第27話「想いの架け橋」【Aパート 課せられた呪い】
「大元帥閣下。以上のように、金星宙域のV.O.軍が次々とエリア00付近へと集結しつつあります」
「そうか……」
豪華な装飾の施された執務室。
真っ赤なカーペットに包まれた室内の机の前で、アーダルベルトは通信越しの報告に大きく頷いた。
「奴ら、ついにCABの位置に感づいたようだな。早かったと見るか、遅かったと考えるか……」
「駐留艦隊からの報告から統合しますと、コロニー05、06、07、08周辺からは完全にV.O.軍はいなくなったと考えてよろしいかと」
「わかった。該当支部へ、有力パイロット達の前線への異動を通達せよ。折を見て04、及び09コロニー支部へも同様の通達を」
「了解」
コンピューターの画面が消え、静寂が部屋へと戻ってくる。
換気扇の音だけがカラカラと乾いた音を鳴らす屋内で、アーダルベルトはゆっくりとマグカップへとコーヒーを注いだ。
縁まで並々になったその入れ物を、来客用椅子に座る老婆へと、そっと差し出す。
「ありがとう、ガーシュ。……いよいよ、その時が近いようだねぇ」
「先生。私の今の名はアーダルベルトだと、何度も言っているではありませんか」
「あらあら、ごめんなさいねぇ。いつまでも昔の名前に引っ張られるのは、悪い癖よね」
アーダルベルトへと謝りつつもニコニコと微笑む老婆。
彼女は、華世の義体へのリハビリを行い、宇宙体術を教えた人物。
そしてアーダルベルトへと武への心を教えた女性、矢ノ倉寧音だった。
「華世たちも、サマーでの巡礼を終えたと聞いています。残るはオータム……そこへたどり着けば、あの娘が動かぬはずはないでしょう」
「その時が、運命の日になるねぇ。あの子はうまくやれるかしら?」
「やれるでしょう。その日こそ……」
矢ノ倉へと背を向け、指で押し開いたブラインドの隙間から外を眺めるアーダルベルト。
コロニー特有の人工的な光が、まばゆく太陽の代わりをする。
「ツクモロズとの戦いが、大きな一歩を踏み出すときでしょう」
「そして、私達の役目も……」
「節目を迎えますな……」
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鉄腕魔法少女マジ・カヨ
第27話「想いの架け橋」
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真っ暗な空間に、一人ぼっちで佇む杏。
ここはどこだろう……という気持ちすら沸かず、ただ一人そこにいた。
(ねえ、あなたはだあれ?)
「杏は、杏だよ?」
虚空から投げかけらた問いに、素直な気持ちで答える杏。
しかし、その返答に対して返ってきたのはクスクスという笑い声。
(嘘つき、杏なんて人間はいないのに)
(あなたは葉月華世だよ。間違えてるよ)
「違う。華世は杏のお姉さまなの。杏は……」
(嘘つき、嘘つき、嘘つき)
(君は華世だよ。葉月華世だ)
「どうしてそんなことを言うの? 杏は嘘つきじゃない!」
(クスクス、クスクス……)
あざ笑う声のする方に、ぼうっと人のような輪郭が浮かぶ。
その姿は徐々に色味を帯びていき、やがて……。
「望月さん……?」
「近寄らないでっ!! 私のミミを殺したくせに!」
「違う、杏じゃな────」
「……人殺し!!」
※ ※ ※
小鳥のさえずりが窓の外から聞こえる部屋の中。
ベッドの中で目を覚ました杏は、自分の頬に涙で濡れた線が浮かんでいることに気がついた。
「夢……? 杏……泣いてた?」
悪夢の中の出来事を考えながら、パジャマの袖で涙を拭う杏。
身体を起こしてぼんやりしていると、ゆっくりと部屋の扉が開いた。
「杏お嬢様、お目覚めでしたか!」
「ミイナお姉ちゃん……」
「どうしました? 怖い夢でも見ましたか?」
心配そうに顔を覗き込むミイナ。
不安でいっぱいの杏へと向けられた優しい微笑みに、彼女のメイド服の袖をそっと掴んで少し引っ張った。
「ミイナお姉ちゃん。杏は、杏だよね?」
「それはもちろん! 華世お嬢様の妹君にして可愛らしい葉月家の天使、葉月杏でありますとも!」
「そう、だよね。そうだよね!」
「顔を洗って、リビングに行きましょう! 今日の朝ごはんは……いつものように私がコンビニで買ってきたパンとおにぎりですが」
「お姉さまがいないから、仕方ないよね。でも杏、ミイナお姉ちゃんが買ってきたご飯大好きだよ!」
「嬉しいお言葉です! 今日は、杏お嬢様がお好きなチョココロネもありますよ!」
「やったー!」
「朝ごはんを食べたら、アーミィ支部に向かいましょう。魔法少女たちを交えたミーティングがあるんですって」
「わかった! じゃあ、お顔洗ってくるね!」
大好物が食べられると聞き、暗い感情が吹き飛んだ杏。
けれども、その心の奥底には決して抜けない楔が、不安として突き刺さっていた。
ある時、気づいたら杏はここにいた。
昔の記憶っぽい思い出は微かにあれど、ここに来るまでの経緯はわからない。
それでも幸せだから良いと思っていた。
今日見たような悪夢を見始めるまでは。
時々浮かび上がる大きな不安。
自分は本当にここにいて良いのか。
自分は本当に生きていて良いのか。
そう考えると感じる、自分が自分でなくなるような感覚。
まるで心が張り裂けそうな強い不安を数日前から毎日見る、悪夢を見始めてから覚えるようになっていた。
プルルルル。
唐突に鳴る携帯電話の呼び出し音。
画面に表示される「結衣先輩」の文字に、杏は笑顔で通話に出た。
「もしもし、先輩! どうしまし────」
「大変なの、ドクターが、大変なの!!」
切羽詰まった口調に、部屋の中に緊張が走った。
通話を横で聞いていたミイナが内宮を呼び、彼女が「まどっちが何やてぇ!」と叫びながらドタドタと部屋に入ってくる。
杏は通話をスピーカーモードにして、三人で結衣の言葉を待つ。
電話の向こうの結衣が語ったのは、今から数分前に起こったことだった。
───Bパートへ続く




