第3話「地球から来た女」【Bパート コロニーのお嬢様】
【2】
机の上に置いてある、一見すると華世の生腕にも見える義手。
それを見て悲鳴を上げたのは、長い黒髪に白いカチューシャを身に着けた、ひとりの女子生徒。
生徒会長を示す腕章を震わせながら、華世たちを指差した少女の前で、華世は冷静に義手を肩部にガチンと音を立てながらはめ込んだ。
「あ、あ、あなたたち! 心臓に悪いから教室で義体を外してはいけませんと、前に注意したではありませんかっ!!」
「だから誰もいない朝一番に来たってのに。悪いのは早すぎるあんたよ、リン」
「わたくしは、生徒会長としての勤めを果たすために……!!」
「まーまー、クーちゃん落ち着いてよー」
「誰がクーちゃんですかっ! わたくし、リン・クーロンを軽率に呼ばないでくださいましっ!!」
ぜぇぜぇと肩で息をしながら両腕を震わせるリン・クーロン。
彼女の姓「クーロン」は華世たちの住むこの第9コロニーの名前「クーロン」と無関係ではない。
「あなた達。わたくしを誰と心得ておりますの?」
「コロニー建造の出資者にして領主であるクーロン家の令嬢。でしょ?」
「そのとおりですわ! ですから……」
「だったらあたしも書類上は、ビィナス・リング全域を守護する金星コロニー・アーミィの大元帥の娘だけど?」
「うぐっ」
リンが言葉に詰まるのも無理はない。
たかだか1コロニーの領主と金星全域を束ねる組織とでは、その優劣ははっきりしている。
華世は普段、その自身の立場を振りかざしたりはしないが、このように生まれでマウントを取られるのであれば、話は別だ。
「ったく。どうせ威張るんなら生徒会長の肩書きを使いなさいよ」
「おだまりなさいっ! えーと……そうですわ。葉月さん、あなたそのスカート丈、短すぎるんじゃなくって!?」
何か一つでもケチを付けないと引き下がれないのか、華世の下半身を指差すリン。
制服のスカート丈は、校則では膝上くらいまでの長さが規定となっている。
もちろん、そうやって注意するリン・クーロンのスカート丈は標準だ。
一方、華世は制服のときも私服の時も、いつも際どい短さのスカートで活動をしている。
「……細かいことは良いじゃない。あたしだって、理由があってこの短さにしてるんだから」
「理由ですの?」
「ほら、こうやって短めにしておくと、激しい動きした時によくパンチラするのよね。それでケンカ相手の男とかがあたしの下着を見て一瞬でも動きを鈍らせたら、それはあたしにとって儲けじゃない?」
「なんてハレンチな理由なのですかっ!?」
顔を真赤にして起こるリンへと、華世は首を傾げた。
華世にとってこの作戦は、まったく損失を払うことなく敵に隙を与える可能性を発生させる合理的な判断なのであるが。
「ええと、話が逸れましたので修正しますが。とにかく、教室で腕を外すのはおやめなさい」
「サイボーグなんだから、少しは大目に見なさいよ」
「あのですね。サイボーグなんて、わたくしの近くにはあなた以外いませんからね」
「そんなことないよ? 私だって、一種のサイボーグだもん」
「静さん、あなたが?」
目を点にして驚くリン。
そんな彼女へと結衣はズイっと顔を近づけ、人差し指をピンと立てて説明する。
「私、生まれつき心肺系が弱いから血中にナノマシン入れてもらってるんだ。これもサイボーグ処置の内なんだよ?」
「そ、そうでしたの……。わたくし、知らなくて」
「いいのいいの。ほらほら、もうすぐホームルーム始まるから席についたほうが良いんじゃない?」
「それはそうですわね……。では」
ペコリと一礼して自分の席へと歩いていくリン。
いつの間にか教室にはクラスメイトが集まっており、ホームルームまでの時間もあと5分といったところだった。
「……結衣。けっきょく割れたパーツの換え、あんたん家には無いのよね?」
「そうだね。どのみち人工皮膚も張り替えないとだから、私の家だと今日中は無理かな」
「じゃあ、アーミィ支部いくしかないかぁ。二日続けて顔を出すと、秋姉がなんて顔するかな」
放課後の面倒くさい予定に頭を悩ませながら、華世は自分の席でため息をついた。
───Cパートへ続く




