第25話「決別の日」【Cパート 咲良と結衣】
【3】
カズの案内で目的地に向かう道すがら。
横断歩道の前で赤信号に足を止めたタイミングで、咲良はカズへと質問を投げかける。
「カズくん。二人を呼んだ用事って、何なのかな~?」
「そう大した用事でも無いッス。ナノがお世話になってる人に、二人を紹介したいだけらしいッスから」
「ナノって確か……菜乃葉ちゃんって名前だったっけ? 杏ちゃんから話は聞いてるよ~。確か、立派な情報屋をやってるんだってね?」
「ッス。オイラと違ってナノは孤児だったッスけど、今から会わせる人に拾ってもらってまともな生活が出来てるらしいッス」
孤児になった理由は詮索しないが、子ども一人を引き取って育てるという偉業。
それを成し遂げている立派な人とあれば、咲良はひと目見てみたいなと興味が湧いた。
日ごろ内宮からよく聞かされた、華世を引き取ったばかりの苦労話。
血のつながらない大人と子供が、本当の家族になるまでの大変さは聞きかじりだがよく理解している。
「立派な人なんだね~。ん? 結衣ちゃん、どうしたの?」
別方向への青信号が点滅し始めたタイミングで、咲良は結衣が険しい顔で見つめ続けていることに気がついた。
信号が青に変わり歩き始めた頃合いに、結衣がようやく口を開く。
「咲良さん、ずっと聞きたかったんですけど……楓真さんとの関係って……どうなったんですか!?」
「えっ? 関係って?」
「とぼけないでください! 今日もふたりで阿吽の呼吸! 私、見てたんですよ!」
「関係って別に……私たちはそんなじゃ」
「……私。楓真さんのこと、好きだったんですよ」
ポツリと、歩きながら結衣が呟く。
うつむく少女の告白に、咲良は「え……?」という間の抜けた声しか出せなかった。
「わかってました、叶わぬ恋だって。私は子どもで、あの人はオトナ」
「結衣ちゃん……」
「私がいくら接点を作ろうと頑張っても、いつも楓真さんはあなたの隣で微笑んでいた。当たり前ですよね。咲良さんは幼馴染で仕事仲間ですから」
「でも、楓真くんは別に」
「私だってわかりますよ、女ですから。楓真さんの心は、あなたに向いてるって! 私が隣に立てないならせめて……咲良さんは楓真さんと幸せになってくださいよ!」
語気を荒げる少女の、精一杯の主張。
咲良の中に、全く楓真への想いが無かったわけではない。
ただ、長く一緒に居すぎた。
気を許せすぎる間柄だから、その感情を認められなかったのかもしれない。
「結衣ちゃん」
「何……ですか?」
「物事にはね、タイミングってものがあるの。私もいつか楓真くんと一緒に暮らせたら……なんて、よく思ってた。だから、きっと結衣ちゃんの期待に、応えてあげられると思うよ」
「……本当ですか?」
「本当。言われてハッと気づいた。こんなご時世だし、いつ会えなくなるかわからないもんね。だから近いうちに絶対、私は楓真くんに想いを伝えるよ」
半分は、涙目の彼女を安心させるための口約束。
もう半分は、踏み込めなかった自分の気持ちへの確かな覚悟。
今度の休日に、お出かけに誘ってみよう。
そして、一歩先に進んでみよう。
咲良は、その背中を押してくれた少女へと、確かな「ありがとう」を伝えた。
「おーい、こっちだよ!」
「ナノちゃん!」
気がつけば、目的地の近く。
喫茶店のテラス席で手を振る菜乃葉のもとへと、結衣と杏が駆けていく。
その後を追って、咲良とカズも合流。
揃った皆へと、菜乃葉がニッコリと笑顔を向けた。
「ボクの呼びかけに来てくれてありがとう!」
「ナノちゃん、この人が?」
「そう、ボクのママだよ!」
菜乃葉の手に合わせて、パラソルの陰にいた女性が立ち上がる。
一礼した彼女の顔を見て、目を見開く咲良。
「君……泣いていたのか?」
「えっ……大丈夫だよ。ちょっと、ちょっとね」
見知らぬ女性に尋ねられ、すこし怯えた表情を浮かべる結衣。
しかし、立ち上がった女性は結衣の目尻に溜まった涙をそっと指で払い、頬の涙をハンカチで拭った。
整ったキレイな顔立ち。
サラリと伸びた美しい茶髪。
何年も前に見た、知っている表情。
「もしかして、菜乃葉ちゃんのママって……琴奈?」
「おや、そう言う君は……まさか咲良か?」
思わぬ再会が、そこにあった。
───Dパートへ続く




