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第21話「白銀の野に立つ巨影」【Bパート 白き霧中】

 【2】


 妖しい双眸そうぼうの瞬きと共に、光のたてがみを顕にする巨大な雄獅子。

 雪原という不整地を物ともしない勢いの飛びかかりを、ウィルは〈エルフィスニルファ〉に握らせたビーム・セイバーでいなす。

 直線が目立つシルエットが弾かれ、側面に着地するも、矢継ぎ早に次の突進。

 ウィルは後方へ飛び退き攻撃を回避しながら、手に持つビーム・ライフルのトリガーを引いた。


 軽快な動きでかわされ敵の側を通り抜けた光弾。

 膨大な熱量の塊たるその弾丸が雪面をかすめた瞬間、弾けるように氷雪が舞い周囲の視界をホワイト・アウトさせる。


「……しまった!」


 敵の初弾が実体弾だった理由に遅くも気がつく。

 寒気の中で固形化しているとはいえ、雪の主成分は水。

 大熱量を受ければ気化し、すぐさま冷やされることで巻き上げられた水蒸気はたちまち白銀を纏った霧のカーテンと化す。


「水蒸気爆発……! 雪にビーム兵器は禁物、か!」


 視覚を失い地上戦では敵に利が有りと悟ったウィルは、吹雪に敵影が見えなくなることを承知で一時上空へと自機をホバリングさせた。


「なんですの、あれは!?」

「キャリーフレーム? それともツクモロズ?」

「敵の姿を見失ったわよ。大丈夫なの?」


 口々に戦いへの茶々を入れる両翼の少女たち。

 彼女らを守るためにも、ウィルはコンソールを操作。

 外部の集音機能を鋭敏にさせ、身につけたインカムから発される風音に意識を集中させる。


「吹雪でレーダーは当てにならないけど、相手がビーム状の武器で攻めてくるならやりようはある……!」


 純白の闇の中に光るビームの輝き。

 雪をかき分け地を蹴る運動音。

 機械の目が当てにならない以上、頼れるものは己の五感。

 視覚と聴覚に意識を集中し、敵の位置を探る。

 

(この技は、見せるべきじゃあないとわかっているけど……!)


 背後の下方に見えた光の線に敵の位置を読み取り、雪の崩れる僅かな音に攻撃のタイミングを知る。

 まさに視界にはっきりと敵の巨影が映った瞬間に、両手のレバーを倒しペダルを踏み抜く。

 ガクンと一瞬の振動とともに僅かな時間で戦闘機形態へと変形する〈エルフィスニルファ〉。

 その両脚が空気抵抗に配慮した位置へと収まるまでの一瞬の間に、セーフティを解除し脚部バーニアを噴射する。


(今は……四の五の言ってられないっ……!)


 空中の静止状態からの、変形を交えた目にも留まらぬ浮遊運動。

 叩きつける強風すらも味方にした位置ズラし。

 敵の狙いの位置から退避し、空振りをした相手の頭上を取った。

 位置取りを確認してから再びの変形。

 増した空気抵抗にブレーキのかかった機体が一秒にも満たない間に上昇をやめ、背後スラスターの炎と共に落下を伴った一撃を放つ。


「こ・こ・だ・ーっ!!」


 下から付き上がった敵のタテガミへと、重量を載せたビーム・セイバーの一撃が走る。

 けれどもその一閃は致命傷に非ず。


(……ズラされたっ!?)


 敵もまた空中で体勢を変え、致命の一撃をタテガミの端を切り裂かれるに留める。

 宙を舞う敵の破片。

 それが雪原に突き刺さると同時に、相手はビームのタテガミを雪面へと押し付ける。

 水蒸気爆発で再度巻き上がる蒸気の霧。

 視界が晴れる頃には、敵の動きを表す異音も攻撃の意思を示す光も無くなっていた。


「逃した……?」

「いや、逃げてくれた……が正しいかもしれない。なるほど、ウィンターの防衛機構……肌で感じるとこういうことか」


 僅かでも情報を得ようと周囲を見渡し、敵の破片を探すも既に新たな雪の層が降り積もり見つけることはかなわない。

 ウィルはこの状況でとどまるのも危険と判断し、支部のある方角を確認してから再び〈エルフィスニルファ〉を歩かせはじめた。


「う、動いて大丈夫ですの?」

「機体の具合は問題ない。ただ……敵の正体が掴めなかったのが残念だった」

「あんなのが居るんならアーミィも把握してるでしょ。向こうにつけば情報くらい得られるわよ」

「そうだね……ん? クーロンさん、どうかしたかい?」


 ふと、リン・クーロンの視線が自分の顔に向いていることに気づく。

 今の戦いの過程で何か察されたのかと内心で冷や汗を垂らすウィル。


「いえ、初めて間近で見ましたけど……あなた、戦いになると男前になりますわね」

「それって……」

「なに? なに、リンお嬢様ったらウィル君に惚れちゃった?」

「ダメよリン。ウィルはあたしを予約済みらしいから」

「そ、そういう意味で言ったのではありませんわ!」


 戦いの緊張を忘れ、再び恋バナに花を咲かせる少女たち。

 ウィルはその話題の渦中にありながらも、手足に入れた力を緩めずにただ乾いた笑いを返すことしかできなかった。




    ───Cパートへ続く

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