第19話「決意と旅立ち」【Bパート 巡礼】
【2】
「巡礼というのは、聖殿を巡ることで女神聖教の信徒に加わること。ウィンターをスタート地点に季節順に各コロニーの聖殿で祈りを捧げるの」
「それをすることが、どうして貢献になるの?」
「女神聖教の教義には相互幇助……つまりは仲間同士で助け合うという決まり事がある。そして仲間の中には巡礼者はもちろん、巡礼者一家の下につく者全員も含まれてる」
「……つまり?」
「ここからはわたくしが」
「え、もう?」
押し付けた割にはあっさり先生役から降ろされたホノカが、あっけにとられたように交代させられる。
再び壇上に立ったリンは、みんなの顔を見渡してからコホンと咳払いをした。
「皆さん、ベスパー戦役はご存知ですか?」
ベスパー戦役。
それはビーナス・オリジニティ……通称V.O.軍が女神聖教の聖戦と称して始めた、初期開拓民族によるビィナス・リングの支配を掲げた17年前の争いである。
コロニー・ベスパーから始まった争いは、過激派による他教徒への弾圧や攻撃などへ発展。
金星の歴史でも沈黙の春事件に並ぶ凄惨な出来事として、金星史に刻まれている戦いである。
「小学校のとき、歴史で習った! それにパパもママも当時は怖かったって言ってた……」
「でも、地球から来たコロニー・アーミィが鎮圧したから、このクーロンは全然被害がなかったんでしょ?」
「クーロンが無事だった理由は他にありますのよ。わたくしの両親が危険を危惧し、あらかじめ巡礼を行ってましたの」
「そっか、そうごほうじょ!」
巡礼を終えた一家の下の者も仲間。
つまり、コロニー領主であるリンの両親がどちらも巡礼者になれば、コロニーに住む住民全員が表面上は女神聖教の同志となるのだ。
V.O.軍が女神聖教の名を使い相互幇助の教義に沿って行動する以上、巡礼を通して同志となったクーロンの住民へと攻撃をすることはできない。
そうやってリンの両親はこのコロニーを守ったのだと、彼女は説明を締めくくった。
「じゃあ、ここは安全……」
「ではありません。わたくしのせいで」
「……なるほどね。リンは巡礼者じゃないから、あんたが生まれた瞬間からクーロンは女神聖教の同志じゃなくなったってわけね」
家族・仲間を重んじる女神聖教にとって、信徒の中でも特別な巡礼者という存在を認めるためには、ひとりでも未巡礼の者がいてはいけないという。
恐らく百年の厳しい金星開拓のなかで、巡礼者の子が教義を破ったなどの問題があったのだろう。
とにかく、再びクーロンコロニーを女神聖教の庇護下に入れるには、リンの巡礼が必要なのだ。
「そんなに大事なことなら、どうしてクーちゃんは今まで巡礼してなかったの?」
「巡礼は赴くだけでなく、心から信仰の意志を見せる必要がありますの。本当ならわたくしが小学6年生の年の冬にでも行く予定でしたが……」
「……沈黙の春事件、ね」
華世が右腕と共に故郷と家族を失った、忌まわしき事件。
その事件の舞台となったのは、巡礼地のひとつであるコロニー・スプリング。
住民全滅という悲惨な状態では巡礼を行うことも、受けることもできないのは想像に難くない。
「それから1年後に、4番コロニー・バーザンを代理の巡礼地として整えたそうですわ」
「つまりは、リン先輩が2と4と8と11番コロニーを訪れる旅をすれば、このコロニーが安全になるということッスね?」
「少なくともV.O.軍からは標的にされなくなりますわ」
「……でもリン。さっきのニュースで言ってたわよね。渡航禁止って」
コロニー間の移動は、整備された宇宙航路を通る宇宙船によって行われている。
しかしその航路が一時的に封鎖され、渡航禁止ともなれば交通網は停止。
クーロンから別のコロニーに行くことは、現在は不可能となっている。
「それに関しては抜け道がありますの。渡航禁止はあくまでも公共交通機関の停止のみ。民間の商船などは厳しい臨検を受けますが、コロニー間の移動は可能ですわ」
「言われてみればなるほどッス。そうしなければ輸入に頼ってるコロニーが飢え乾いちまうッスからねえ」
「民間って……何かあてがあるの?」
「わたくしのポケットマネーで、手頃な船舶へと交渉を……」
「駄目だこりゃ」
金を積んだとしても、この情勢下でコロニー領主の娘を預かりたがる民間船はいないだろう。
ただでさえスタート地点であるウィンターは、V.O.が制圧したサンライトの2つ隣のコロニー。
どちらの軍のものにせよ、哨戒艇に攻撃されないという保証はない。
「やっぱり……ダメですか」
「護衛にあたしがついたとしても、さすがに命知らずな船までは工面できないわよ。……万が一にでもあんたが死んだら、それでクーロンは守られるとか考えてるんでしょうけど」
一人娘であるリンが命を落とせば、確かにリンの家族全員が再び巡礼者と認められるだろう。
しかしそのためだけに無謀な旅に出て犬死するのは、華世は許せない。
「だめだよ! クーちゃんが死んじゃったら……私いやだよ!」
「静さん……」
「巡礼の話は諦めて、別の方法を探るべきよ」
「民間の宇宙船と、護衛戦力があればいいのだな?」
ガラッと音を立てて扉を開けながら発された声。
皆が一斉に注目したそこに立っていたのは……なんと、テルナ先生だった。
「先生……聞いてたんですか? というか、どうしてここに?」
「魔法少女支援部の顧問に任命されてな。廊下でずっと登場タイミングをはかっていた」
「顧問って、魔法少女支援部って正式に部活として認められてるのね……」
「それよりも先生には、わたくしの巡礼を助けてもらえる宛てがあるのですか?」
「そうだな……説明するより見たほうが早いだろう。私の車で送るから、時間のある者は付いてくるといい」
───Cパートへ続く




