第25話「決別の日」【Fパート スパイの正体】
【6】
すっかり暗くなった夜更けの住宅街。
外灯に照らされた歩道を、一人の少女がスキップする。
「ふん♪ ふん♪ ふん♪」
その背後を追う、黒い人影。
追跡に気づいてないかのように、公園で足を止める少女。
彼女が立ち止まったのを確認したのか、後を追っていた人物が懐から消音器つきの拳銃を取り出した。
ピストルから伸びる赤いレーザー・サイトが少女の心臓の位置へと、徐々に動く。
そして狙いが定まった瞬間に、銃声が響いた。
「くっ!?」
弾丸に弾かれ、男の手から拳銃が落ちる。
引き金を引いた張本人の咲良は物陰から飛び出し、両手を上げる人物へと拳銃を向けた。
「両手を上げて!」
「…………」
「前に来て。顔を見せなさい」
男が一歩、また一歩と暗闇から光の中へと歩み出る。
陰の中から現れた見知った顔に、咲良は苦い顔をした。
「まさか、君に邪魔をされるとはね。咲良」
「嘘だと思いたかった。けど、これが真実なんでしょう? ツクモロズのスパイ……楓真くん」
長い間、アーミィを内側から悩ませていたスパイ。
その正体は、咲良がアーミィ内で最も親しかった人物。
常磐楓真、その人だった。
「囮だなんて手を使うとはね。狙撃されたらどうするつもりだった?」
「あの子はELの変装。本人はいま、安全な場所で保護してもらってる」
「そうか。君に気を許しすぎたのかもしれないね。……どこで僕の正体に気付いた?」
「きっかけは……ヒュプノス事件のとき。あの時、無事だった私達いがいの人間は、連絡したくても何もできない状態だった。けど、あなたはそんな中で私に……欠勤のメールを送っていた」
咲良に言われ、ハッとした顔の後に呆れた表情をする楓真。
その感情は恐らく咲良にではなく、詰めの甘かった楓真自身への嘲笑なのだろう。
「マジメを気取りすぎてしくじるとは。我ながら情けないね」
「思い返せばあなたは、ツクモロズが相手の時に積極的に戦闘をしていなかった。……いったい、いつからスパイだったの? クーロンに来てから?」
「最初からさ。研究衛星の木星圏への飛来、灰被りの魔女への基地襲撃。事件の後のクーロンへの移籍。すべて、僕らの計画の内だった」
「そんな……」
「活動は容易だったよ。君という知り合いのおかげで、魔法少女に近づくのも信頼を勝ち取るのも楽だったさ。ま、そんな君にこうやって暴かれたわけだけどね」
悪びれもせず、涼しい顔で話す楓真。
その顔は確かに、仕事をする時の彼。
つまり、こうやって推定ヘレシーだった少女を闇夜の中で暗殺しようとしたことは、彼が与えられた役割だったのだ。
「どうする? その拳銃の弾で僕を討ち取り、亡骸を抱えて凱旋するかい? 親しい人物を撃ち殺し、正義を成したってお涙頂戴の表彰でも受けるのかい?」
「くっ……」
「できないよねえ、君じゃ。君は優しすぎる」
「本当に、撃つわよ……!」
「撃てない。まあ、撃ったとしても効かないけどね。僕は……人間じゃないからな!」
上げられていた楓真の両手、その指の間にキラリと光るものに咲良は目を気が付いた。
金色に輝く、いくつもの正八面体。
ツクモロズを呼び出し、その核となる核晶。
それらが楓真の腕の一振りによって辺りにばら撒かれると共に、地響きが咲良をよろめかせる。
直後、闇の中に現れる巨大な影と真っ赤に光るモノアイ。
3機もの〈ザンドール〉が、咲良を一瞬で取り囲んでいた。
「まさか、ツクモロズ……!」
「呼びなよ、君のマシンを。キャリーフレーム乗り同士、生身を潰して終わりじゃあ芸がないからね!!」
黒に染まった空の一角が輝き、楓真を迎えに来たかのように彼の〈ザンドールR〉が地に降り立つ。
咲良は走ってELと合流。
携帯電話を手に取り、声を張り上げる。
「CFFS、降下位置設定! 来てっ、〈アーク・ジエル!〉」
数秒もしないうちに巨大な機影が空から舞い降り、咲良を受け入れる為にコックピットハッチが開かれる。
そのままELと一緒に搭乗し、起動シークエンスを開始。
一連の動作が終わるまで、律儀に楓真と護衛のキャリーフレーム群は、攻撃もせずに待っていた。
(これは舐められている? それとも私のことを思って……? どっちにしても……やるしか!)
ディスプレイに光が灯り、駆動音を唸らせる〈アーク・ジエル〉。
戦闘可能を感じ取ったのか、〈ザンドール〉の1機がビーム・アックスを握り飛びかかって来た。
咲良は即座にビーム・フィールドを展開。
光の刃を受け止めつつ、ビーム・スラスターを噴射。
勢いのままに敵機の前面をフィールドで焼き、スラスターを噴射し押し返す。
ふっ飛ばされた敵機の残骸が公園の噴水をなぎ倒し、吹き上げられた水があたりに撒き散らされていく。
「地上で戦ってたら被害が大きくなっちゃう……上昇しなきゃ!」
機首を上げ、空に向かって飛び立つ〈アーク・ジエル〉。
その後を追うように、2機の〈ザンドール〉が大地を蹴ってスラスター炎を燃やしながら飛翔した。
『やるね、咲良。だが、こいつはどうかな!』
「楓真くん……くっ!」
接近してきた〈ザンドール〉の腕が一瞬輝いたかと思うと、次の瞬間にワイヤーが射出される。
ビーム・フィールドにぶつかったワイヤーが激しくスパーク。
バリアーを形成するエネルギーが凄まじい速度で減少した。
「この武器は……〈ガレッティ〉の!?」
『ツクモロズに支持を出せる存在が近くにいれば、部分的な組み換え程度は造作も無いのさ!』
「咲良、エネルギー危険域です! フィールドの出力大幅低下!」
「EL、フィールドを解除! 出力を超短距離に設定しつつ、前方に向けてビーム・スラスターを一斉射!」
フィールドの解除で一瞬、前につんのめるようにバランスを崩す2機の敵。
その隙をついて、巨大な翼を翻すようにビーム・スラスターの銃口が前を向く。
回避運動に移ろうとする〈ザンドール〉だったが、光弾が発射される方が早かった。
ビームの雨あられを喰らい、全身に赤熱した被弾跡を浮かばせる敵機。
一瞬、機体が膨らむように変形し直後に爆散した。
「やったっ……!」
「咲良、レーダーに感! ガンドローンです!」
「楓真くんの……!? ああっ!」
気付いた頃にはすでに遅かった。
数機の小型浮遊ビーム砲から放たれる細く輝くレーザー・ビーム。
その光の交差が巨大な〈アーク・ジエル〉の翼を溶断し、機械の天使から羽を奪う。
ガクンと、浮力を失い落下を始める機体。
的確に、飛行に必要なパワーを奪われたようだった。
「EL、立て直して!」
「推力低下、エネルギー不足で無理です! それに……まずいですね。楓真さんの機体、味方識別になってます」
「ええっ!?」
敵味方識別は、現代のキャリーフレーム戦において重要な要素の一つである。
味方への誤射の防止は勿論、パイロットを保護するクロノス・フィールドの発生にも関わるのだ。
マニュアルの権限部分を広げることで味方を撃つことは可能になるが、クロノス・フィールドの発生の操作は難しい。
味方から攻撃される事はないという前提で組まれているシステム故に、味方識別のまま襲いかかってくる敵というのは、最大の脅威なのだ。
「アーク・ユニット、解除して!」
「解除了解! ですが咲良、敵機すでに接近中です!」
正面からビーム・アックス片手に突っ込んでくる〈ザンドールR〉。
ユニットのパージで前方向に慣性が乗っていた〈ジエル〉に衝突を避けることはできない。
咄嗟に機体の右腕をビーム・セイバーに伸ばそうとするが、相手の斬撃のほうが早い。
腕を溶断されたジエルは空中でバランスを喪失。
トドメとばかりに斉射されたガンドローンの光線群を、落下しながらモロに喰らうこととなった。
───Gパートへ続く




