第25話「決別の日」【Eパート 菜乃羽のママ】
【5】
「ということは、咲良さんはママと友達だったんだ?」
「友達というか、憧れのお姉さんって感じかな~? 私の忘れ物を届けてくれたのが……」
「忘れ物じゃなくて、落とした高校入試の受験票だよ。咲良は妹と一緒に血眼になって探し回ってた」
「そうそう! 懐かしいな~。その後にお礼ってことで食事して仲良くなってね。いつの間にかお互いに悩みを相談したり、一緒に遊びに行くようになったよね!」
砂糖多めの甘い紅茶に舌鼓を打ちながら、咲良は懐かしき学生時代の日々を思い出す。
偶然にも家が近所だったこともあり、カラオケに遊園地、ショッピングに映画鑑賞など。
大人の女性と学生という垣根を超えた友達……いや、親友と言っても差し支えないほど咲良と琴奈は深い仲だった。
「琴奈はすごいよね。もう十年くらい経つのに全然老けてない!」
「咲良、そう無理に褒めなくてもいい。ここの食事代以外は、何も出さんぞ?」
「ううん、本当にそう思う! 肌もツルツルなままだし、まるで時が止まってるみたい!」
「時が……か」
照れているのか、視線をそらす琴奈。
彼女の隣の席で暇そうにしている結衣にふと気づき、咲良は彼女の好きそうな話題を振ることにした。
「そういえば、彼氏さんとはどうなったんですか? 確か、磯凪さん! ほら、よく電話で恋愛相談、私にしてましたよね」
「彼氏か……」
単語を聞いて一瞬色めき立った結衣の表情が、瞬時に陰る。
なぜなら、話を振られた琴奈が悲しそうな表情でうつむいたからだった。
「磯凪は……国己は9年前に亡くなったよ。事故……そう、あれは事故だった」
口をつぐむ琴奈。
彼女の言った9年前という言葉が、咲良の中に残っていた謎に答えを示した。
あんなに仲が良かったのに、突然の音信不通。
同時期に妹、紅葉を喪った咲良はその悲しみを癒やしてもらいたかった。
しかし、それは叶わなかった。
その理由が今、彼女もまた最愛の人物を喪ったからだということに、今ようやく咲良は理解した。
「それは……辛かった、よね。うん。でも、琴奈が生きててよかった。あの時、琴奈の家の近くで女性が首を吊ったってニュースでやってたから、もしかしたら琴奈かも……って思ってたから」
「確かに辛い思いをした。けれども今は、菜乃葉がいるから」
少し、穏やかさを取り戻した表情で菜乃葉を見る琴奈。
菜乃葉はというとお手拭きペーパーで折り紙をし、出来上がった鶴を杏に渡していた。
無邪気に喜ぶ杏、一緒に笑う菜乃葉。
彼女のこの笑顔はきっと、一度は失われ、けれども琴奈が取り戻すことができた笑顔なのだろう。
しんみりした空気が流れる中、ずっとおとなしくしてたカズが口を開いた。
「ひとつ聞いていいッスか? 琴奈さんは、なんのお仕事をしているんスか?」
「仕事? フフ、他人の詮索をするには時間が早すぎるんじゃないか、カズくん」
「ッスよね……」
閉口するカズ。
情報屋として聞きたかったのだろうが、琴奈の大人の雰囲気で断られ撃沈。
けれどもその質問は重い空気にメスを入れるという意味では、大活躍だった。
ゆるくなった雰囲気の中で、琴奈が咲良に視線を向ける。
「咲良は確か……コロニー・アーミィだったよな。時勢的に、ここでのんびりしててもいいのか?」
「大丈夫です。コロニー内ならどこでも出撃できるシステムがありますから。むしろ支部長いわく、戦闘の主力たる私達こそ気を張りすぎてダウンしないように日常に努めよって」
「いい上司だな。そういえば、この間のヒュプノス事件の時、大変だったんじゃないか?」
「ヒュプノス事件……ああ、この前の!」
琴奈が言っているのは、このクーロン・コロニーに住むほぼ全住人が意識を喪った、ツクモロズが起こした事件だ。
無事だった杏たち魔法少女と、何故か無事だった咲良と支部長の手によって解決した、とても危険な状況だった戦い。
「私もあの時、知り合いに助けをと連絡をしようと思ったが……指の一つも動かせずじまいだったよ」
「みんな大変だったみたいよね~。……あれ?」
ふと、思い当たった違和感。
ヒュプノス事件の中で起こった事柄が、咲良の中でグルグルと渦巻きだす。
(あの時……なんであの人は? どうやって?)
欠けていたピースがピタリとハマるように、咲良の中で論理が、事実が繋がっていく。
(思えばあのときも……あの時も)
思い返せば返すほど、疑い始めれば輪郭を帯びてくる確かな違和感。
(まさか、でも、だけど……)
その謎がすべて、一つの結論が答えならば解けてしまう。
わかってしまう。
知りたく無かった可能性。
アーミィに潜む、スパイの正体に。
咲良はいま、たどり着いてしまった。
───Fパートへ続く




