の言葉が、杏を正気から遠ざけていた。
(私は……杏は……)
何度もぐるぐると渦巻く、負の感情。
出口の見えない思考が堂々巡りをし、悲しみで心が埋もれていく。
そんなときだった。
「杏さん、ごめんなさい……!!」
外から聞こえてくる、聞いたことのある声。
「杏さん、私……あなたを、あなたのお姉さんと思って、ひどいこと言っちゃった」
何度も自分を否定した言葉を紡ぐ望月の声が、謝罪の言葉を放っていた。
「あなたは悪くない。悪いのは……いつまでもウジウジしてた私だった……! 許してくれなくてもいい! でも、私は……杏さん、あなたに謝りたいの!」
一つ一つの言葉が、杏の中の闇を溶かしてゆく。
「ごめんなさい、本当に……ごめんなさい!!」
──もしもその人が言葉を悔いて謝ったら、許してあげればいい。
菜乃羽が言った言葉が、杏の中へと響きわたる。
恨んでいたわけじゃない、憎んでいたわけじゃない。
できることなら、仲良くなりたい。
杏は、精一杯叫んだ。
言葉にならなくても、感情を吐き出した。
ずっと胸にしまっていた想いを。自分を否定する言葉が覆い隠していた心を。
「いいよ、許してあげる!! だから杏と……友達になって────!」
ぱあっと、杏の視界が明るくなった。
気がつくと魔法少女の姿で宙に浮かび、目の前にはハッチを開け放たれたキャリーフレームのコックピットから身を乗り出す望月の姿。
眼下で燃え上がる炎の明かりが、彼女の涙で溢れた顔を照らし出す。
杏は、そんな彼女へと許しを示す精一杯の笑顔を送った。
直後、ドォン! という爆発音が森の奥から上り、火柱が上がる。
同時に空へと飛び立ったのは、8機のキャリーフレーム。
望月を乗せたものと色は違えど同じ姿の機体が、ビーム・ライフルを発射しながらこちらへと接近してきていた。
「お兄さん……あれってコレと同じ機体……ですよね?」
「無人の〈クアットロ〉だと……くそっ! アラゾニアの奴め……余裕そうな態度の裏はこれか! 僕に黙って、後詰めの仕掛けを用意してやがったか!」
望月の後ろから聞こえてきた、結衣とパイロットらしき男の声。
杏を守るように正面を飛んでいた、〈エルフィスサルファ〉から咲良の声がスピーカー越しに聞こえてくる。
「杏ちゃん、あなたは避難して!」
「咲良おねえさん! でも……」
咲良の機体は、限界が近い。
それは杏の眼で見ても明らかだった。
バチバチとスパークする翼。
杏が大蛇の姿で放った光線を防ぎ続けて、エネルギーが尽きかけているのだ。
一方で望月と結衣が乗っている機体は、戦闘の意思はあるが手に握るのはビーム・セイバーが一本だけ。
格闘武器だけでライフル持ちの同型機を8機は、流石に無茶だ。
『咲良、あと数分後に応援が到着します』
「でも、それまでに交戦することになるわ。そうなったら……」
「杏さん、だっけ? ヘレシーだよ、聞こえてる?」
咲良の声が聞こえていた〈エルフィスサルファ〉から、ヘレシーが語りかけてきた。
杏は彼女の言葉へと、精一杯の肯定の返事をする。
「さっきの杏さんって、マイナス感情が膨れ上がったことで魔力が暴走していたんだよ。でももし、精一杯のプラスの感情で心を満たすことができたら、あの力を制御することができるかもだよ」
「精一杯のプラスの感情?」
「嬉しいこと、楽しいこと。未来への希望とか願望とかだね。できるかな?」
「やってみる……!」
迷惑をかけてしまった罪滅ぼしという気持ちもある。
でも今、杏の中には一つの希望があった。
自分を皆から遠ざけていたと思っていた力が、みんなのためになる。
その希望と一つの願いを、心のなかで一杯にする。
自分の力で、みんなを助ける。
そして、望月さんと友達になる。
強い願いが心の中に溢れていき、心臓がとても強くドキドキする。
身体が大きくなっていくような感覚が、全身を包み込む。
──私は杏! みんなの笑顔を守る、正義の魔法少女!!
力強い言葉とともに、杏は自分の姿を大蛇へと変えた。
けれどもさっきまでのように真っ暗な空間に閉じ込められてはおらず、意識の周りはキラキラとした夜空のような綺麗な空間。
希望に満ちた心のなかで、杏は目の前の敵へと意識を向けた。
──えーーーいっ!!!
大蛇の口に浮かぶ魔法陣から、光線が放たれる。
けれどもソレは決して無秩序に破壊を振りまく一本の帯ではなかった。
細い9本の光が渦を巻くように伸びていき、やがて広がる。
それぞれがライフルを握る〈クアットロ〉、そのコックピット部分を貫き制御していたツクモロズの核晶を破壊する。
残った1本の光線は、緑地の近くにある湖へと注がれる。
ビームを受けた水の塊は中央から広がるように弾け、とてつもない勢いで蒸気を巻き上げた。
津波のように溢れ出した水と、巻き上がった蒸気から生まれた雲から降り出す雨。
上下から挟まれるように水を浴びた緑地帯は、赤々とした炎を徐々に弱らせ、やがて煙だけを残して静寂を取り戻した。
「すごい……これが、魔法の力……!」
コロニー内に浮かんだ虹を見ながら感嘆する咲良の声に、杏は誇らしい気持ちでいっぱいになった。
自分が何者だって良い。
自分を認め、受け入れてくれる人がこんなにいるんだから。
そして、その人達を助けられる力を自分は持っている。
それ以上に、幸せなんてあるのだろうか?
もしそれ以上の幸せが見つかるのなら、それは楽しみだ。
今よりももっと素晴らしい明日に、なるのだろうから。
───Kパートへ続く




