第24話「愛が為に」【Eパート 反撃の狼煙】
【5】
「葉月華世、尋問の時間ですよ」
ギィ、と重い格子の扉が開き、痛覚刺激波装置を転がしながら華世の独房へと足を踏み入れるジャヴ・エリン。
今回は随伴の兵は居ないようで、一人だった。
約束の時間よりも一時間ほど早いあたり、彼の独断か。
人を見下すいやらしい笑みを浮かべる顔へと、華世は睨みを効かせた。
「あれだけやられて、まだ反抗の意志が硬いのですか? アーミィの女はやはり野蛮ですね」
「…………」
「まあその意志も長くは保たないでしょう。僕は早く手柄を上げたいのでね。先ほどまでのような加減は効か……なっ!?」
「でぇぇいっ!!」
エリンが拷問装置に手をかけた瞬間、華世は床を蹴って飛び膝蹴りを彼の顔面に向けて放った。
頬を膝で撃ち抜かれたエリンが「ぐえっ!」という声を漏らし宙に浮いたところで、素早く両足で相手の首を挟む。
そのまま両手を床についてエリンの身体を足で持ち上げ、頭から床へと叩きつける。
「ぐぎゃっ!? お、おのれ……いつの間に鎖を……がっ!」
まだ意識のあったエリンの股間を雑に蹴りつけ、動かなくなったのを確認する。
蹴りつける瞬間に、なぜか自分の股がヒュンとなる感覚に見舞われたが、気のせいだと流す華世。
「さて、と……」
自分のこめかみを指でトントンと叩き、義眼のモードを切り替える。
送られてきた施設の地図を表示し、描かれた脱出ルートを確認。
(まさか、こんなに早くチャンスが巡って来るなんてね)
時は10分ほど前に遡る。
機会を伺っていた華世の義眼へと、ひとつのメッセージが送られてきた。
そこに記されていたのは、ネメシス傭兵団の皆がココへと向かってきていること。
外でウィルが、あのフルーラと呼ばれていた女と決闘をしていること。
そして添付されていた、脱出ルートが描かれた地図データ。
メッセージの送り主の名前を見て、情報を信頼することにした華世。
次に拷問のための人員が扉を開けた瞬間に脱走するため、義眼のレーザー機能で鎖を焼き切っていたのだった。
もちろん、遠目に見てわからないように力を込めれば外せる程度に損傷させる形で。
「うわぁ、もうベッタベタで気持ち悪いったらありゃしない」
汗まみれのドレスを動かして、房の外を覗き見。
どうやら好き放題に拷問をやるために、エリンが人払いをしていたようだ。
気絶している彼だけがいる部屋の中で、おもむろにドレスを脱ぎ捨てる華世。
そのままベタついて汚れた下着も脱ぎ、一糸まとわぬ姿になってからエリンの着ている服を引っ剥がす。
脱がせた上着とズボンに手足を通し、ホルスターごと銃を奪い身につける。
「男用だから胸がキツイのは仕方ないわね……」
半端にファスナーが閉まらなかったので、華世は胸の谷間が見える形で着替えを済ませた。
最後に倒れたままのパンツ一丁のエリンの腕を鎖で縛る。
そして拳銃を義手で握り、義眼の照準補正機能をオンにしてから華世は独房を飛び出した。
「合流ポイントは……この先ね。むっ?」
「何だあいつは、脱走者か!?」
「殺すと後で面倒だし……これで!」
偶然にも廊下を歩いていた敵兵に見つかり、突撃銃を向けられる華世。
けれども冷静に拳銃を構え、義眼と連携した義手が自動的に照準を補正し、引き金を引く。
放たれた鉛玉は握られた相手の銃に当たり、その衝撃は一瞬の怯みを生む。
その隙に飛び上がり、体重を載せた浴びせ蹴りで敵兵の胴をなぎ倒した。
「がはぁっ!?」
「これ良いわね。借りるわよ!」
拳銃をホルスターに仕舞うと共に吹っ飛んだ兵から突撃銃を奪い取り、合流ポイントに向けて曲がり角を曲がる。
順調に目的地へと向かっていた華世だったが、立ちはだかるように待ち構えていた相手に足を止めた。
「リウシー・スゥ……だっけ、リウだっけ?」
「……マスターの邪魔は、させない」
無表情で両手にナイフを握った、赤髪の少女。
その存在の驚異は痛いほどわかっている華世は、彼女の手足を狙って突撃銃を構え、発射する。
しかし放たれた弾丸は目にも留まらぬナイフさばきで弾かれ、壁や天井に穴をあけるだけだった。
「くっ……! つくづく人間じゃないわね!」
「マスターは……渡さない!」
肉薄したリウシーの振るった刃が空を切る。
いや、一閃は華世の持つ突撃銃の銃身を捉え、切り裂かれた金属の塊が中を舞った。
壊された銃を投げ捨て、即座に拳銃に持ち替え構える華世。
しかし構えるより早く、華世の前方から槍の鋭い突きが放たれたので、回避に徹さざるを得なくなった。
「もうひとりが来たっ!?」
「……始末する」
「大人しく、消えて」
「やられるわけには……いかないのよっ!」
華世が握った拳銃から放たれた弾丸が、振るった槍に弾かれる。
しかしその防御行動の隙に前進し、スライディングで二人の間を抜ける。
双子が振り返る前に、少しでも距離を取らなければ。
そう想う華世の耳元を投げられたナイフがかすめ、それに気を取られたことで足がもつれて転んでしまう。
「あぐっ!?」
受け身を取ろうとして手から離れた拳銃が、床を滑って壁で止まる。
その瞬間、飛んできたナイフに貫かれ壊れる拳銃。
丸腰にされた華世へと、新たなナイフを握った少女と槍を握った少女が、一歩ずつ近づいてゆく。
「……あたしを殺したら、あんたのマスターが困るんじゃないの?」
「マスターに色目つかうあなたは……敵」
「いや、あいつが勝手に惚れただけだって!」
「マスターは私たちだけを好きでいればいい……だから」
そう言って槍を持った方が構え、走り出す。
立ち上がりはしたものの、逃げるには装備も距離も足りない。
その時だった。
「葉月華世、こいつを使え!」
廊下の奥から響いてきた声と共に、宙をまっすぐ飛ぶ赤い宝玉。
それを受け止めた華世は急いでこめかみを二度たたき、義眼をレーザーモードへ変更。
義眼から光を放ち、目くらましをした。
「うっ……目が!」
「お姉ちゃん……!?」
「今のうちに……ドリーム・チェェェェンジッ!!」
───Fパートへ続く




