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第22話「仮面に眠る過去」【Eパート 静寂の朝】

 【5】


「いっけな~い! 遅刻しちゃう~~!」


 時計の針を気にしながらスーツに袖を通しつつ、皿に盛られたイチゴの粒を口に放り込む咲良。

 昨日の夜に〈アークジエル〉でとれる戦術をEL(エル)と話し込んでたのが、寝坊に繋がってしまった。


「だから咲良、早く寝たらと私はAM2時37分に言ってたのですが」

「起こしてって言ったじゃ~ん!」

「起こしましたよ5度。5分17秒241ミリ秒毎に。それと常磐少尉から1分4秒前にメッセージ来ていました。今日は体調不良にて休むと」

楓真ふうまくん、どうしちゃったんだろ~?」


 ドタバタと出勤の準備を整えながらも、この状況で呑気に鼻歌を歌うヘレシーに目を向ける。

 彼女は〈アークジエル〉起動以降、咲良の家でずっと預かっている。

 家の中で騒いだり、ワガママを言うなどの子供じみた迷惑は一切かけず、平たく言えば良い子でいるヘレシー。

 亡き咲良の妹、紅葉との関係だけが咲良とヘレシーの繋がりだけだったが、同居人として数日過ごすと、少しばかり情と信頼もわいてくる。


「ヘレシー、留守番お願いね~!」

「わかったよっ♪ 何かあったら電話、かけたらいいんだよね?」


 昨晩渡した、買い換える前の咲良の携帯電話。

 お古の端末に番号を宛てがい、使えるようにしたのも信頼関係の現れでもあった。

 ニッコリと鋭い歯を見せる笑顔を向けながら、携帯電話をフリフリするヘレシーに、咲良は手を振りつつEL(エル)と共にアパートを出た。


 パタパタとスーツに似合わないスニーカーを鳴らして、横断歩道の前で足を止める。

 走って乱れた息を整えながら、咲良は気づいた違和感に首を傾げた。


「ねえ、EL(エル)。なんか今日……静かだね?」


 右を見ても左を見ても、広い道路に自動車はなし。

 遠くまで続くのが見える歩道の先にも、人っ子一人歩く姿は見えず。

 町中も一切の騒音が感じられず、そよ風で少しだけ木が揺れる音と小鳥の羽ばたき音だけが、咲良の耳に入っていた。


「確かに。例日であればこの通りは平均36デシベルの音でしたが、今は21デシベルしか感じられません」

「んー……なんでだろ?」


 青になった信号に、早足で空っぽの横断歩道を渡る咲良。

 休日出勤の朝の風景に似ていると思ったが、それでも散歩する老人や早朝から働きに出る人々の姿はあった。

 道行く途中のコンビニも無人。

 24時間営業の定食屋の中にも誰も居らず。

 まるで、この町……いや、このコロニーから人が消えてしまったようだった。



 ※ ※ ※



 支部入り口の自動ドアをくぐり、いつものように受付カウンターへと向かう咲良。

 しかし、いつもなら少なからず人がたむろしている待合スペースはやはり空っぽ。

 とはいっても完全無人ではなく、カウンターの中にチナミさんはいたし、その前に支部長が張り付いているのだけは幸いだった。


「葵曹長、このご時世に遅刻とは肝が座ってるな」

「1分オーバーくらい大目に見てくださいよ~! それより支部長、何してるんです?」

「遅刻したのが君だけではないものだからな。正確には、私以外全員がまだ来ていない」

「全員……ですか?」


 ひとりふたりの遅刻ていどなら、褒められはしないがまあ有り得ることだろう。

 しかし全員ともなれば、事情が異なる。

 よく見ればチナミのいるカウンター以外、アーミィ部署ではないカウンターはすべてシャッターが降りたままだった。


 ピロロロロ。


 異変に戸惑っているところで、鳴り響く電話の音。

 慌ててチナミが電話を取ったところで、ウルク・ラーゼ支部長が腕を伸ばし電話機のスピーカーホンボタンを押した。


「もしもし、内宮の家のミイナと申しますけど……チナミさん?」

「えっと……ミイナさんどうしました?」

「内宮が寝たまま目を覚まさないので、今日は恐らくお休みをいただくかと思い……」


「内宮少尉が、どのような状態になっているのかね?」


 横から口を挟んだ支部長の声に「ひゃっ」と驚く声を出してから一秒ほどの沈黙。

 予想外すぎる出来事にアンドロイドがあたったときに、こういった停止はよくあるものだ。

 EL(エル)との生活で学んだことを思い出しながら、咲良はミイナが復活するのを静かに待った。


「えっと、その……目を覚まさないというよりは、頭を抱えて動けないみたいな感じです」

「君の家には魔法少女がいただろう。彼女もそうなのかね?」

「いえ、ももお嬢様は無事です。さっき電話をかけていらっしゃったので、結衣さんも無事かと……待ってください」


 ゴソゴソという音の後にくぐもった様な声でももとミイナの会話が聞こえてくる。

 受話器を手で覆いながら話しているのだろうが、静かなロビーだったのでその会話も聞き取ることができた。


「……えっ、結衣さんの家は結衣さん以外みんな起きられない?」

「そうみたいです……だから不安になって電話をかけてきてたんですって」

「それ、言ったほうがいいかな?」


「心配ない、聞こえている」

「ひゃっ」


 またもフリーズするミイナ。

 声を出すたびに驚かれてはらちが明かないので、支部長はチナミに追い出されてしまった。


「……ということで、どこもみんな寝床で唸りっぱなしみたいですね。あっ、ミュウくんダメって」

「ミュッミュミューッ!! やっぱりこれは、ツクモロズの仕業だミュ! きっとそうミュ、違いないミュ!」


「みゅ、みゅって何ですか?」


 電話の前で目を丸くするチナミ。

 咲良は面倒くさい状況に、思わずため息をこぼした。




    ───Fパートへ続く

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