第21話「白銀の野に立つ巨影」【Dパート キリシャ・カーマン】
【4】
吹雪が窓を叩きつける音がしきりにこだまする、少し豪華な装飾の部屋。
レトロな外見のカマドが見せかけだけの炎を揺らす中、ウィル達が座る黒いソファの向かいに少女、いや……コロニー・ウィンターのアーミィ支部長、キリシャ・カーマンが小さな腰を下ろした。
「さて……何の話だったかな?」
「…………」
年下に見える少女の威厳ある振る舞いに、言葉をつまらせる華世たち。
大人びた少年少女は立場柄少なからず見てきた一行だったが、ここまでの存在は居なかった。
「……そう奇異な目で見るな。宇宙放射線による奇病で、かれこれ24年もこんな姿だ」
「24年!? それじゃあ……」
「私の年齢は35だ。すっきりしたか?」
外見不相応すぎる立ち振る舞いに、理解はできずとも納得せざるを得ない。
キリシャの説明を聞き呆気に取られ終わったリンが、身体を前に乗り出して口を開いた。
「わたくしは、第9番コロニー・クーロンの領主が娘、リン・クーロンと申します」
「コロニーをV.O.軍から守るために、巡礼の旅に出た……だろう?」
「え……? ご存知でしたの?」
「あらかたの事情はウルク・ラーゼから聞いている。……令嬢が身一つでこの時勢に旅とは、よくご両親は反対しなかったものだな」
言われて、ウィルはハッとした。
トントン拍子にコトが進みすぎて失念していたが、たとえ平和のためとはいえ巡礼の旅など、マトモな親が了承するはずがない。
ましてや、実力者揃いとはいえ中学生だけのグループで。
「……父も母も、V.O.軍のサンライト占領の際、その場を訪れていました。あれから一度として、お目がかなったことはありません」
「なるほど、頼れる者がいない中の決行か。いや、君たちが頼れる者たちかな?」
華世たちの顔を見渡し、小さな顔で納得の意を示すキリシャ。
ウルク・ラーゼから事情を聞いているということは、華世とホノカが只者ではないことも知っているのだろう。
「たが……聖堂への来訪は許可できない」
「なっ……なぜですか!? まさかわたくしに、クーロンへ帰れなどと……」
「慌てるんじゃない。行かせたくても行かせられないワケがあるんだ。こいつを見な」
そう言いながら、キリシャ・カーマンは手元に置いていた端末を軽く操作し、テーブルの上に置いてウィル達へとその画面を見せる。
映し出されていたのは、一枚の望遠写真だった。
背の低いビルが立ち並ぶ街の一角にそびえ立つ、巨大な何かを写した写真。
流線型の装甲を皮膚代わりに身にまとった、ゲームなどに出てきそうな飛竜のような大型構造物。
その翼からは無数の針にも見える筒が乱立しており、先端が槍のような形状をした細長い尾を持つ巨獣。
龍の頭を模した頭部の口内には、あからさまな大型ビーム砲が内蔵されている。
「こいつが、お前さんの行きたがっている聖堂のある区画を陣取っている」
「これは……一体?」
「〈ミョルニール〉。火星で運用された過去のある、拠点防衛用のオーバーフレームさね」
「なぜ、そのような物が?」
「V.O.軍の蜂起と同じ頃に、突然現れた。関係性は不明だが、中に生体反応は無い。そしてやつの周囲に出現した、奇妙な存在……お前たちならば心当たりがあるだろう」
画面上を指でスライドさせ、写真を切り替えるキリシャ。
写っているのは、〈ミョルニール〉の周囲を飛ぶ翼竜人型ツクモロズ〈プテラード〉と、足元にキャリーフレーム大の巨大ゴミ人形〈メガジャンクルー〉。
大型兵器の随伴をしているようなその存在は、このオーバーフレームが何由来の存在かを如実に示していた。
「……なるほど、ツクモロズね」
「奴の排除の為に何度か攻撃を仕掛けたが、さすがは拠点防衛用。翼の高射砲による対空と、頭のGRビーム砲による対地攻撃で近づくことすらままならん。接近しようとすればゴミ人形どもが妨害をする……そもそもココは防衛の観点から陸戦兵器が主体だしな」
「……あーっ! そうだったそうだった、支部長コレを!!」
キリシャの背後に立っていたレオンが、思い出したかのように細長い記録端末を取り出した。
話の腰を折られ、キリシャの顔が険しくなる。
「レオン・マリーローズ少尉。後ではいかんのか?」
「ぐっ……その女々しい苗字で呼ぶのは勘弁してください。それよりもコイツん中の映像! きっと〈ミョルニール〉の随伴機か何かですよ!」
「どれどれ……?」
言われるがままに記録端末を接続し、中の映像データを再生するキリシャ支部長。
それまで黙って立っていたクリス少尉も覗き込む中、この場にいる全員が端末の画面に注目する。
映像はブレブレであったが、確かに吹雪の中飛び回る影が一つ。
大きさ的にキャリーフレームくらいのサイズがあるかもしれない。
映っているシチュエーションに、ウィルは先程の戦いを思い出した。
「あっ……これ、俺がここに来る途中に交戦したやつかもしれません」
「少年、お前も戦ったか! いやぁ、なかなかすばしっこくて手強い相手だった」
「はい。獣みたいに地を駆けて飛び掛かって、何とか退けられたけど……」
「うんうん、鳥みたいに飛んだ上で空中で……え、獣?」
「四つ脚の敵じゃなくて?」
「俺が出会ったのは空飛ぶ変形野郎だが……」
「ねえレオン少尉、どこで交戦したの?」
噛み合わない話に、クリスが助け舟を出す。
「どこで……って、もちろんパトロールに出た都市方向だぜ? 少年が戦ったっていう宇宙港の方向とは真逆……」
「そういえばレオン少尉の機体ってこの間の改修の際に、コンパスが壊れたって言ってなかった?」
「あ、ぐ……」
途端に言葉に詰まるレオン。
ウィルはなんとなく、あの戦いの全貌が読めてしまった。
「ということは何か。少尉は方角を誤った上でこの少年と交戦、あまつさえ機体を損壊させた……というわけだな?」
「……め、面目ありません!!」
「貴様の処分は後だ。話を戻すがウィル、君の機体と魔法少女を使った作戦を、ウルク・ラーゼから君たちがここに来ることを聞いてから考えていた」
「作戦……ですか?」
「受け取った情報と先の、映像から見た操縦技能があれば可能だと計算では出ている。頼めるか?」
突然提案され、華世の顔を見る。
この旅の目的は、リン・クーロンの巡礼をサポートすること。
いまその障害となっているのが〈ミョルニール〉なら言うことを聞いておけ、と言わんばかりに華世は無言で顎をクイッと動かした。
「……わかりました。やらせてください」
「よろしい。では一時間後に作戦説明を行う。レオン少尉とクリス少尉はキャリーフレーム隊を集めておけ」
「「了解!」」
「子供たちは二人の手伝いを。それから……ウィル、君には話がある。残ってくれ」
「え、俺……ですか?」
名指しされ、固まるウィル。
こちらを見つめるキリシャの眼差しは、なぜだかすごく鋭かった。
───Eパートへ続く




