第3話「地球から来た女」【Eパート 人間兵器試験】
【5】
30分ほどで用事が済んでしまい、結局ロビーに座ってじっと待つことになった華世と咲良。
華世は義手がなくて寂しい右袖を弄りながら咲良と談笑をしていた。
「へぇ~。ってことは、華世ちゃんは地球に行ったこと無いんだ~」
「生まれも育ちも金星だからね。地球ってやっぱり生臭いの?」
「生臭い……? まあコロニーほど無味無臭じゃないかな~。春とかだと花粉症とか辛いし」
「へ~え」
「華世ちゃん、すごく地球の話を聞きたがるけど……私が初めての地球人だったりするのかな?」
「あたしの保護者してる人も地球出身なんだけど、あんまりそういう話をしないのよね」
「地球が嫌いなのかな~?」
「案外、地球人類種じゃなかったりして」
「誰が異星人やねん」
聞き覚えのある関西弁にギョッとして振り向くと、ニッコリと影のある笑顔を向ける内宮の姿があった。
その姿を見た咲良が、慌てて立ち上がりビシッと敬礼をする。
「内宮隊長、ですね? 本日より転任となった葵咲良です!」
「おー、君がそうなんやな。話は聞いとるでぇ、歓迎したるからな」
「じゃあ、あたしはこれで……」
「待てや」
こっそりと場所を移ろうとした華世の左肩を、内宮の腕がワシっと捕まえる。
訓練している大人と生身の部分で力比べは流石にできず、目の細い顔の前にずいと立たされてしまった。
「華世。あんさん、いつの間に人間兵器試験の申込みしとったんや?」
「昨日の夜に、携帯からコソッと……」
「あかん、アカン! 人間兵器試験なんて、生命落とすこともある危険なやつなんやで! 保護者として認められへん!」
「え~と、ニンゲンヘイキってなんですか~?」
蚊帳の外に置かれていた咲良が、おずおずと手を上げて質問をする。
この制度は金星コロニー・アーミィのみに存在するものらしいので、地球出身の咲良が知らないのは無理もない。
内宮が「どやって説明するかな」と頭をポリポリと掻いていると、仮面頭がぬっと背後から飛び出し、口を開いた。
「人間兵器とは、生身でキャリーフレームと同等の能力を持っていると判断された兵士のことだ」
「のわっ!? 支部長、いきなり背後に立たんでください! ビビるやないですか!?」
「人をバケモノみたいに驚くものではない」
不満そう……といっても見えるのは口元だけだが、ウルク・ラーゼが額に手を当てヤレヤレといったポーズを取る。
「では改めて説明といこう。人間兵器と認定されたものは、アーミィ内で尉官クラスの権力と危険手当を含めた多額の給金を受け取ることができる」
「普通に隊員になるより偉くなれるんですね~」
「それから有事の際に、出撃命令無しで無許可での戦闘が許可されるのだが……そこの少女からすればこっちが本命ではないかね?」
「えっ」
驚く咲良をよそに、華世は図星を着かれて顔を背けた。
またいつかツクモロズや、他の悪党どもが暴れた時に戦うと、今度こそ逮捕・補導は避けられないだろう。
そのためにも、公に戦うための権限が必要なのだが。
「確か試験はキャリーフレームとの一騎打ちやろ? 華世は子供やで……死んでまうわ!」
「この試験でこの小娘が死のうが我々は責任を持たん。合格すれば過酷な戦いに駆り出されることに変わりはないからな。試験で死ぬも任務で死ぬも、同じことだ」
「せやかて……」
「あのね秋姉。この申し込み、伯父さんに許可とって済ませてるのよ」
「なんやて……?」
信じられない、といったふうに内宮が細い目で華世を睨みつける。
本来であれば反対する側であろう伯父が、姪っ子が危険な道に進むのを肯定するはずがない……といったところか。
けれども実際、伯父・アーダルベルト大元帥は華世の選択を否定していない。
そうでなければ、携帯電話で送ったメッセージ越しに大元帥自らが申請を受け付けてはくれないだろう。
「でも……でもや」
「秋姉、あたしは試験でも実戦でも、死ぬつもりなんて毛頭ないわ。手に入れたこの力で、ツクモロズや悪党と戦うためにも……人間兵器の称号は必要なの」
「そ、か……」
がっくりと肩を落とし、気を落とす内宮。
華世も、彼女が自分を守ろうとして提言しているののはわかっていた。
けれども子供であることに甘んじるために、せっかく手に入れた力を使わない選択肢はない。
もしも華世が不真面目だったり狡猾であれば、正体を隠して謎の魔法少女として暗躍することもできただろう。
それでも大手を振って力を振るえるように試験を受けようとするのは、ただ華世という少女が愚直なまでに生真面目な一面があるからだった。
保護者と子供の問答が終わったのを見てか、ウルク・ラーゼがひとつ大げさな咳払いをして場を改める。
「さて。本来であれば試験は日程を決定し、闘機場で行うものであるが……大元帥自らの提案により、試験内容の変更があった」
「試験内容の変更? 大元帥の書類上の娘だからって、依怙贔屓をされるのは嫌よ」
「むしろ贔屓の声を憂慮しての決定かもしれん。現在、クーロン内の10番地区にある刑務所にて、凶悪犯による脱獄騒ぎが発生している」
「脱獄騒ぎ……ですか?」
「半年ほど前に工業用キャリーフレームで往来に突っ込み、民間人を十数人を死傷させた男だ。現在コロニー・ポリスが対応しているが、脱獄犯はキャリーフレームを奪って逃走中だという。手を焼いているようなので、まもなくこちらへとお鉢が回ってくるだろうよ」
「……つまり、そのキャリーフレームにのった脱獄犯を仕留めるのが試験ってわけね」
仮面の顔で大きく頷くウルク・ラーゼ。
これからやることが決まり、ぐっと左手を握りしめ気合を入れる華世。
その傍らで、咲良だけが事態を飲み込めずにおろおろと大人げなく狼狽えていた。
「えっと、あの~。華世ちゃんって、何者ですか? 私は、どうすればいいんですか?」
「葵曹長。君にはこの娘の足役をやってもらう。君のキャリーフレームはすでに届いているゆえ、格納庫で発進準備をしておいてくれたまえ。その途中にでも、本人から事情でも聞けばいいだろう」
「あ、はい。了解しました」
「金星では了解だ」
「ら、了解!」
ビシッと敬礼し、エレベーターホールへと走っていく咲良。
彼女と入れ替わる形で、手に華世の義手と、一振りの無骨な刀を抱えたドクター・マッドが歩み寄ってきた。
「華世くん。君の義手と……頼まれていた斬機刀だ」
「ありがと、ドクター。よいしょっと……」
受け取った義手を、空っぽだった袖へと通しガチャリと右肩にはめ込み、指や肘を曲げ伸ばし。
人工皮膚の補修はもちろん、感じていた関節部分の違和感は消え失せ、気持ち動きがなめらかになっているようにまで感じた。
そして、斬機刀と呼ばれる大ぶりの刀。
刀というよりは華世の身長ほどもある長大なサバイバルナイフといった様相をした刃物を、華世は義手で持ち上げる。
「華世、まさかやけど……その刃物でキャリーフレームとやりあうんか?」
「変身した時の身体能力があれば、これ一本で行けるわ。あ、そうだ秋姉。今日はシチューの予定だから、晩御飯の買い物お願いね」
「それはええんやけど……」
「絶対に生きて帰ってくるから。信じて待ってて」
「……わかったわ。くれぐれも、無茶はせえへんでな」
ここまで来て、家族を信じないのは背任的だと思ったのだろうか。
携帯電話で送信した買い物メモを受け取った内宮は、華世の両肩を強めに握ってからまっすぐに顔を見つめてそう言った。
───Fパートへ続く




