第25話「決別の日」【Bパート アーミィの午前】
【2】
玉座の裏にそびえ立つ、光の柱。
集まったモノエナジーの総量を表すその輝きは、みるみる内に高さを増していく。
誰も座っていない玉座の隣で偉そうにしているバトウを、フェイクは白け顔で段の下から見上げていた。
柱の光を見たチャーラが、ヒュウと口笛を吹く。
「半年そこらでココまで来るなんて、今回のリーダー様は中々やるジャーン?」
「フォッフォ! ザナミ様のお力があれば、これくらいは!」
「考えたものだね。人間同士を争わせ、その兵器のひとつとして核晶を提供するなんて」
チャーラの隣のピエロ、がザナミを褒め称える度に顔をニンマリさせる老人バトウ。
けれども、この状況はフェイクにとって何一つ面白くはなかった。
苦々しい感情を表に出す代わりに、ドンと床を強く踏み鳴らす。
「爺さんにピエロども、こんなので本当にいいのかい?」
「こんなの、ですじゃ?」
「私らと同じツクモロズ達が人間の道具として使い捨てられてるんだよ? しかもあの魔法少女どもともロクに戦わずに、だ!」
「楽ができるのは、いいことジャーン?」
「くっ……!」
連中との根本的な価値観の違いに、フェイクは歯ぎしりをする。
フェイクが求めていたのは、憎き鉤爪の女……華世たちとの命を張った戦いだった。
そのためにこのツクモロズの基地で長い時間を力を高める修行に費やしたし、不和を生み出さぬために言うことを聞き続けてきた。
けれども、待てど暮らせどその力を発揮する機会は来ない。
それどころか最近は、リーダーのザナミの姿すら基地内で見かけることが少なくなっていた。
確かに、ツクモロズという組織としての目標……その達成には近づいているのだろう。
しかし、それが敵対者たる人間たちによって与えられた恩恵。
何もせずに燻っているがままに得られているのが、心底腹立たしかった。
「でもさ、そろそろ君ん所のアッシュ君が動くんジャーン?」
「アッシュが? あのスパイ野郎が何をするってんだい?」
「我らと同時にアーカイブツクモロズとして蘇りながら、人間のもとへと下った裏切り者の始末さ」
「裏切り者……たしか、ヘレシーとかいうガキか」
一度も顔を見たことがないが、そういう名前の少女型ツクモロズが行方をくらませたという話は聞いている。
それがまさか、人間の味方をしているとは。
「勘違いするんじゃないジャーン? 俺達は今はウラカタ。最終目標のために一つずつ問題を潰すのが仕事ジャーン!」
「そうじゃ。いずれザナミ様より勅命もいただくじゃろう。その時までフェイク、ゆめゆめ変な気など起こさぬようにな」
老人に釘を差され、拳を握りしめながら頷くフェイク。
何もできないままの日々は、まだまだ長くなりそうだった。
※ ※ ※
「寿命、だな」
「じゅ、じゅみょう!?」
ミュウの検査を終えたドクター・マッドの口から出た言葉に、杏が驚愕の声を上げた。
その結論に納得の行かない内宮は、ずいと前に出てドクターへと詰め寄る。
「寿命て……まどっち、ミュウはまだ子供やったやろ? そんなまさか……」
「人間体だった時のことは知らないが、少なくともこのハムスターとしての身体には老衰が表れている。私見だが、ハムスター体になったことで寿命もハムスターレベルになったという線もあるやもしれんな」
ハムスターの寿命は、おおよそ2~3年ほどだという。
少年の姿としての年齢とハムスターとしての年齢がどのように関わったかは不明だ。
しかし、ドクター・マッドがそう言う以上は、そうなのだろう。
「じゃあこのままミュウは死んじゃうんですか!?」
「いや。これが普通のハムスターであればそう言うだろうが、彼は貴重な魔法界隈に精通した人物。それにその死が何に影響するかわかったものではない」
「これでミュウ死んだ結果、華世たちが変身でけへんくなって戦えんようなったら……それこそ大事やしな」
内宮としては妹、あるいは娘同然の華世が危険な戦いに出なくなるならばそれで良いとは考えている。
しかし、華世本人の気持ちとツクモロズとの戦いでの依存度を考えると、親目線の感情だけでは片付けられないほどにコトは大きくなっていた。
「打てる手はこちらで打っておく。しばらく預かることになるが、いいな?」
「お願いします! えっと、ミュウはおやつの時間にヒマワリの種あげると喜ぶから、忘れないであげてね!」
「覚えておこう」
ミュウをドクターに預けたまま、研究室を出る内宮と杏。
不安で押しつぶされそうになっていた彼女の顔には、少しの安心感が戻っていた。
彼女は短い付き合いなれどミイナと一緒に世話を焼いていたのだから、ミュウが心配な気持ちは痛いほどによくわかる。
しかし、少し俯きかけの杏の顔は一階に着いたエレベーターの扉が開くとともにパアッと明るくなった。
「杏ちゃーん!」
「結衣センパイ! どうしてここに?」
「ミュウくんが危ないって聞いて心配して来ちゃった。それで、どうだった?」
「博士がなんとかしてくれるって!」
手を繋いでピョンピョン跳ねながら会話する二人。
魔法少女の力を持つ者同士の微笑ましい風景に和んでいた内宮は、ふと彼女たちの後ろにいる少年に気がついた。
「あんさん、確か華世がよう依頼してる……」
「和樹ッス。ナノ……いや、知り合いから二人を呼んできてって言われたッスから、センパイと一緒に杏さんを呼びに来たんスよ」
子供たちには子供たちなりの忙しさがあるらしい。
けれども内宮には、今の情勢で魔法少女がいるとはいえ子供たちだけで外に居るのには、少し心配があった。
前回のツクモロズによるコロニー全域の人間を無力化させる作戦。
後に「ヒュプノス事件」と名付けられた現象の中に、明らかなV.O.軍の関与が確認されたことで、連中への警戒度はかなり高まっていた。
魔法少女である杏や結衣の命を狙って、V.O.軍が人道に反した手段を取らないとも限らない。
いかに人間兵器と認められようとも、杏たちは華世やホノカほどのフィジカルや覚悟はないゆえに、それが心配の種だった。
「……とはいえ、うちは今日は書類仕事が溜まっとるしなぁ」
「それじゃあ、私が行きましょうか~?」
「おん?」
背後から聞こえた呑気な声に振り向くと、そこには咲良の姿。
見慣れたアンドロイド体でお辞儀するELの隣で微笑む彼女へと、内宮は顔を近づける。
「……体よく書類仕事サボろ思うとるんちゃうやろな?」
「まっさか~? これからパトロールに出るので、その一環で面倒を見てあげようという親切心にひどいですよ隊長! ね、楓真くん!」
「安心してくださいよ。彼女の分の仕事は、僕とこのアンドロイドちゃんがやっておきますから、さ」
いつの間にか近くにいた楓真にそこまで言われては、頑固になりきれない。
心配で困っていたのは確かだし、と内宮は自分を納得させて任せることにした。
「まあ、ELが代わりに仕事するならええか」
「はい。咲良よりも優れた速度で作業を完遂してみせましょう」
「も~! ELも隊長も、私のこと信用なくないですか!?」
「そりゃあだって、咲良は咲良だからねぇ」
「楓真くんまで! ひっど~い!」
ハハハと笑い合うハガル小隊のメンバー。
戦争に近い雰囲気で空気がピリついている中、こういった笑い会えるふとした日常の瞬間。
その幸せを、内宮は確かに仲間と噛み締めていた。
───Cパートへ続く




