第26話「裏返る黒い影」【Dパート 黒き襲撃者】
【4】
「リンさーん! リンさーーん!!」
「ったく、世話のかかるお嬢様なんだから……!」
悪態をつく華世と共に、リンを探しまわるホノカ。
ここからさらにはぐれては元も子もないため、非効率を承知で二人一緒に行動をしている。
繰り返し電話もかけているが、相変わらず出る気配はない。
「まさかリンさん、オバケに襲われたんじゃ……!?」
「笑えない冗談よ、それ。……あれって、リンのカバンじゃない?」
華世が指差した先に落ちていたのは、散弾銃と携帯電話とともに鎮座する見覚えのある大きめのカバン。
急いで駆け寄り、散弾銃を持ち上げる華世。
ホノカも落ちていた携帯電話を手に取り、それがリンのものであることを確認する。
「荷物がここにある……でもリンはどこに?」
「華世、足音が近づいてきます」
路地の曲がり角の向こうから聞こえてくる靴音に、ホノカは警戒心を強める。
しかし現れた白いワンピース服姿を見て、それが杞憂だということに気がついた。
「あら……華世さん、ホノカさん。心配をかけましたわね」
「リンさん! よかった、何かあったかと……」
ニッコリと微笑むリン・クーロン。
胸をなでおろすホノカだったが……次の瞬間、華世がリンへと向けた散弾銃が火を吹いた。
いったい何が起こったのか、理解できないまま世界がスローモーションになる。
顔面の右半分が吹き飛び、後ろに倒れるリン。
銃口から煙を吹く散弾銃を握る華世は、非常に険しい顔をしていた。
「華世……!? どうして、どうしてリンさんを!?」
「落ち着きなさいホノカ、あれを見て」
華世が指差した先、飛び散ったリンの顔の残骸が黒ずんで地面に溶けるように消えていく。
同時に、顔の半分を失ったままゆっくりと立ち上がるリン・クーロン。
まるでホラー映画のゾンビのようなその動きに、ホノカは思わず「ひっ……」と声を漏らした。
「ひひ、ひ、ひどいですわね……。と、友達にむむ、向かって、撃つななんて……」
「下手な芝居はやめなさい、偽者。リンはあたしのこと、さん付けで呼んだことなんてただの一度もないのよ」
「そそ、それはリサーチ不足だったね。相変わらずの抜け目のなさだ、鉤爪の女と……シスター女」
欠けた部分から黒い塊が膨れ上がるようにして、元の形に戻るリンの顔。
口ぶりからするとこのリンの偽者、どうやら初対面というわけではなさそうだ。
「野暮な質問だと思うけど、リンをどこへやったの?」
「知りたいかい、鉤爪? あの女は、僕の中さ」
「中……ですって?」
「肉体情報を得るために取り込ませてもらったよ。おかげで、外見だけじゃなく記憶も貰えた」
「……ドリーム・チェンジ」
呟くような変身の呪文とともに、魔法少女姿へと変身し斬機刀を抜いた華世。
振るわれたその斬撃を、影から伸びるような鋭い漆黒の刃が受け止め、火花が散る。
「……この攻撃。あんた……レスね」
「御名答だ、鉤爪! お前たちに殺られてからの屈辱の日々、ここでお前たちの死を持って終わらせてやる!!」
※ ※ ※
次々と飛び出す漆黒の棘を、後方への飛び退きで回避する華世。
義足の蹴り上げと同時に、足裏からナイフを発射。
赤熱した刃がリン……もといレスの頬を掠めるも、その傷はすぐに修復され返す刃が華世を襲う。
「フレイム・シールド!」
いつの間に変身したのか、シスター姿のホノカが機械篭手の手のひらから炎の障壁を出しつつ前に出る。
熱気の壁に当たり、先端が消失する黒い棘。
華世はすぐさま義手の手首を曲げ、ビームをレスへと向かって放つ。
「容赦なさすぎじゃないか? お前たちの友達じゃなかったのか、このお嬢様は」
「お生憎さま、あたしたちは外見に惑わされて手心を加えるほど繊細じゃないの……よっ!!」
義足の装甲をスライドさせ、プラズマミサイルを発射する華世。
煙の尾を引いて飛翔する青光りする弾頭が、空中で影の刃に貫かれ爆発。
輝く煙の中から、レスが腕を大振りな刃に変えて飛びかかってきた。
「ホノカ、下がりなさい! このっ!!」
咄嗟に斬機刀を握り直し、斬撃を受け止める華世。
その横を、ホノカへと向かってレスの影が伸び、鋭い棘が彼女を狙って伸びる。
直後に発生する、石床を吹き飛ばす爆発。
後方から飛んできた瓦礫の雨へと、華世は咄嗟に振り向いてVフィールドを展開。
受け止めたそれらを身体ごと半回転させ、レスへと容赦なくぶっ放した。
「ホノカ、あたしを殺す気?」
「華世だったら平気でしょう。それより……」
土煙の中から、崩れた身体を修復しながら立ち上がるレス。
ここまでやってもなお、傷一つつけられている実感がない。
全身くまなく破壊しているはずなのに、まるで相手は弱点がないかのように振る舞っていた。
隙を見せないように正面へと二人で構えつつ、ホノカの小声に耳を傾ける。
(華世、あのリンさんに化けたツクモロズ……本当に影の怪物なんでしょうか?)
(……どういうこと?)
(私の炎で攻撃を受け止めたとき、ほんの一瞬ですが沸点に達した液体のように、泡立ちを確認しました。それに、影が熱で止められる……というのも妙な感じです)
(確かにね。なら、あいつが決して地から離れないのもヒントの一つかもね)
華世は過去に2回、レスと交戦していた。
思えばその時も彼は走りこそすれ、必ず片足が地についている状態を維持し続けていた。
そして、それは現在も例外ではない。
「ははぁーん……なんとなく読めたわ。あんたの秘密」
「秘密だって? なんのことかなぁ?」
リンの顔でニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべるレス。
彼が一歩ずつゆっくり歩み寄っている間に、華世は手早くホノカに指示を出した。
「何を企んでも……無駄だよっ!!」
「ホノカ、2点同時爆破!!」
華世の合図で機械篭手を打ち鳴らすホノカ。
同時に華世の前と後ろで、同時に爆発が起こる。
ひとつは、レスの足止めのための爆発。
もうひとつは……頭上に舞うマンホールの蓋を無理やり開けるための爆発。
「開きましたよ、華世!」
「さっさと飛び降りる!!」
地面にポッカリと口を開けたマンホールへと、ホノカと共に飛び降りる華世。
予想が合っていれば、この先にレスの弱点があるはずだ。
そうでなければ、敵に有利な閉所へと戦場を移すことになる。
これは華世たちにとって、分の悪い賭けだった。
───Eパートへ続く




