第27話「想いの架け橋」【Bパート 刺客の死角】
【2】
「うーん、ここは……」
眠気から覚めた結衣の視界に、カラカラという音を鳴らしながら回る、天井のシーリングファンが映る。
辺りの不気味な置物などが飾られた落ち着かない部屋。
ここはアーミィ支部の地下に位置する、ドクター・マッドの研究室である。
そういえば……と、部屋の最奥に位置する固い皮のソファで横になっていた身体を起こしながら、ココで寝た経緯を思い出す結衣。
前日の夜、独力で解決した小さなツクモロズ事件の報告をしに支部を訪れていた。
報告自体はすんなり終わり、帰ろうとした矢先。
ちょうど出会ったドクター・マッドに誘われるまま、結衣は彼女の研究室に遊びに来たのだった。
招かれた結衣はドクターと、華世の新装備について夜通し語り合った。
彼女の義手・義足に更に武装は盛れないか。
重量やジェネレーター出力を考慮して、なかなか決まらないパワーアップの内容。
武器に関して造詣の深い結衣とドクターの話し合いは、どんどんヒートアップ。
興奮のままに時間がたち、疲れて眠くなった結衣はそのまま研究室で横になって休んだのだった。
「起きたか」
「ドクター……おはよぉ。今、何時ですか?」
「朝6時だ。結衣くんが寝てからは4時間といったところだ」
「それだけかぁ……。まだ、眠いです」
普段は健康的な睡眠時間を確保している結衣にとって、夜更かしからの仮眠に近い睡眠は慣れないもの。
眠気まなこをこすりながら、ドクターが淹れてくれた緑茶を喉へと通す。
「ドクターは、寝てないんですか?」
「私は丸3日程度なら寝なくても平気だ。他の者とは鍛え方が違うからな」
「そうなんだぁ……」
「眠くなくなるまで寝ててもいいし、帰るなら支度をすることだな。結衣くんの親御さんには私から連絡しておいたから、安心すると良い」
「ありがとぉ。ふわぁ~……じゃあもうちょっと寝かせてもらいますぅ」
「10時から魔法少女を交えたミーティングだ。その時には起こしてやろう」
そう言って、部屋を真ん中から仕切るカーテンの奥へと消えるドクター。
結衣が今いる場所はカーテンによって隠され、部屋の入り口から見えない場所となっている。
主にドクターが休憩や食事をする場所らしく、ベッド代わりになるソファや洗面台、冷蔵庫など狭いながらも設備は充実している。
小さな生活スペースといった場所で再び横になりながら、結衣は大きなあくびをした。
───その時だった。
ドスン、バタンという扉が乱暴に開けられる音とともに、数人の足音がこだまする。
直後に響き渡る、拳銃の発砲音。
カーテンの隙間から見えたのは、額から血を吹き出しながら倒れるドクター・マッドの姿。
突然の出来事に声を失った結衣は恐怖に飲まれながら、恐る恐るカーテンの向こうを覗き見た。
「やっぱり、簡単な仕事ジャーン? これであの妖精は俺たちの物ジャーン?」
ジャラジャラとした服の飾りを鳴らしながら、煙を吹く拳銃を握る青年。
その姿に、結衣は見覚えがあった。
(あの人……私が魔法少女になったときのツクモロズ……!)
結衣がツクモロズの手に落ち魔法少女化し、華世の手によって救われたあの日。
華世から託された魔力で力いっぱいふっとばした相手。
それが今、ドクター・マッドの額を撃ち抜いたのだった。
彼の側には二人、木の枝が幾重にも重なってできた人形のようなツクモロズが随伴。
先程のセリフからすると、狙いはドクターが預かっているミュウの身柄だろう。
(あの人達……私に気づいてない。でも……)
拳銃を握るチャラ男ツクモロズと、爪のように鋭い枝先の手を持つ2体のツクモロズ。
武装した彼らの手によって目の前で知人が撃たれたという事実は、戦い慣れしていない少女を竦ませるには十分すぎる恐怖だった。
震える身体に身動きが取れず、その場でじっとしていることしかできない。
情けない自分の姿に嫌悪感を感じながら、結衣はカーテンの奥に見えるツクモロズ三人の姿を見続けることしかできなかった。
「うーん? そこに誰かいるジャーン?」
(……気づかれたっ!?)
明らかに視線をこちらへと向けるチャラ男ツクモロズ。
逃げ出そうにも部屋の奥。戦おうにも狭い場所。
絶体絶命のピンチの中、無慈悲な銃声が鳴り響く。
「なっ……!?」
銃声とともに突然、黒ずみ砂の塊が崩れ落ちるように消滅する2体の木の枝兵。
直後に倒れていたドクター・マッドの身体が、ゆっくりと起き上がった。
「オレっちのツクモ兵が!? お前、何で生きてるんじゃーン!?」
「無駄口が多いな」
チャラ男ツクモロズが拳銃を撃つよりも早く、その場から跳躍するドクター。
銃弾が床に跳ねる音が鳴ると同時に、ドクターがチャラ男の頭を掴み、そのまま押し倒した。
「ぐはっ!? そんな……バカ、じゃーん!?」
密着させたドクターの拳銃が乾いた音を鳴らす。
そして先程の木の枝兵同様、全身が黒ずみそのまま崩れるツクモロズ。
土の山のように床に残った亡骸へと、ドクターが手袋越しに手を突っ込み八面体を拾い上げた。
「なるほど、この核晶は無機物か……。結衣くん、大丈夫か?」
額からポタポタと血を流すドクターへと、声が出ないまま首を縦に何度も振る結衣。
こうして、ツクモロズによる一連の暗殺未遂事件は、ドクター・マッドの額に切り傷を作っただけで終わったのだった。
───Cパートへ続く




