第3話「地球から来た女」【Dパート ドクター・マッド】
【4】
自動ドアをくぐり、目の前に広がるのは広々としたロビー。
平日の夕方にも関わらずに待合スペースに人が多いのは、この建物がコロニー・アーミィのオフィスとしての機能の他に、医療施設としての側面もあるからだ。
コロニー・アーミィは武力による治安維持という役割ゆえに、隊員が怪我をするのも日常である。
そこでいちいち別所の医療施設に搬送するよりは、基地そのものに病院としての機能を設けたほうが早いのである。
華世は咲良とともに、アーミィ業務担当の受付へと足を運ぶ。
二人の存在に気付いた受付の女性がペコリと礼をし、「ご用件をどうぞ」とスマイルを送った。
「えーと、葵咲良って言うんですが。今度の転任の」
「転任してきたんですね? IDカードの認証をお願いします」
「はーい。えーと、どこにしまったっけ?」
そう言いながらポケットから取り出した財布をゴソゴソとし始める咲良。
時間がかかりそうだなと思った華世は、先に自分の用事を済ませることにした。
「やっほ、チナミさん」
「あら、内宮さんところの華世ちゃんじゃないですか。ミイナさんは元気ですか?」
「元気すぎて困るくらいよ。そういえばあんたとミイナ、仲良かったわね」
「貴重な会える距離のアンドロイド友達ですからね」
「あんどろいど?」
ギョッとした表情で、咲良が受付のチナミを見る。
チナミの身につけた制服の胸には彼女の型番を示すIFT-173と刻まれた名札。
そしてよく見ると、首周りにには人工皮膚の境目である線が浮かび上がっていた。
「話には聞いてたけど、金星って本当にアンドロイドが普及してるんだ~……」
「と言ってもせいぜい人種の違いくらいしか無いくらい馴染んでるけどね。そうだチナミさん、ドクター・マッドに繋いでくれる?」
「ドクターですか? 少々お待ち下さい」
そう言って、キーボードをカタカタと叩き始めるチナミ。
話を聞いていたのか、不思議そうな顔で咲良が華世の顔を覗き込む。
「ドクターってだ~れ?」
「あたしの義手を作ってくれた人。言ってなかったっけ? あたし右腕が義手なのよ」
「義手!? ってことはあなたもアンドロイド?」
「失礼ね、あたしはアンドロイドじゃなくてサイボーグ。アンドロイドは100%メカなやつを指すのよ」
「へ~、そうなんだ。あったあった……は~い、IDカード」
咲良が受付の窓についている装置にカードをかざすと、シャラーンといった電子音が鳴り、青いランプが点灯した。
これで情報がコンピューターに行ったのだろう。
パソコンの操作を終えたチナミが振り向き、華世と咲良にそれぞれ1枚ずつ書類を手渡した。
「咲良さん、申し訳ありませんが現在配属先の隊長が会議中でして、一時間ほどお待ち頂いてもよろしいでしょうか?」
「はい、わかりました~。一時間か……ど~しようかな?」
「一時間も暇するなら、あたしと一緒にドクター・マッドに会いに行く? アーミィに勤めるんなら、どうせそのうちお世話になるんだし」
「ン~……そうね。じゃあ一緒にいこっか~」
「じゃあ、チナミさん。またね」
受付にお別れを言った華世は、咲良を先導するかたちでエレベーターホールへと歩き始める。
向かう先は地下8階、先進研究区画だ。
※ ※ ※
咲良は、身を震わせながら華世の後ろを歩いていた。
身体が震えるのは廊下がやや肌寒いのもあるが、廊下が薄暗い壊れかけの照明だらけで不気味なのもある。
長い廊下の突き当りの部屋。華世がドクターと呼ぶ人間の仕事場は、そこにあった。
「華世ちゃ~ん。なんでここ、こんなに不気味なの~……?」
「この階で働いてるのはドクターくらいだし、多少見てくれが悪くても文句が出なきゃこんなもんよ」
華世が扉をノックし、中に入る。
細長い部屋を更に狭くするように並ぶ棚の間を、体を横にして進む咲良。
視界に入るのは、骸骨や人体模型を始めとした不気味な物体の数々。
棚のガラス戸越しに、容器に入った目玉と目が会い、思わず「ひっ」と声を漏らした。
「あー……ドクター・マッドって大の臓器マニアだから、気にしないほうが良いわよ」
「臓器マニアって、華世ちゃんは大丈夫なの?」
「人間、なんでも慣れるものよ。ドクター、来たわよー」
華世が呼びかけると、部屋の隅のカーテン越しに人影が立ち上がる。
カツカツと無機質な靴音を鳴らしながら歩いてくるドクター・マッド。
カーテンを抜けて現れたその姿を見て、咲良は仰天した。
「ドクターって……女性の方?」
華世がドクターマッドと呼ぶ人物は、銀髪のサイドテールが可愛らしい、若い大人の女性だった。
怪しげなモノクルと目の下の深い隈こそ不気味であるが、顔立ちも客観的に見て美人。
前を開いた白衣の下から見える身体は、なかなかスタイルが良さそうだ。
自分の貧相ではないが並な体つきを見て、敗北感を感じる咲良。
「私がドクターマッドだのなんだの呼ばれている、訓馬円佳だ。華世くん、こちらは新しいお友達かな?」
「ええと、私は本日よりこのコロニーへと転任になりました、葵咲良であります!」
「肩の力を抜いていい。私は上下関係というやつが苦手だ。コーヒーでも飲むかい?」
「あ、じゃ~お言葉に甘えて……」
狭い部屋の中においてある縮こまった椅子に座る咲良。
コーヒーメーカーからどす黒い液体を注いだドクターが、彼女にマグカップを手渡した。
(趣味わる~い……)
持ち手にドクロがあしらわれたカップにしかめ面をしながら、咲良は覚悟を決めてコーヒーに口をつける。
意外にも、そのコーヒーは色に似合わずクリーミィで苦味が薄かった。
※ ※ ※
「……で、華世くんは何か用事かな?」
「ああ、義手のことなんだけど」
肩の力を抜き、つなぎ目の辺りを左手で抑えながら右腕を動かす。
バキッという音とともに外れた右腕に咲良が一瞬ギョッとした表情をしたのも気にせず、ドクターに義手を手渡した。
「人工皮膚の補修と、肘のあたりのベアリングが割れたって結衣が言ってたから、直してちょうだい」
「お安い御用だが……久しぶりに観るなら他の部分も見たいな。弾の補充もするから1時間くらい待ってもらうがいいか?」
「1時間ね……まあいいわ。適当に時間を潰しておくわ。あと、それと……」
咲良に見えないように華世はこっそりとカバンから、魔法少女に変身するためのステッキを取り出し、ドクターに手渡し要件を伝える。
その要件とは、ステッキを義手に内蔵すること。
ステッキを家に忘れたり奪われるなどのリスク、それから普段からコソコソとファンシーなステッキを持ち歩く手間を考えると、常に華世と共にある右腕に内蔵するのが合理的である。
ミュウには激しく反対されるだろうが、彼が華世から離れたところでハムスターに徹している今のうちに既成事実にしようという魂胆だった。
そして、付け加えるようにもうひとつ。とある武器の調達もついでにと円佳へ頼み込む。
「……わかった。終わったらアナウンスで呼ぶからな」
「はーい。じゃあ咲良、時間潰さないといけなくなったから一旦出ましょっか」
「え、ええ……。あ、ドクターさん。コーヒーごちそうさまでした~」
「円佳でいい。またな」
挨拶を交わす咲良の手を左手で引き、華世はドクターの部屋を出ていった。
───Eパートへ続く




