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第20話「ふたつの再会」【Cパート 女優・西之園美月】

 【3】


「あの……」

「何や?」

「このお茶、飲んでもよろしいでしょうか?」

「ええよええよ、飲まれるために出したんやし」


 換気扇の回る音くらいしか聞こえない静かな取調室の中で、丁寧な動きで湯呑みを持ち上げる黒髪の美女。

 彼女は緑茶を喉に通す音すら出さずに、空になった器をそっとコースターの上へと戻した。


 本来ならば、取り調べその他をやるのはポリスの方である。

 しかし、今回の事件に関しては様々な事情のため、西之園の身柄だけはアーミィの方で預かるようにしたのだった。


「えーと、あんさんの名前は西之園にしのぞの美月みつき35歳。職業はドラマ俳優。……さ、さんじゅうご歳ぃ?」

「はい……」


 現場から参考人として同行してもらった西之園の顔を、疑いの眼で覗き込む内宮。

 若干の幼さすら感じる小ジワひとつない綺麗な顔は、とても自分より5年以上長く生きている人間とは思えない。


「内宮少尉」


 部屋の隅の壁にもたれかかっている支部長からの威圧的な声。

 余計な話は程々に早く仕事をしろ……というプレッシャーに押され、渋々本題を切り出した。


「あ、はい。えーと……この刀はいつも携帯しとりますんか?」

「はい。私は西之園流という野太刀剣術の師範代でもありまして、護身も兼ねてコロニーに赴くときは常に持ち歩いています」

「なるほど、なるほど……」


 タブレット端末上に映し出された調書データへと、西之園美月の発言を入力する内宮。

 その最中にも、横目チラチラとウルク・ラーゼの様子を見る。

 先程の抱き付き行為が無かったかのように、双方その件に関しては触れないようにしていると感じる。


「その西之園流というのは」

曾祖母そうそぼが考案した野太刀……つまりは大きな刀を用いた武道です。私の家系は代々ならわしとして習得していまして、祖父の姉にあたる大伯母おおおば様は地球圏のコロニーで道場を開いておりました」

「道場を、開いていたと……」


 美月の説明を聞きながら内宮の脳裏に、華世に武術を教え込んだ矢ノ倉の姿が浮かぶ。

 あの人は宇宙体術の先生であったが、まあ世間がそこまで狭いはずはないだろうし、美月と関係は無いだろうと思考を打ち切った。


「では次に……現住所は地球らしいんやけど、どないして金星に?」

「仕事が落ち着いて長期休暇を得られましたので、帰省にですね」

「帰省? 金星出身なんか」

「はい。ベスパー出身です」

「ベスパーなぁ……」

「あの、どうしました?」

「いや、何でもないで。ベスパー出身と……」


 第二のベスパー事変にあたる事態が起こっている今、その名称には敏感な今日こんにち

 別にコロニーそのものや住人に罪はないのだが、どうしても意識してしまうのだ。

 調書を書き終わった内宮は、端末を美月の前に置き、サインを書くためのタッチペンを手渡す。


「自白強要なんかの不当な取り調べは行われなかった、っちゅう証明のためにサインをここに書いてな」

「あ、はい。…………これでいいですか?」

「はいはい、ありがとさん。せやったらこれで終わりや、ちょいと完了手続きするから待合スペースで待っててな」


 促され、取り調べ室から退出する美月。

 その背中が閉じる扉の先に消え足音が聞こえなくなってから、内宮は隅でじっとしていた支部長へと食って掛かった。


「ホンマにあの人、支部長と関係ないんですか?」

「記憶にないな。私に人気女優の知り合いなど居ない」

「でも、じゃあどうしてさっき……」

「人違いだったのだろう。さあ、手続きが終わったら宿泊施設まで送って差し上げろ。有名女優が帰り道に事件に巻き込まれでもしたらアーミィの恥だ」

「……せやな」


 美月について、知らぬ存ぜぬを突き通すウルク・ラーゼ。

 絶対に二人には何かがある……と勘付いた内宮であったが、これ以上ウルク・ラーゼに踏み込むのは良くないだろう。

 彼を詰問するのは諦め、言われたとおりに手続きを進めた。



 ※ ※ ※



「私たち……何もできなかったね」

「そうですね……」


 待っているように言われたガランとした待合スペース。

 夜勤をしている受付のチナミだけがいるひっそりとした空間で、結衣は美月に助けてもらった時のことを思い返していた。


「魔法少女に変身できるようになったから、華世ちゃんと一緒に戦えるって思ったんだけどなぁ……」

「実際に前にしてみると、やっぱりキャリーフレームって……怖いです」


 暗くて、オバケを恐れていたのもあるかもしれない。

 けれども8メートル……3階建てのビルに匹敵する大きさのキャリーフレームが目の前に現れたとき、向けられた敵意に身体は完全に縮こまっていた。

 もしもこれが華世だったら、即座に変身して反撃していたに違いない。


 戦いのライセンスが無いという理由で、華世たちに置いていかれた結衣ともも

 しかし実際は戦いに対する覚悟の無さと、恐怖に呑まれる弱い心を見抜かれての動向拒否だったのかもれない。


 信頼している華世から事実上の戦力外扱いをされたことで気にしていた事を、今回の事件で完全に現実として思い知らされた。

 そのことが、結衣とももの心に影を落としていた。


「あっ……西之園さん!」


 俯いていたところで、明るい声を出して立ち上がるもも

 彼女が向かっていった先に目を向けると、黒く美しい長髪を揺らす西之園美月がゆっくりとこちらに歩いてきていた。


「あら、あなた達……帰ってなかったんだ」

「内宮さんにここで待っててって言われまして……そうだ!」


 美月の顔を見て、ひとつ思いついた結衣。

 そのアイデアを伝えるために、美月のもとへ駆け寄り、彼女の手をギュッと握った。


「お姉さんは、どうしてそんなに強くなれたんですかっ!」

「強い? 私が?」

「キャリーフレームを前にしても、私達のために毅然きぜんと向かっていく姿、惚れ惚れしました。どうやったら、私達……お姉さんのように強くなれますか!?」


 出会って時間の浅い相手への、不躾な質問。

 この場に華世がいたら必ず叱られていただろうが、強くなりたい結衣は真っ直ぐに感情をぶつけるしか手がなかった。

 結衣に問われ、困ったような眉のまま微笑みを返す美月。


「お姉さんは、強くないわよ」

「でもっ! さっきはあんなに……」

「ううん。今も私、怖く感じてるもの。せっかく出会えた幼馴染が、別人なんじゃないかって……」

「幼馴染って、あの仮面の支部長さんですか?」

「ええ……」


 決して涙は見せず、表情に表さずとも、震える手が彼女の恐れを結衣に伝えていた。

 何があったかは知らないけれど、キャリーフレームに対して揺らがなかった女性が、震えている。

 その事実がわかってもその裏にあるものは、結衣にはわからなかった。


「でも、どうしてあなた達は強くなりたいの?」

「私、友達の役に立てなかったんです」

「お姉さまは、私達の力不足がわかってる。だから置いていったんです」

「だから私、強くなりたいんです! あのとき、斬機刀で〈ザンク〉を撃退したあなたみたいに……!」


 藁にもすがる思い。

 生身でキャリーフレームと戦える女性、それは結衣の目指すところである。

 涙が浮かぶ目で、真っ直ぐに美月の灰色の瞳を見つめる。

 彼女は少しだけ悩んでから……「そうだ!」と言ってウィンクした。


「じゃあこうしましょう。私が勇気を持つためにしたこと、明日からあなた達に教えてあげる!」

「本当ですか!?」

「渡航禁止が出ちゃって、しばらく身動きがとれないもの。これも何かの縁だし、お姉さんでよければ協力してあげるわ」

「「ありがとうございます!!」」


 二人でお礼を良い、ももと手を握り合って飛び跳ね喜ぶ結衣。

 しかしこれが、過酷な修行の始まりだとは二人はまだ知らなかった。




    ──Dパートへ続く

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