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第24話「愛が為に」【Cパート オリヴァーの誘い】

 【3】


 廊下の奥から人が歩いてくる足音。

 ギィ……と鉄格子の扉が開く音に、拷問の時間が早まったのかと華世は身構える。

 けれども、その視界に写った顔は……うっすらと見覚えのある顔だったので、驚いた。


「あんたは、確か……オリヴァー・ブラウニンガー」

「覚えていてくれたのかい、光栄だね!」


 嬉しそうに声を上げるオリヴァー。

 記憶が正しければ彼は、金星クレッセント社の御曹司。

 華世は前に一度、任務でその生命をテロリストの手から助けたことがあった。


 彼の背後では鋭い目つきの双子……赤髪のナンバーズ、リウシー・スゥとリウシー・リウが目を光らせている。

 その状況から、だいたいの事情を察することができた。


「あの二人……あんたがけしかけてたのね」

「父さんから預けられた懐刀だよ。あーあ……肌を傷つけられないようにと着せたドレスがドロドロじゃないか」

「これ、あんたの命令で着させたの?」

「君の美しい肌に傷でもついたら大変だから、物理的に痛めつけたらわかるようにという手配だったんだけどね。エリンのやつ、痛覚刺激波を使うなんて」


 彼の言葉通りなら、拷問はジャヴ・エリンが積極的に行っているもののようだ。

 そして、オリヴァーは華世への拷問を快く思っていない。

 そう情報を整理していた華世へと、オリヴァーが顔を近づけた。


「華世、君は美しい。僕のものにならないかい?」

「は? アンタのもの……ですって?」

「君が僕のものになったら、君がこんな目に合わないようにしてあげられる。そして、めいいっぱい幸せにしてあげるよ。どんな美しい衣装だって、豪邸だって、美術品だって君のために与えてあげるよ」

「おあいにくさま。お金には困ってない身分なのよ、あたしは。それに……あたしは戦わなきゃいけないから」

「かわいそうに……葉月華世という大元帥の娘を演じさせられているせいで、そういう使命感に駆られているんだ」

「……演じさせられている?」


 不意にオリヴァーの口から飛び出た、聞き捨てならない言葉。

 たとえ妄言の類だったとしても、信念を否定されたとあれば一言いい返さなければならない。

 彼の言葉を否定するための質問。

 それに対して、オリヴァーは哀れみの眼差しを華世へと向けていた。


「君と初めて会ったあの日からずっと、君のことを調べていた。そしたら興味深いことがわかったんだ」

「まるでストーカーね。それで、興味深いことって何よ」

「……君は、幼い頃に川で溺れたことを覚えていないんだろう?」

「溺れた……? あたし、沈黙の春事件より以前の記憶、持ってないのよ」

「けどね、君たちがももと呼ぶ桃髪の少女。彼女にはその記憶があったというんだ」

「え……」


 もも……華世そっくりのツクモロズ。

 色々あって家族となり、表向きは華世の生き別れの妹として暮らしている少女。

 彼女に……華世にはない、華世の記憶がある。

 デタラメにしては、妙に口調に真実味があった。


「8年前、君は6歳のときに川に転落し右腕に傷を負った。その記憶も傷も、ももという少女に存在するという記録があったんだ」

ももの腕の傷……確かに、一緒にお風呂に入ったときとかに気になってたけど」

「あの娘は、君の切り落とされた右腕から生まれたツクモロズなんだよ。そして、葉月華世という少女の心も宿している」

「そんな……デタラメを」


 考えないようにしていた疑惑が、解けていくパズルのように合わさっていく。

 事件以前の華世が、まるでもものように無邪気な性格だったこと。

 アーダルベルトがももに対して、心を許しているかのような言動をしていたこと。

 自分という存在を否定する材料が、決して無かったわけではなかった。


「仮に……君の右腕から生まれた彼女が、本当の葉月華世の心を持っているとしたら……君は一体何者なんだい?」

「うう…………」

「その強く、気高く、高潔な心は、精神は、魂は誰なんだろうね?」

「ち、違う…………」

「僕の物になれば、君をその心配事から救ってあげられる。僕の伴侶という人間として、新しい人生を始められるよ」

「あ、あたしは……」


 次々と信じがたい事実を浴びせられ、ぐわんぐわんと揺れる意識。

 その中で、華世は投げかけられる甘い誘いへの拒絶を固める。

 けれどもその決意は言葉として口から吐き出せず、ただただ現実を受け止められないかのようなうめき声としてしか外へと出せなかった。


 知らないはずの記憶……魔法少女やツクモロズに関する知識。

 最初からなぜか上手かった料理の腕。

 そして……周りから大人、大人と褒められた、心。

 華世の中に、自分の存在そのものを疑う暗い感情が、突き刺さった棘のように刻み込まれていく。


 自分はいったい誰なのか。

 この才能は、能力はどこから来たのか。

 そのことを考え始めると思考がループ。

 閉口したまま何十分も経つと、さすがのオリヴァーも華世へと背を向けた。


「あと数時間もすれば、またエリンが拷問をしにくる。僕としても愛しい君の悲鳴を聞くのは心苦しいからね。早く結論を出してくれることを、祈っているよ」


 そう言って、独房を立ち去るオリヴァー。

 彼のあとに付いて出る双子の少女。

 彼女たちが一瞬、華世へと向けた眼差し。

 そこからは、憎悪と嫉妬が入り混じったような殺気が放たれていた。


 一人ぼっちになり、再び静かになる冷たい部屋。

 その静けさが、華世にオリヴァーから与えられた情報を否が応でも理解させてくる。

 自分という存在への疑問。

 葉月華世の記憶と傷を持つ、ももという少女の存在。

 内宮千秋に助けられ、今まで生きてきた自分はいったい何者なのか。

 その答えが出ないまま、時だけがゆっくりと流れていった。




    ───Dパートへ続く

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