第22話「仮面に眠る過去」【Iパート 冷たい素顔】
【9】
カラン。
と、斬機刀が床に落ちる音を立てたときには、全てが終わっていた。
既に二人のツクモロズは撤退し、サイキャスト内には結衣と支部長だけが残っていた。
「がはっ……」
口から血を吐いたウルク・ラーゼが、床に落ちた仮面を拾い上げ、バチバチと火花を上げる目元へとあてがう。
目元、というのはあくまでもその場所という意味。
本来ならば鼻頭があり、2つの目が位置するその部位は、彼の顔面に縫い付けられるようにして存在していた。
むき出しになったコンピューター基盤と、それに乗ったカメラ状のユニットという形で。
「支部長さん、その顔って……」
「ぐ……ハァハァ……。重ね重ね、他言は無用でお願いしたい。ベスパー事変で受けた、傷がもたらしたものだからな」
あの時。
セキバクというツクモロズに向けて支部長が刀を抜いた瞬間、仮面越しに彼の目は赤い光を放った。
同時にまるで早回し映像のような動きで斬機刀が唸り、無数の火花を散らす激しい剣戟が始まった。
戦いの過程の中で、セキバクの振るう刃が吹き飛ばす仮面。
その下から顕になったのは、機械化したという言葉でしか形容できない、支部長の壮絶な素顔だった。
よろめき、立ち上がろうとする彼のもとへと結衣は走り寄り、斬機刀を彼の腰につけた鞘に収めてから肩を貸した。
「ごめんなさい、私……その、知らなくて」
「怖がるのも仕方がない。私とておぞましい姿だと自覚している。しかし、17年前の未熟なサイボーグ技術では、これが限界だったのだ」
「その傷、もしかしてビームで……」
「後から医者に聞いた話だが、私の頭は上半分の前……全体の四分の一をビームでえぐられていた。それを生きながらえさせる過程で、脳の一部も含めての機械化。拙い時代によってもたらされたこの顔は、現代の技術でもマシにすることはできんのだ。笑えるだろう、親友を殺した男……その咎がこの醜い額として表れているようなものだ」
義肢装具調整士の娘である結衣には、彼の言うことは完全でないにしろ理解ができた。
大きな傷、それが脳に達したとしても人間は稀に生きていることがある。
そういうときのために、失った脳の部分を肩代わりする機械、それそのものの存在は認知していた。
けれどもウルク・ラーゼが身につけているものは恐らく、機械側から脳の働きを強化することができる、安全性を度外視した違法品。
肉体の限界を超えた動きすら可能にし、その筋肉を破壊しながら動くことも可能にする。
本来ならば兵士を使い捨てにするような非人道的な機関が使うであろう、危険な技術。
それを背負った罪の重さとして、彼は身につけているのだろう。
現在、ウルク・ラーゼは確実に全身が悲鳴を上げるほどの痛みに苛まれているだろう。
それでも気丈に振る舞い、結衣の肩を借りながらもサイキャストの端末へと向かうのは、彼のアーミィとしての志が少女の前で戦士とあろうとするためだろうか。
いたたまれない姿に、自然と結衣の心は涙腺を緩くする。
「……よし、これで念波の送信は停止された。コロニー中を包む眠りの災厄も、じきに収まることだろう。……どうした?」
「支部長さん、幸せになってくださいよ」
涙がポロポロとこぼれる結衣の発言に、首をかしげるウルク・ラーゼ。
溢れ出る感情を整理しながら、結衣は言いたいことを彼へと真っ直ぐにぶつける。
「美月さんがあんなに支部長さんのことを想うの、わかった気がします。変な人だけど、いい人ですもん……! それでいて、放っておけないような……絶対に、美月さんと幸せになるべきです!」
「……私はまだ、彼女の気持ちに応えるわけにはいかんよ」
「どうして……!」
「フッ……私はどこか、この対ツクモロズ戦に疎外感を感じていた。自分という人間の存在とは縁のない、どこか遠いおとぎ話だとすら思っていた。けれどもどうだ、連中でも名うての一人は、私の愚かさが生み出したも同然ではないか」
支部長が言っているのは、恐らくセキバクというツクモロズのことだろう。
彼の発言をまとめるならば、あのツクモロズの依代はキャリーフレームの手。
ここまで乗ってきたあの長い名前の機体が昔、支部長の親友を握りつぶしたことでツクモロズになったのだろう。
「奴をこの手で始末するまでは、私は美月と顔を合わすことができんよ。それがフラムの、我が友の弔いとなるからな……」
苦しそうによろめく、ウルク・ラーゼ。
決してその目は表情として読み取ることはできないが、恐らく彼の顔は苦しみの中でも、目標を見つけた歓喜に溢れている。
結衣は、彼とともにサイキャストを後にしながら、静かにそう感じていた。
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登場戦士・マシン紹介No.22
【ガレッティ】
全高:7.8メートル
重量:7.3トン
V.O.軍が運用するコロニー内外で活用できる汎用型戦闘キャリーフレーム。
両肩装甲が飛行機の翼のように薄く張り出しており、重力が比較的ゆるいコロニー中心近くまで上昇すれば揚力でグライダー飛行することができる。
飛行速度は侮れないものがあるが、その都合上接近戦用の装備は廃しており中・遠距離戦を想定した武装をしている。
ビーム・ライフルの他には腕部の内蔵武器としてショック・ワイヤーを装備している。
これは先に重りのついた金属製のワイヤーを射出し、敵に電撃を浴びせる機構である。
副次的効果としてビーム・フィールドに対しては電撃がビーム・エネルギーを過剰に反応させることで、フィールド搭載機のエネルギーを急激に低下させることが可能。
しかしこの手段を用いるには複数機で同時に仕掛ける必要があるため、連携が乱れると妨害効果が失われてしまう。
【次回予告】
次なる目的地コロニーを目指し、宇宙を征く華世たち。
その進路を妨害せんと、レッド・ジャケットの新戦力が戦艦アルテミスへと襲撃をかける。
しかし攻撃を仕掛けてきた者たちは、ホノカにとって思いも寄らない人物たちだった。
次回、鉄腕魔法少女マジ・カヨ 第23話「交錯する宇宙」
────卑劣な作戦の果てにあるのは、悲しみと怒りと、そしてすれ違い。




