第26話「裏返る黒い影」【Fパート 汚水の側の激闘】
【6】
華世は、過去のレスとの戦いを必死に思い返す。
学校と、アーマー・スペースでの2つの戦い。
その両方でレスを苦しめることができたのは、斬機刀の鞘から放った電撃攻撃。
(奴は水性の怪物……電気攻撃が効くのは理解できる。けど……)
過去二回の交戦の際は、レスは人間大の身体で戦っていた。
実際は別のところに本体があったのだろうが、瞬時に姿を消していたことを考えるとあまり大きくなかったのだろう。
けれども今、背後から追ってきているのは横倒しにしたキャリーフレームよりも大きいと思われる巨体。
そのすべてに電撃を浴びせるにしては、斬機刀の鞘だけでは電力不足だ。
(さっきから鉤爪、鉤爪とあたしばかりに執着している……だったら!)
華世は走りながら、思いついた作戦をホノカに耳打ちする。
彼女は本気か、と言いたげな表情を返してきたが、すぐ先のT字路で無理やり背中を押し、脇道へと方向を変えさせる。
「二手に分かれた? だったら鉤爪の方から先に仕留めてやるよ!」
(かかった……! 頼んだわよ、ホノカ……!)
別の道へと向かったホノカの事を信じながら、ひとりレスの追撃から逃げ続ける華世。
後方から放たれる光線は、狙いが正確なものだけを義手のビーム・シールドで弾き防御。
そのまま直角のカーブを曲がり、直進。
あの巨体でカーブを曲がるのは苦手らしく、その瞬間だけは距離を大きく離すことができていた。
「カーブで離そうとしているけど、そろそろ諦めたらどうだい? ペースが落ちてきてるよ! ヒャハハッ!」
レスの嘲笑の通り、華世の疲労は着実に蓄積していた。
突き当たったT字路を左折しつつ、胸を抑えながら全力疾走。
ここで距離を詰められるわけにはいかない。
(次を左に曲がれば……!)
不意に、華世の横を通り過ぎるように黒い影が壁に伸びていく。
直後、華世の足元を狙うように漆黒の刃が襲いかかる。
「ぐっ……!?」
とっさに回避したが、刃の一つが華世の生身である右足をかすめた。
ズキリとした痛みとともに鮮血が宙を舞い、身体が前へと倒れ込むようにバランスを崩す。
華世はとっさに義手の手首を射出。
正面の直角カーブにかかる柵を掴み、ワイヤーを巻き取りつつ体勢を立て直す。
そのままカーブを曲がり、脇目も振らずに走り続ける。
十分な距離が、とれた。
「華世ーーっ!! 準備、できてますよーー!!」
遠くから聞こえてくるホノカの声に、華世は斬機刀の柄に手を伸ばす。
そして数秒の疾走の後に、ホノカと合流。
彼女が差し出したケーブルを、華世は斬機刀の鞘へと素早く巻きつける。
ホノカが立っていた場所にあるのは、下水の水流を使った水力発電機。
そこに溜め込まれている電力が、鞘へと送電される。
「来ましたよ、華世!」
「ホノカ、あたしの後方を爆破! 勢いつけて飛ばしてちょうだい!」
「わかりました、行きますよ……! 1、2の……」
「「さんっ!!」」
ホノカの点火とともに、爆発を起こす華世の背後。
その爆風に乗って、こちらへ向かってくるレスの巨体へと突撃する。
「鉤爪っ!?」
「こいつで、痺れろやぁぁぁぁっ!!!!」
飛び出していたリンの上半身、その胴体へと勢いよく鞘ごと斬機刀を突き立てる。
直後に凄まじい光と、バチバチという電気エネルギーが空中を走る放電音が周囲へと響き渡る。
「「「ぐわぁぁぁぁぁっ!!?」」」
発電機から送られる高電圧を浴びせられ、悲鳴をあげるレス。
巨体の表面はボコボコと泡立ち、巨大な球体が次々と浮かび上がっては破裂する。
飛び散った漆黒の液体は汚水の河へと流れていき、ただでさえ腐臭を放っていた水が黒く濁っていく。
その間にもレスの巨体は泡立ち、どんどん膨れ上がっていく。
そして、耐えきれなくなった水風船が破裂するかのように、一気に溢れ出した。
「がぼごぼっ……!? お、溺れる……!?」
溢れ出した巨大な黒い津波に巻き込まれる華世。
水への恐怖で斬機刀から手が離れ、身体が流れに飲み込まれてしまう。
「華世、捕まってください!!」
差し出されるホノカの機械篭手の手。
華世は腕を伸ばし掴もうとしたが、その手は無情にも空を掴む。
けれども、華世は沈みつつもその場所を見失わなかった。
ダメ元でホノカのいる方向へと義手の手首を射出。
引っかかるような感触を頼りに、ワイヤーを巻き取った。
「えぇぇぇいっ!!」
一本釣りの如く、ホノカがワイヤー越しに華世を奔流から引き上げた。
そのまま足場に水揚げされ、その場でゲホゲホと口に入りかけた水を吐き出す。
「た、助かった……。ナイスよ、ホノカ……」
「よ、良かったぁぁぁ……」
波が引き、黒い水たまりが無数に残る足場にへたり込み、脱力するホノカ。
レスを仕留められたかは定かではないが、あのダメージの受け様であればすぐに回復することは無いだろう。
あとは現地のアーミィにでも任せれば、解決ができるはず。
決死の中で掴み取った勝利に、華世とホノカは金属のコブシ同士を打ち合った。
「ところで……ここ、どこでしょう?」
「必死で逃げてきたけど……確かに、出口はどこかしら」
勝利の余韻に浸る暇もなく、新しい危機の中に華世たちはいた。
───Gパートへ続く




