第25話「決別の日」【Dパート 書類仕事】
【4】
タブレット端末の中にあるデータを一つ開く。
開かれた白地の書類に記されているのは大きな「損害報告書」の文字と、桁を数えるのがウンザリする金額。
内宮は眉をピクピクさせながら、タブレットの中に踊る文字を、キーボードで打ち込んでいた。
「んがぁーっ! なんでこの時代に手打ちせなあかんねーーんっ!!」
髪をかき乱す内宮の隣で、叫びを聞いたELが咲良の席からひょっこりと覗き込んできた。
小学生くらいの少女ボディには椅子が低すぎるためか、彼女の尻の下には咲良の私物らしい箱が上げ底代わりに積まれている。
「仕方ありませんよ、内宮中尉。先日の集団昏睡事件、ヒュプノス事件は範囲がクーロン全域ですから、被害者は全部で57万8941人。その中でも丸一日間も人が動けなかったことで発生した損害は全部で……」
「ああもう、具体的な実数値は言わんでええわ。気が滅入る。わかっとるわ、フォーマットも形式もバラバラやから、データで一括ていかんことくらいわ。……うん、うち中尉やったっけ?」
「昨日の査定で昇格が確定してました。5時間12分31秒後に追って連絡があるそうです」
「ELぅー……あんさん、もっと人の気持ち考えて物言いや。後で褒められるで、って予め言われたら嬉しさ半減やわ」
「そうですか」
表情一つ変えずに、再びカタカタとキーボードの音を響かせ始めるEL。
咲良は「ヒュプノス事件」と名付けられた先日の事件の解決に尽力した功労者ということで、この書類仕事から外れることに関して、一切のお咎めはない。
「せやけどEL、あんさん咲良んとこ居らんでええんか? スクランブルかかったら機体動かされへんやろ」
「ご心配なく。基地内にいればローカルネットワーク経由で〈ジエル〉への私のデータ転送はコンマ027秒で可能ですから」
「せや、か」
冷静を通り越して、少し冷たい口調。
普段の仲を見る限り、咲良に置いていかれたのが相当に不服なようだ。
作業再開したELに合わせて、再び手を動かし始める内宮。
ひとつ、また一つと書類の内容を入力し終え、終わった書類の数の末尾がゼロになった頃合いで、内宮は痛み始めた手を止めた。
「一旦休憩や休憩! このままやと指がもげてまうわ!」
「大変そうだな、内宮千秋」
「おっ?」
背後から呼ばれて振り向くと、そこに立っていたのは赤い長髪のスーツ姿。
記憶では妹探しに宇宙に飛び出したはずのナインが、休憩スペースのソファに座ってコーヒーを飲んでいた。
「ナイン! 帰ってきとったんか!」
「つい今しがたな。葉月華世の事とか報告したくて顔を出しに来たんだ」
「華世と会うたんか! 元気しとったか?」
内宮は席を離れ、ナインの座る正面のソファに腰掛ける。
手を休める間に華世の事が聞けるなら、これ以上の休憩は無い。
ところが、ナインはELと同様に人の気持ちに配慮するのが苦手である。
敵の手に落ち拷問、後の決死の脱出劇の下りを聞き、内宮の精神はドンヨリすることになった。
「結果的に無事やし、巡礼も半分済んでるならええんやけどな。……そこはこう、拷問されたとかはオブラートに包んでくれへんかったんか?」
「報告だから事実を脚色なく伝えるのは大事だろう」
「あー、せやな。あんさんはそないな奴やったな」
「ふーむ……?」
何で責められているのか理解できてなさそうに首を傾げるナイン。
とにかく内宮は、華世が特に後遺症なく元気だという事実だけを受け取ることにした。
「それで……最後に言っとった奪ったキャリーフレーム、えっと〈エルフィスサルファ〉やったっけ。それ、どないしたんや?」
「〈アルテミス〉の格納庫には入らないからと、私が預かって小型艇で持って帰ってきた。今はこの基地の格納庫で整備を受けている」
「クレッセント社がV.O.軍に回した欠陥機か……その火器管制と連携できひんっちゅう問題さえ解決できたらエエ戦力になりそうやな」
「どうなるかは整備員次第だろう。私は引き続き、妹達の行方を追う」
「取り戻せるとエエな」
去っていくナインに気休め程度の言葉をかけ、デスクに戻る内宮。
華世たちが頑張っている以上、負けてはいられない。
気合を入れ直した内宮は、再びキーボードを掻き鳴らし始めた。
───Eパートへ続く




