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第22話「仮面に眠る過去」【Dパート 大人たちの夜】

 【4】


「……ってなことがあってな」

「だからといって預けられても、困ると言っているのだが」


 天井のスピーカー越しに、聞き慣れたクラシックの曲が優しく奏でられる落ちついた洋食店。

 押し付けられた斬機刀に口を歪ませながら、ウルク・ラーゼはミートソースに入っていたソーセージを口の中に放り込む。

 刀を押し付けた張本人たるデッカーが、ニヤついた視線を向けているのが、ウルクの感情を刺激していた。


「お前も隅に置けねえ奴だな。モテない自慢してた癖に、美人女優をキープったあいいご身分だぜ」

「彼女とは……そういう関係ではない」

「ガキンチョども言ってたぜ、その女優さんはお前にホの字だとさ」

「…………そう、なのか」


 まさか、という思いとやっぱり、という感情がウルクを渦巻く。

 脳裏に浮かぶのは、今は亡き友の影。

 美月に想いを寄せていた、親友の姿。


「マジになるんじゃねぇよ。ハッタリを真に受けやがって」

「は、ハッタリだと? 貴様……」

「俺としては防衛隊時代からのツレが身持ち固めるんならめでたいなと思いたいだけだ。ガキどもは何も言ってねえよ」

「……デッカー、フラムの事は覚えているか?」

「ああ。気っ風(きっぷ)の良い奴だった。防衛隊でお前といいコンビで……」

「そして、ペスパー事変で命を落とした」


 思い起こされる苦い記憶。

 あの時、被弾の衝撃でコックピットから投げ出された友を、ウルク・ラーゼは機体のマニピュレータで受け止めた。

 しかし、直後に放たれたビームがウルク機を直撃。

 その際の電気信号の誤送信か、友を握った機械の手は力いっぱいに握りしめてしまった。

 操縦を助けるために、キャリーフレームの指先の感覚をパイロットに伝えるフィードバック。

 それが、意識を失う直前のウルクの手に、友の砕ける感触を余すことなく伝えていた。


「あれは……仕方がなかった。お前も死にかけたし、そうなるのは俺だったかもしれなかった」

「私が受け止めねば……木や草をクッションにフラムは助かったかもしれん。そう思うと、美月に合わせる顔がないのだよ」

「そうか。あの女優さん、あいつの……」


 想い人、だった。

 ウルクと美月、フラムの3人は幼い頃からの長い付き合いだった。

 子供とはいえ男女が長く付き合えば、いつしか生まれる淡い思い。

 フラムが美月に感情を抱くのは自然だったし、ウルクもそれがお似合いだと思った。

 十代後半の時、オーディションに受かった美月は夢を叶えるために女優として地球へと旅立った。

 彼女がまた故郷に帰ってきたら、想いを伝える。

 そう息巻いている矢先の、ペスパー事変だった。


「フラムは私が殺したようなものだ。そんな私がどんな顔をして、あいつが想っていた美月に会えばいいのだ?」

「……俺にはわからんよ。だが、その女が再会と同時にお前に抱きついた……その意味を考えたほうがいいんじゃねぇか?」

「意味……か……」

「答えがほしいから、お前は俺を誘ったんだろ? その刀を会う理由にして、会いに行けよ」

「……もう夜も遅い。それをするなら明日だな」

「臆病者になったな」

「歳を取れば慎重にもなるさ」

「……ちげえねえ」



 ※ ※ ※



「ウルク君……本当に来るのかな」


 ビジネスホテルのベッドに横になりながら、天井へと美月は呟いた。

 電話で斬機刀が預かられていると聞いたときは、ホッとした。

 けれども、それを届けに来てくれるのがウルク・ラーゼともなれば、心は平静でいられなくなる。


 ずっと、ずっと好きだった相手。

 時が経ち、彼が奇妙な仮面を着けていてもその思いは変わらぬことはなかった。

 けれども、ずっと知らないふりを続けるウルク・ラーゼ。

 彼が同名の人違いではないことは、彼自身の遠くでの態度からわかっている。

 わかってはいるのだが。


(どうして……他人のふりをするの?)


 真正面から顔を見てくれない。

 真っ直ぐな視線を、向けてくれない。

 白く不気味な仮面で目を隠す彼が、何を考えているのかはわからなかった。

 その仮面の下に、どんな感情を抱いているのか、それを知りたいのに、知るすべが無かった。


(どうして……フラム君のことを話さないの?)


 今でも目を閉じればハッキリと思い出せる、幼き頃の3人の姿。

 いつ片時も離れず、十年以上もずっと一緒だった。


 最初に離れたのは、美月だった。

 ドラマで見た女優の美しさに惹かれ、憧れが夢になって、いつしか仕事になった。

 しかし、その代償として金星から離れなければならなかった。


(きっと……怒ってるんだ。離れたこと)


 そんなわけはない、とわかっている。

 けれども自分に落ち度があった、とでも考えなければとても納得して落ち着くことはできなかった。

 いつでも、金星に帰るチャンスはあった。

 けれども帰れなかったのは、次の撮影までを考えるとスケジュールがカツカツになるから。


 ……そういうのは、言い訳だろう。

 2年に一度でも、一日だけでも顔を出すべきだった。

 ひとり離れた後ろめたさが、再会を恐れていた。


 宇宙港にて笑顔で送り出してくれた二人の幼馴染の姿。

 その後ろにあるかもしれない感情が、美月は怖かったのかもしれない。


(会ったら、勇気を出そう。そうよ美月、あなたは何度も難しい撮影を乗り切った女優なのよ)


 自分を鼓舞し、覚悟を決める。

 明日に来るであろう彼へと、想いを告げる……そのつもりだった。


(なんだろ……すっごく、頭が痛い……)


 急に、耳の奥がジンジンと痛む感覚。

 いや、まるで脳そのものを揺さぶられるような不快感が、美月を襲っていた。


(苦しい……これは……ひとの、こえ……?)


 視界が真っ白になり、意識が薄れていく。

 苦痛の中に、身体が堕ちていく。


(誰か……助けて……ウル、ク……)


 一人暗い部屋の中で、美月の意識は闇へと没した。




    ───Eパートへ続く

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