第26話「裏返る黒い影」【Gパート 待っていた人物】
【7】
すっかり空も暗くなった時間帯。
華世とホノカは、やっとの思いで当初の目的地だったホテルが見える場所まで戻ってこれた。
「それにしても……リンさんのこと、皆になんて伝えましょうか」
「考えてなかったわね……。巡礼の旅をするお嬢様は怪物に食われて死にました……なんて、とても言えないわよ」
「そもそもです。本当にリンさんは、あのレスというツクモロズに食べられてしまったのでしょうか……?」
「あたしが泳げないことを記憶だよりで知ってたところを見ると、生存は絶望的でしょうね……」
憂鬱な気分になりながら、ホテルの入口前にたどり着いた華世たち。
ふたりの姿を確認してか、嬉しそうな顔でウィルがロビーから駆け寄ってきた。
「ふたりとも、帰りが遅かったから心配したんだよ! 携帯電話もつながらないし……」
「それは心配かけたわね。ウィル、リンのことなんだけど……」
「うん! リンさんだったら一足早く帰ってきて、部屋で二人を待ってるよ!」
「そう、リンさんが……えっ!!?」
ウィルの口から放たれた言葉に、動揺を隠せないホノカ。
リンの生存が絶望的な以上、確実に今このホテルにいるのは彼女に化けたレスのはずだ。
それが部屋で待っている、ということは報復のための待ち伏せ以外には考えられない。
「ウィル、そのリン……喋り方とか変じゃなかった?」
「いや、別に……? いつも通りのお嬢様言葉にしか聞こえなかったけど……」
眉をひそめつつ、ウィルとともにホノカと三人でエレベーターに乗り込む華世。
ウィルがお人好しだから見抜けないのか、それともリンの真似が巧みになったのか。
エレベーターを降り、宿泊先の部屋の前で覚悟を決めてから、華世は扉を開けた。
「華世、戻って来ましたのね!」
白いワンピース服姿で嬉しそうに華世を出迎えるリン・クーロン。
呼び方、仕草や口調などには一切の違和感は感じられない。
自分のすぐ後ろにいるウィルを見て、ふと華世はリンが本人かどうかを明らかにする手を思いついた。
「どうしましたの華世? えっ……?」
「そおいっ!」
リンの着ているワンピース、そのスカートの裾をおもむろに掴み上げ、一気にめくりあげる。
勢いよくめくったことで、彼女の履いている純白に小さな赤いリボンがついたパンツはもちろん、ヘソやブラジャーの下端までが顕となった。
すぐに両腕でスカートを抑え、顔を真赤にして涙目になるリン。
華世の後ろでは言葉を失ったウィルが、頬を赤くしながらボーッと突っ立っていた。
「な、な、なっ!!? 華世、どういうつもりですのっ!!?」
「うーむ、この反応は間違いなくリンそのものね」
「そうですね。リンさんに化けていたあいつは羞恥心とか全然ないタイプでしたし」
「わたくしが本物かどうかのために、こんな事を!? もうわたくし、お嫁にいけませんわーーっ!!」
※ ※ ※
いちおう再び魔法少女へと変身した華世とホノカは、落ち着いたリンをベッドに座らせた。
そしていつでも反撃できる準備を整えながら、ふたりはリンへと事情を問いかける。
「それで、あんたはどういう経緯でここに戻ってきたの?」
「わたくしも記憶は曖昧なのですけど、あの路地で黒いオバケ……レスにわたくしは取り込まれましたの」
「ってことは、あんたはやっぱりレスなの?」
「それについては、僕が教えてやるよ。鉤爪……」
ニュッと、リンの頭頂部辺りから黒い球体が飛び出してそう喋った。
球体というよりは表面に瞳のような模様が浮かんだ物体であり、リンの頭とは底面がつながっていた。
「あたしを鉤爪って呼ぶってことは……」
「君の想像通り、僕はレスさ。でも今はこの女に主導権を握られてて、こんな惨めな姿でしか主張できない身だけどね」
「主導権?」
「どうせ黙ってても、この女が僕の記憶から読み取って言っちゃうだろうからね。素直に白状するよ」
事態が飲み込めない華世たちへと、レスは説明を始めた。
擬態能力によって作り出した壁で孤立させたリン・クーロンを取り込んで、華世たちへと襲いかかったレス。
しかし激闘の末に華世とホノカによる電気攻撃を受けたことで、レスは致命的なダメージを受けることとなった。
その過程で地下道にあったあの巨体は崩れ果て、残ったのはリンの身体を構成する程度の体積だけ。
下水の流れからなんとか抜け出し、地上に脱出したあたりで変化は起こったらしい。
「たぶんあの電撃のせいだろうね。僕はこの身体を動かす主導権を失った」
「そしてわたくしは身なりを整え、このホテルで華世たちの帰りを待つことにしたのですわ」
話をまとめると、たしかに今のリンはレスの能力で作られた身体らしい。
けれどもその身体を動かすことができるのはリン・クーロンであり、レスは今のように端っこに喋る目を出すくらいしか動かせなくなったという。
「でも、だとしたらリン……あなた、人間じゃなくなったわけだけど」
「……そう、ですわ。わたくしのこの身体は、たしかに人間からはかけ離れたものになりました。でも、意外と便利ですのよ?」
そう言って備品として用意されていたリンゴを指差すリン。
次の瞬間、彼女の指が黒いトゲのような形状に変化してまっすぐに伸び、リンゴを貫いた。
そして指がもとに戻るのに連動して彼女の手元に引き寄せられるリンゴ。
そのままリンは刃物のような形状に変化させた指先で、リンゴの皮を剥き始めた。
包丁で切ったように剥かれ、切り分けられたリンゴを口に入れながら、リンはニッコリと微笑む。
「人間でなくなったことは、たしかにショックでした。けれども、華世たち魔法少女も言ってしまえば似たような存在ですわ。人間離れした強さを持ち、宇宙でも平気な身体。それを思えば、人間でなくなったことを悪く思うのは、あなたたちに失礼だと思いましたの」
「リン……」
「だからわたくし、この力を華世の役に立てるように使おうと思いましたわ。やっと、やっとわたくしも……足手まといなだけではなくなりましたから……」
そうやってしおらしい表情をする彼女の顔は、まぎれもなくリン・クーロンその人のものだった。
華世は疑うことをやめ、静かに変身解除の呪文をつぶやく。
ホノカも遅れて、変身を解除した。
「悪かったわね、リン。じゃあ後は、その目玉野郎を引っこ抜けば……」
「いっ……? 僕を、どうするんだい?」
「知れたこと。ドクター・マッドにでも頼んでねじ切って塩漬けにするとか、ケツに爆薬でも詰めて発破でもしてやるわよ」
「お待ちなさい、華世! この方も……被害者ですのよ!」
「被害者ぁ?」
この期に及んでレスを庇おうとするリンに対し、訝しむ華世。眉をしかめるホノカとウィル。
そんな三人を説得しようと、記憶から読み取ったというレスの過去をリンは話し始めた。
───Hパートへ続く




