第19話「決意と旅立ち」【Eパート 準備と覚悟】
【4】
「華世、着替えは4日分入れとるから洗濯して着回してな。歯ブラシはここ、下着はこの袋にまとめとる」
「秋姉……あたし子供じゃないんだから」
「子供やろ!」
「はいはい、わかりましたよっと」
「結衣はん、あとで巨峰だしたるからな」
「あっ、お構いなくー!」
目の前でせっせと華世の荷物をトランクに詰める内宮を、中身の無い右袖をプラプラさせながら眺める華世。
その後ろでは、工具箱を広げた結衣が華世の義手を熱心に手入れしていた。
ツンとした匂いのする缶に浸した筆を、人工皮膚の下の金属部分へと丁寧に滑らせていく。
「結衣、いま何してるの? さっきもあたしの接合部にそれ塗ってたけど」
「耐寒コーティングだよ! 最初に行くの、一年中が冬のウィンターでしょ? 機械義体をそのままで寒いところにいくと危ないんだよ!」
人工皮膚を貼っているとしても、その下の金属は気温の変化の影響を受けやすい。
そこで断熱材となる塗料を塗ることで、影響を少なくする必要があるのだという。
これを怠ったまま極寒の地に降り立った日には、義体と身体を繋ぐ接合部からの凍傷により、命に関わる問題に発展する危険があるらしい。
「さすが、あたし専属の義肢装具調整士ね」
「えへへ、褒めても何も出ないよ! ……しばらく会えなくなるの、ちょっと寂しいかも」
「そうねぇ」
巡礼の旅が、一日二日で済まないということはわかっている。
航路が封鎖されているということは、コロニー間の移動は大回りしなくてはならない。
そうなれば移動だけでも半日以上はかかるだろう。
それに巡礼のためにコロニー内でも最低一日は滞在する必要がある。
帰ってくるまで早くて一週間、遅ければひと月はかかると思われる。
結衣が熱心に義手をメンテナンスしているのも、しばらく行えないからでもあるのだ。
「結衣も、杏とか支援部の連中を頼むわよ」
「うん! 私も魔法少女の力を使いこなせるように、頑張るから!」
「でも、困ることになるなぁ」
パタンとトランクの蓋を閉めた内宮が、困った表情をしながら華世へと言った。
なんの事だと華世が尋ねると、黙ってキッチンの方を指差す内宮。
「華世が家あけたら、誰も飯作れへんのやで」
「……知らないわよ。出前でも取ったら良いじゃない」
「はぁ~……せめてミイナはんが料理苦手やなかったらな~」
ぼんやり呟く内宮に、華世は呆れの表情を送ることしかできなかった。
※ ※ ※
電話の奥から物寂しく響く、ツーツーという不通の音。
自室代わりのテントの中でひとり虚しい音を聞いて、ホノカはため息をついた。
V.O.軍の勢力下に落ちたコロニー・サンライト。
ホノカの育った修道院のあるその場所は今、外部からの連絡が断たれた状況にあるようだった。
「大丈夫かな、司祭さま……」
身寄りのないホノカの母親代わりになって世話してくれた女司祭。
慈悲深く優しい彼女は、ホノカにとっては実母に等しい存在である。
V.O.軍が女神聖教徒だとわかっていても、無事が確認できないのは辛い。
けれども傭兵仕事として請け負った巡礼の旅に、ワガママを言うわけにはいかない。
着替えや荷物をカバンに詰めながら、ホノカは旅が平穏無事に終わることを、静かに祈っていた。
※ ※ ※
「……やっぱり、レッド・ジャケットだよな」
早々に荷物を準備し終えたウィルは、余った時間でニュース映像を何度も見返していた。
V.O.軍の戦力の大半を担う、特徴的な赤の装甲をまとったキャリーフレーム群。
太陽系いちの規模と戦力を持つ傭兵団、レッド・ジャケット。
その原型がベスパー戦役でアーミィに敗れた旧V.O.軍の構成員だということを、ウィルは知っていた。
世間では、この2つの勢力の接点は知られていない。
その事実を知る理由。華世と出合い、忘れかけていた過去を呼び起こされ、ウィルは思わず額を抑える。
「覚悟ができたから名乗り出たんだろ、俺は……!」
自分に対する静かな叱咤。
最愛の華世の力になりたい。
その気持ち一つで巡礼の旅への同行を決めたのだ。
自分の過去が、華世の自分に対する認識を変えるはずがない。
そう、わかっていても……不安は払拭しきれなかった。
───Fパートへ続く




