第3話「地球から来た女」【Cパート 出会い】
【3】
ガションガションという機械脚の歩く音が、公園で停止する。
車輪の代わりに二本足で走行する二脚バイクに座ったまま、周辺の景色を見渡すスーツ姿。
「う~ん、困ったな~」
弁当代わりに持参していた菓子パンを頬張りながら、葵咲良は後頭部をポリポリと掻いた。
道に迷ったときは携帯電話の地図アプリで目的地へのルート検索をするのが筋であるが、肝心の端末はバッテリー切れ。
こんなことになるなら宇宙船の中で携帯電話を使い続けるんじゃなかったと、過去の自分に対して叱責をする。
「う~ん、う~ん?」
初めて来た街で景色から現在地を割り出せるほど、咲良の頭脳は便利ではない。
こうなったら誰かに道を聞くしか無いかと、話しかけやすそうな人が居ないかと辺りを見渡した。
ここは児童公園なのか、走り回る子供と遊具で遊ぶ親子連れの姿が多く見られる。
ベンチに座っている親御さんは、こちらを見て嫌そうな顔をしているので宛てにはできなさそうだ。
そんなことを思っていると、背後からチョンチョンと、背中を指で突かれる感触。
その感触に振り向くと、そこには少し高級感を感じる制服に身を包んだ、金髪ロングの少女が立っていた。
「いい大人が、なに公園で唸ってるのよ?」
「ちょ、ちょっと道に迷っててね……?」
「それはいいけど、公園内に二脚バイクを停めるのは非常識よ」
「え? そうなの?」
「公園には道路とかと違って、排気ガスを吸い込んでクリーンにする機構が無いって……それを知らないってことは、あなた金星の人じゃないわね」
知らなかった現地の常識を教えられ、無意識に頭を掻く咲良。
せっかく会話に入ったので、ダメ元でこの少女に聴いてみることにした。
「もし、知ってたらでいいんだけど……コロニー・アーミィの基地ってどっちに行けば着くのかな~?」
「アーミィ基地……それって支部のこと? 道だったら携帯電話で調べなさいよ」
「それが、バッテリー切れで~……」
「予備バッテリーもないの? 呆れた大人ねぇ」
年下の女の子にダメ出しされ、トホホと肩を落とす咲良。
20代後半に入った大人にとって、子供に窘められるほど悲しい事はない。
咲良がしょんぼりしていると、いつの間にか少女が二脚バイクの後部座席に座ろうとしていた。
「支部に用があるんでしょう? あたしも今から行く所だったから案内するわ。ほら、早くバイク動かさないと違法駐車で面倒になるわよ」
「え、あ……ありがと~!」
少女に促され、慌てて二脚バイクのエンジンを入れる咲良。
ブロロと子気味の良い駆動音を鳴らし、二脚バイクが歩き始めた。
※ ※ ※
「そこの道を右よ」
「は~い。案内してもらえて助かる~!」
歩道をガシャンガシャンという足音を立てて進む二脚バイクの上。
二脚バイクはバイクと言えど歩行者扱いなので、歩道を進むのがルールである。
華世は流れる風に自慢の金髪を揺らしながら、後部座席に座りこんで空を見上げた。
「あたしとしても、徒歩で行くには疲れる距離だし良かったわ」
「でも君って学生さんだよね~? 学生さんがアーミィ支部に何の用かな?」
「野暮用よ野暮用。知り合いが勤めててね」
ふたつほど角を曲がり、交差点の横断歩道で信号を待つ。
時間帯的には夕方なので、スーツ姿のサラリーマンや近くの高校の制服を着た連中が多く華世たちの周りで立ち止まっている。
「そういえばあなたって、地球から来たのよね?」
「ぴんぽ~ん!」
「ってことは、厄介払い?」
「ま、そういうところ~……」
「そりゃあ、ご愁傷さま」
コロニー・アーミィはスペースコロニーを防衛する半民半公的組織である。
設立当初こそ地球近海のスペースコロニーのみを活動場所としていたのだが、今や木星宙域から金星宙域までをカバーする太陽系を股にかけた大型組織となっている。
組織が大きくなれば、活動場所による序列というのも自然に出てくるのが人間社会というもの。
人類の母たる地球近海はエリートが集まり、逆に遠い木星や金星なんかは組織で問題を起こす厄介者が送られる流刑地、あるいは左遷先という位置づけをされている。
そういう話を保護者でありアーミィ隊員である内宮から、愚痴という形で聞いていた華世には馴染みの深い話であった。
信号が青に変わり、再び2脚バイクが走り出す。
「私が悪いわけじゃないのよ~。ちょっと配属先の上司がセクハラ気質で、人の尻撫でてニヤニヤしてたから~ちょっとムカってきて、ぶん殴っちゃったんだ~」
「まあ、そんな事すれば経緯はどうあれ飛ばされるわねえ」
「ま、住めば都と言うかもしれないし~。金星での生活も頑張ってみようかと思ってるんだけどね」
「ふーん……。あ、ここ曲がったところの左が基地よ」
「は~い、案内ありがとね~」
他の場所より数段高い、山のようになっているところのてっぺんに位置する巨大な建物。
それがここ、スペース・コロニー「クーロン」におけるコロニー・アーミィの支部である。
駐輪場にバイクを止め、白亜の大階段脇にあるエスカレーターに二人で乗る。
支部付近の地形に高低差が多い理由もいくつかあり、そのひとつは8メートル前後もある人型ロボット兵器、キャリーフレームの保管・運用を行っているからである。
キャリーフレームは土木・運搬といった民間業務にも使われる人型大型機械。
しかし宇宙においては戦車や戦闘機よりも高い順応性を持っているということで、もっぱら兵器として運用されるのが当たり前だ。
警備のために突っ立っている2機のキャリーフレーム〈ザンドールA〉が、エスカレーターに乗る華世たちへとカメラアイを向ける。
遥か頭上の機械頭から、赤く光るモノアイ越しに見下されるのも、慣れればそんなに不快感はない。
「ねえ、君。名前はなぁに?」
「へ?」
「せっかくの縁だし、自己紹介しよ~?」
「縁か。そう言われちゃあ仕方ないわね」
華世は「縁」という言葉に弱かった。
それは、いま保護者をしてくれている内宮、身近で義肢装具調整士をしてくれる結衣、そしてこれから訪れる支部で会おうとしている人物。
彼女らとの繋がりは「縁」という言葉いがいでは言い表せないからである。
縁を大事にしたことで今がある。
だからこそ華世は、人との付き合いで縁の話をされると弱いのだ。
「あたしは葉月華世。よろしくね」
「私は葵咲良。華世ちゃんよろしく!」
差し出された手に、華世は握手をする。
人工皮膚越しに感じる、指先のデコボコ感。
「……咲良、あなたってキャリーフレームパイロット?」
「正解~。華世ちゃん、よくわかったね?」
「指に操縦レバーまめがあったから。親代わりの人もパイロットやってるからわかるのよ」
「へ~。会いに来た人は、そのパイロットさん?」
「違うわ。別件よ別件」
そんな会話をしながら、華世たちはエスカレーターを降りる。
目の前にそびえ立つのは、白い外壁が美しい巨大な建築物。
ここがコロニー「クーロン」を受け持つコロニー・アーミィ、その支部基地である。
───Dパートへ続く




