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第27話「想いの架け橋」【Fパート 誤動作】


「────アンドロイドの、誤動作……ですか?」


 普段からEL(エル)が使っているボディを扱うレンタル店。

 その店主である女性から聞いた話に、咲良は思わず聞き返した。


「そうなのよォ葵さん。うちの子だけじゃなくて、近所のドロ友さん達の家も大変ですって」


 ドロ友、というのはアンドロ(・・)イドを受け入れている()達という単語である。

 その言葉の範囲には、ミイナを擁する内宮の家やEL(エル)と共に暮らしている咲良も含まれている。


「それはそれは……それで」

「それで、誤動作ってのはどんな現象だ?」


 話に割り込んできたのはコロニー・ポリスの手帳を片手に握る、よれよれのトレンチコートにスーツ姿の男。

 向けられた手帳に書いてあった名前を見て、咲良はその男にピンと来た。


「あなたがデッカー警部補?」

「んあ? そう言うお前さんはウルクの部下の下っ端じゃねえか」

「部下の下っ端……」


「警部補、ポリスといえど咲良を愚弄するのは許せませんよ」


 カウンターの奥で上半身だけの格好でメンテナンス機に繋がれているEL(エル)が低い声を出す。

 デッカーは顔を歪めて「冗談だよ」と不満げに呟いてから、店主へと聞き込みを再開した。


「最近、ポリスにもアンドロイド絡みの通報が多くてな。餅は餅屋と聞き込みに来たってワケだ。奥さん?」

「アラやだ。誤動作ってのはねェ、夜中になると勝手に外に出ようとするのよォ。本人に聞いても、記憶が無いんですってェ。中には行方不明になってるお宅も少なくないんですってよォ」

「アンドロイドの深夜徘徊……そして失踪か。お前さん、そこの上半分ちゃんはどうなんだ?」

EL(エル)は別にそういうこと無いよね」

「はい。不服ですが寝床はヘレシーの隣ですので、もし徘徊してたら彼女が気づくかと」

「モノによるってことか……厄介だな」


 電子メモ帳にメモを書き終えたデッカーは、店主に一礼してから外に停めてあったパトカーへと乗り込み走り去っていった。


「気になりますか、咲良?」


 メンテナンス装置の上のEL(エル)が、首だけをこちらに向けて尋ねる。

 知り合いアンドロイドはEL(エル)だけじゃなく、内宮の家のミイナや支部の受付のチナミもいる。

 身近な存在に及ぶ危機と聞いて、居ても立っても居られない。

 それが咲良の中の正義感だ。


「できる範囲で調べてみよっか。そうだ、カズくん達なら何か知ってるかもね」



 【7】


「……アラゾニア、これはどういうことだ?」


 目の前でクルクルと、不快なダンスを踊るピエロ・アラゾニア。

 ピタッと止まった醜悪なツクモロズ相手に、スピアは無意識に声を荒げた。


「どういうことだって? キヒヒ、お前の兄さんが望むように、陽動となる騒ぎのセットアップだよ」

「僕が聞きたいのは、なぜそのためにその女の子が必要なのかだ!」


 柱にロープでグルグル巻きにされ、目隠しと猿轡さるぐつわで目と口を塞がれた少女。

 うー、うー、といううめき声を時々漏らす痛々しい姿を晒すその娘の扱いに、スピアは腹を立てていた。


「あれれー? 君は散々、兄さんは甘いとか言ってたのに、そういうこと言うのかな?」

「無関係な女子供を巻き込むようなマネを、僕に黙って実行したのが悪いと言っているんだ!」

「いいじゃなーいか。本来なら君ひとりで決死の陽動を行うはずだったんだ。それを僕がー、手駒を増やしてやったというのにさー」

「手駒だと?」


 パチン、と指を鳴らすアラゾニア。

 その音を合図に、いま二人と少女がいる小屋の一室に、ゾロゾロと無数の人々が入ってくる。

 いや、人間ではない。


 目が光る者。

 顔や腕に継ぎ目のようなラインが浮かんでいる者。

 背中からケーブルが伸びている者。

 そもそも、明らかに機械でできた顔をした者。


 そう足り得る要素はバラバラだったが、ここに入ってきた者たちは皆、うつろな目をしたアンドロイドだった。

 理解が追いつかないスピアをよそに、アラゾニアは縛られた少女の頭を気味の悪い手付きでひと撫でする。


「この小娘の内面には非常に強い憎しみの感情がある。大切なモノを依り代としたツクモロズを失った悲しみと怒りだ。それを電波として発信し、いっちょ前に感情を持っている機械の人形どもに伝播でんぱしてやったのさ」

伝播でんぱだと?」

「キヒヒ、そうすれば人形どもはツクモロズに近い存在になり、そうすれば僕の操り人形に早変わり! 簡単な仕組みだろう?」


 この憎々しいピエロの言っている仕組みとやらは理解できない。

 だが、この数のアンドロイドは戦力としてみれば確かに強力だろう。


「あとはコイツらを街にけしかけ、パニックを起こせばアーミィの連中は釘付けだ。そうすれば、君の目的も叶うのではないかね?」

「……そうかもしれんが」


 間もなく、兄ランス率いるドラクル隊の脱出作戦が開始される。

 このまますんなりとことが運び、成功するならば問題ない。

 問題ないはずなのだが。


(街が騒ぎになれば、僕が出会ったあの可憐な少女も戦いに巻き込まれる……)


 アーミィにくみするような人間はどうなってもいい……と思っていた。

 けれども平和すぎる町並みを見てしまったスピアの中で、民間人が巻き込まれることに痛む心が生まれていた。

 ここで恨みの根源として囚われている女の子もまた、被害者のひとり。

 はたして民を犠牲にして得た勝利は、本当に自分たちのためになるのか。

 揺れるスピアの心。

 けれども状況は、そんなことなどお構いなしとばかりに動き始めていた。


「む……? どうやらネズミが近づいているようだ」


 ここはコロニーの中でも郊外に位置する緑地の中。

 木々の間に張り巡らせたセンサーが、何者かの接近を感知したらしい。

 勘の鋭いアーミィにでも嗅ぎつけられたか。

 スピアが判断を下す前に、アラゾニアはアンドロイド達に命令を下した。



 ※ ※ ※



「ビビッ……警部補、この先から得体の知れない信号のようなものが発信されています」

「よーし、いいぞビット。だが……なんでコイツらが一緒なんだよ?」


 草むらをかき分けながら緑地帯を進むデッカー警部補が後方へと向けた親指に指されるももたち。

 今この場にいるのはももだけではなく、結衣と咲良、それから咲良の携帯電話の中に意識データを移したEL(エル)もいる。

 ついでにヘレシーという少女も、今回の捜査に何故か参加していた。


「アーミィとしてはこれがV.O.軍の仕業で、キャリーフレームと戦うことになれば戦力が必要かなと思って」

「いや、お前さんはいいんだが、ガキンチョ連中は何だってついてきてるんだか……。遠足じゃねぇんだぞ?」


 ももたちがデッカー警部補に同行している理由。

 それは菜乃葉から提供された情報が情報ゆえだった。

 アーミィによって、民間人レベルまで知れ渡ったツクモロズの存在。

 その関係者らしい奇妙な人物が、このアンドロイド誤動作失踪事件へと関与しているという。

 与えられた外見的な特徴は、曰く結衣が一度出会った相手だという。

 ツクモロズが関与しているとなれば出向くのは、魔法少女としての使命感に突き動かされてのものだ。


「……それなら理解はできるが、その子供は何だ? お前たちに比べたら一回り小さいじゃねぇか」

「ヘレシーは咲良お姉さんの手伝いだよー。EL(エル)と3人で、百人力なんだよ」

「……捜査の邪魔したら帰らせるからな」

「はーい」


(こういう娘の相手、慣れてるんだ。きっとお姉さまと一緒に、たくさん謎を解いたんだ)


 ももは内心でデッカーのあしらい方に感心していた。

 決して邪険にせず、釘を差しつつも同行を拒否はしない。

 大人らしい対応は、なんとも見事だった。

 そういうことを思いつつ、ももの中で暗い感情が膨れ上がっていく。

 悪夢を見ているときのような感覚。それが徐々に徐々にと強まっていく。


(迷惑はかけたくない……私も魔法少女だから)


 そう決意を固めていたときだった。


 ガサッ。


 不意に周囲から聞こえてきた、草むらをかき分ける音。

 自分たち以外に以内であろう空間に響いた、何者かの存在を示す草の音。

 一瞬で警戒モードになるデッカーと咲良が拳銃を構えると同時に、無数の光る眼が木々の奥から顔を出した。




    ───Gパートへ続く

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