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第21話「白銀の野に立つ巨影」【Aパート 吹雪の雪原】

 隕石群をかき分けて、〈オルタナティブ〉のバーニアを吹かせるホノカ。

 周囲に浮かぶ天然の遮蔽物が、敵の位置を目視できなくしている中、慎重にライフルを構えて宇宙空間を突き進む。


「いったい、どこに……あっ!」


 突如、鳴り響くレーダー音に気を取られ目を離した瞬間、隕石の1つから姿を表した〈ザンドール〉が向けた銃口に光を宿した。

 とっさにシールドを構えるも間に合わず、閃光の中に飲まれ視界がブラックアウト。




 ……画面に映し出された「YOU LOSE」の文字にため息をつき、ホノカはコックピットから戦艦〈アルテミス〉の格納庫に降りる。

 キャリーフレームのコックピットで行うことのできる操縦シミュレーターによる模擬戦。

 初搭乗で味方を助けるという戦果に得意げになっていたホノカの鼻っ柱は、既にベキベキに折れまくっていた。


「よーし、10連勝だ。まだまだ実戦は程遠いな、お嬢さん」


 向かい側の〈ザンドール〉から降りてきた壮年の男性は、ネメシス傭兵団のパイロットの一人ラドクリフ。

 模擬戦で完膚なきまでに叩きのめされた彼の軽口に、ホノカはムッと頬を膨らませる。


「少しくらい手加減しても良いんじゃありません?」

「じゃあ君は敵に出会ったら初心者だから手加減しろって言うのか? 聞き入れないと思うがな」

「それは、そうですね……」


 正論をぶつけられ閉口するホノカ。

 初出撃から約一日。

 キャリーフレームの新米パイロットとなったホノカは、それからずっとシミュレーターで操縦訓練をしていた。


 大好きなドキュメンタリーアニメの中で、素人だったヒロインが初めての操縦で活躍するシーンがあった。

 自分も彼女のようにビギナーズラックと眠りし才能が相乗効果を生み、八面六臂の大活躍ができると信じていた。……最初は。

 けれども現実はアニメのように甘くはなく、初心者に突きつけられたのは20戦19敗という惨めな戦績。

 素人の大活躍は夢のまた夢と思い知らされ、八面六臂どころか七転八倒の目にあったのだ。


「また負けちゃってる。だらしないわねぇ」

「華世、そう言うならあなたが挑めばいいじゃないですか! 難しいんですよ、これ!」

「無理よ、あたし片腕が義手だから。神経接続に両腕使わないとイメージ・トレースが甘くなるから乗れないの」


 これみよがしに右腕を外し、袖をプラプラさせてから戻す華世。

 なんとも腹立たしい態度ではあるが、もし華世が操縦できたとしても勝てるビジョンが浮かばないので、ホノカは彼女に対して「ぐぬぬ」と言い返すしかできなかった。


「ああ、ここに居ましたのね。探しましたわよ」


 肩で息をしながら格納庫に走ってきたリン・クーロンが、ゼエゼエと息を切らしながらホノカたちの前へとやってくる。

 どうやら探して走り回ってたようだが、それまで見たこともないリンの格好にホノカはハテナ? と首を傾げた。


「どうしたんですか、そんなに着込んで」

「着込んで、じゃありませんわよ! あなたたち、もうすぐ着くコロニーが何か忘れましたの?」


 言われてハッと気づくホノカ。

 これから入港し訪れるコロニー。

 それは、ビィナス・リング第2コロニー・ウィンター。

 雪と氷に閉ざされた、年中を極寒の冬に包まれたコロニーである。




◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■


       鉄腕魔法少女マジ・カヨ


      第21話「白銀の野に立つ巨影」


◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■



 視界を真っ白に染める雪の激流。

 装甲とモニターを通して聞こえてくる暴風の音。

 そして両側面から漂ってくる、女の子の香り。


「……どうしてまた5人乗りしてんのかしら、あたしたち」

「さあ……?」


 防寒着に身を包んだ華世のフカフカの袖を左頬に受けながら、操縦レバーを握りしめるウィル。

 彼は狭い〈エルフィスニルファ〉のコックピットで再び、女の子四人を載せた操縦を強いられていた。


「だいたい、どうしてユウナが来る必要あるわけ?」

「〈アルテミス〉との連絡要員よっ。それに、会いたい人がウィンターには居るからね」

「会いたい人……誰ですの?」

「んふふ、ひみつ~!」


 ホノカの頭頂部に顎を乗せたユウナが、とてもにこやかに声をうわずらせる。

 一方のホノカは、なんだか浮かない顔をしていた。


「ホノカちゃん、どうしたんだい?」

「別に……なんだか、ちょっとムカつくだけ」

「え~? ホノカってばホームシック?」

「そういうわけじゃありませんけど……はぁ」


 今日だけで何度目かわからないため息をつくホノカ。

 テンションが低めなのはシミュレーターでの模擬戦に負けたこともあるのだろう、とひとりウィルは考えていた。

 しかし、彼女に最も近い位置にいるユウナが、目を輝かせながら違う結果を推察した。


「ずばり、ホノカ。あなたを悩ませているのは恋の病でしょ!」

「へ、恋の?」

「慣れ親しんだ地を離れ、当たり前だった隣は空っぽ……。ああ、愛しのあの人の声を聞きたい、会いたい、抱きしめたい! でしょ!」

「そんなことは……ありま、せん」


 断言しつつも言葉に詰まるホノカ。

 それが図星を突かれた狼狽えなのか、それとも氷点下を示す室温計が示す現状がもたらしたものかは、本人以外にはわからない。


「だいいち、私は恋などする相手はいませんから」

「えー? ホノカ、絶対に恋しちゃってるんだって! おねえさんに教えてごらん? 相手は誰なの?」


 狭いコックピットで年上に詰め寄られ、苦い顔。

 恋バナに花を咲かせる右側の熱を冷ますように、リンが「ぶえっくし!!」とひときわ大きいクシャミをした。


「ズビ……それにしてもなんだってこのコロニーは、こんなに寒いんですの……?」

「うわ汚っ! あたしの方を向いてぶち撒けるんじゃないわよ」

「えーと、たしかこの悪天候は支部にあるマザーコンピューターの冷却と、防衛を兼ねてじゃないっけか」


 コロニーに乗り込む前に読んだ資料の内容を、うろ覚えながら暗唱するウィル。

 現代のコロニー占領戦は、外部から機体を持ち込む関係上、宇宙と重力帯兼用の汎用キャリーフレームが必要となる。

 そこで雪原という不整地と、吹雪という悪天候によって汎用キャリーフレームの足を奪い、防衛側は局地特化機体を運用することで優位を取る。

 ウィンターの支部に金星アーミィ全体の情報を統括している巨大コンピューターが存在しているのも、防衛力を強化する最もな理由なのである。


「でもこのコロニー、わたくし以前に旅行で来ましたけれど……こんなに天気は荒れてはいませんでしたわ」

「まあ平時なら雪というコロニーじゃ珍しい気候を売りにしたリゾート地だろうけど、今はV.O.軍の脅威が近いからね。キャリーフレーム無しじゃ宇宙港から出ることもままならないのも、安全と引き換えでしょ」

「むむ……許すまじですわね、V.O.軍!」


 ひとり闘志を燃やすリンに乾いた笑いを向けるウィル。

 しかしその笑い顔は、レーダーに映った反応にすぐさま真顔に変えさせられた。


「な、何ですの?」

「近くに大きな動体反応だ……雪でレーダーが乱されて、方向と相手が何かまではわからない」


 冷静に〈エルフィスニルファ〉の足を止め、周囲の風景に目を凝らす。

 無数の白い激流の中、数メートル先が見えない極寒の霧。

 その向こうでうごめいた影に、ウィルはペダルを踏み込んだ。


 直後、高速で飛ぶ飛翔体がすぐ脇を掠め、背後の雪を衝撃とともに巻き上げる。

 ──実体弾による射撃。

 攻撃を受けたウィルはビーム・シールドを始動。

 腕を振り回させることで周囲の吹雪を払い、一瞬だけ敵の輪郭を顕にした。


「4足の……巨大な犬? ライオン?」


 幾何学的なラインで構成された4メートルはあろうかという巨大な獅子。

 それが、雪中でウィルへと襲いかかった敵の正体だった。




    ───Bパートへ続く

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